第21話 赫雷の剣
二本角は羽虫を散らすかのように武士や騎士たちを薙ぎ払って、二陽城へと進行していた。
そこへいち早く到着したのは、リョウとアイジロウだ。
ローレンスの騎士たちは、二本の黄色い角が生えた黒い塊の前に、右往左往するばかりだった。
剣では、鬼の巨大な体躯に致命傷を与えることは難しい。単純な打撃のほうが効果があるため、だからヒノキの武士は、金棒を携帯している。
しかし……。
「デカいうえにすばしっこいな」
二本角の反応は素早く、武士たちの攻撃でさえも全く届いていなかった。
リョウとアイジロウの周りに、さらに武士が集う。二人を含め、ざっと二十人にはなった。
「アイジロウ、私は
「承知した!」
その言葉を合図に、一部の武士たちが一ヶ所に固まって囮となる。そして一斉に二本角へと攻撃を仕掛けるが……ほんの軽い一蹴りで皆、呆気なく吹き飛ばされてしまった。
「ぬうっ!」
それでもなお武士たちは、転がりながら即座に体勢を立て直す。地面を蹴って、再び反撃へ出た。
「
二本角の攻撃を何度くらっても、武士たちは屈することなく立ち上がった。金棒が折れても、腕や足が折れても、それでも武士たちは倒れない。ローレンスの騎士たちが引くほどの、凄まじい執念だった。
「今だ! やれ!」
密かに二本角の背後へと移動していたリョウがようやく叫んで、武士たちの手から勢いよく放たれた鉄縄が、鬼の黒く太い首に絡まった。
「せーの!」
鉄縄の端をそれぞれ十人が両側で握り、綱引きの要領で一斉に引っ張る。
武士たちの腕力に鉄縄はギリギリと音を立て、首を絞められた二本角は呻き声をあげて体勢を崩した。
「よしっ! 金棒の雨をくらわせてやる!」
アイジロウが二本角めがけて跳ぶ。ほかの武士もそれに続いた。
届く!
アイジロウがそう確信した瞬間だった。
二本角が、高く跳躍した。
「馬鹿な⁉」
「マズい! 鉄縄を離せ!」
リョウの叫びも虚しく、それを握っていた二十人もの武士の身体が、ふわりと宙に浮いた。そして、鉄縄が二本角に掴まれると……。
武士たちの身体がはるか上空に、豆のように小さくなっていって、やがてまた大きくなる。アイジロウとリョウはなんとか一人でも助けようと、近くにあった瓦礫の山を登って受け止めようとするが、二本角に制御が渡った鉄縄が、今度は二人を襲ってきた。風を切るような音が鳴ったと思った次の瞬間には、身体に強い衝撃を受けていた。
折れた金棒を支えに、アイジロウは立ち上がる。しかしすでに視界は霞み、足はガクガクと震えていた。
二本角との相対は生涯で二度目だ。油断は一切していない。ただ一重に、力の差だ。
しかしそれでも、
「……なんとしても、これ以上先へは行かせんぞ!」
二本角の黒々とした足裏が迫る。
退避しなければならぬというのに、脳に身体が追いついていない。
踏み潰されると覚悟したその時——
雷鳴が轟き、全身が軽くビリリと痺れる。
気づけば、ラグナ・ライトニングに放り投げられていた。その翻る外套の先にあるのは、二本角の背中だ。
「貴様は……」
「まだ動けるな? 俺があいつの相手をしている間に、皆をできるだけここから遠ざけろ」
ラグナはそれだけ言うと、バチッと目の前から消えた。騎士に命令されるのは気に食わないが、自身の感情だけでは拒否していい理由にはならない。
足元をおぼつかせながらも、アイジロウは急いで倒れている武士や騎士を抱えて、避難させた。途中、気絶しているリョウも無事に保護することができた。
二本角の周囲にいた騎士や武士がいなくなると、回避に専念していたラグナは剣を抜いて、すぐさま攻撃へと転じた。赫雷を全身に纏い、目に見えぬ速さで二本角の腕を駆け上がると、青黒い毛髪に覆われ、鋭い牙の生えた口から涎を垂らすその禍々しい形相と、真っ向から対峙した。
勝負は瞬間。
ラグナは両手で柄を握り、勢いよく振り下ろした。
「ハイドランジア」
正面打ちによる両断。剣に帯びた赫雷は、敵に触れると同時に、爆発的に放電する。
目が眩むほどの赫い雷光に、周囲一帯が包まれた。
***
大気がビリビリと鳴り、電気が走っている。ようやくその場に辿り着いたイサネは、一瞬にして黒焦げになった二本角を見つめて、ただ立ち尽くしていた。
これがローレンスの、凶器の力……。
トレースでローグの力は目にしていたけれど、ラグナの力はそれ以上に感じた。いや、ローグだって本気を出していなかっただけだろう。それを考えると、ローグやラグナに一度は武器を向けた自分の行動は、なんと愚かだったか……。
あっという間に静かになったその場所に、やがて続々と武士や騎士が集まってきた。その中にはヨシミツもいて、イサネは名前を呼んで駆け寄った。
「イサネ! お前もここにいたのか」
「今来たところ。ちょうどラグナが二本角を倒してて……」
イサネはちらりとラグナに目を向けた。水色の外套や、銀色の鎧に多少の汚れや傷はあるものの、彼自身は全くの無傷だった。
ヨシミツは周りを眺めてから、彼に礼を言った。
「すまない。おかげで、大勢の人間が助かったようだ」
「気にするな。俺の任務の一つだからな。それよりも……」
ラグナは二本角の血に染まった剣を手ぬぐいで拭き、言葉を続けた。
「無礼を承知でいうが、今すぐ
「それはできぬ。ただでさえ、この状況で身を削られておられるのに、まだ赤子のミツキ様も御守りなさっているのだ。悪いが、明日まで——」
「駄目だ、待たない。お前たち武士が連れて行けないというのなら、俺は一人で会いに行くだけだ」
ラグナの剣が光る。力を使って、二陽城まで飛ぶつもりなのだろう。しかしヨシミツはそれをさせなかった。ラグナに向かって、金棒を振り抜いたのだ。
「ちょ、ちょっとミツ兄⁉」
ラグナが後方に飛び、イサネがヨシミツの前に出た。
「何してるの! 落ち着いてよ!」
「どけ、イサネ。俺は今、その男と話しているんだ」
ヨシミツに腕を強く引っ張られ、イサネは尻もちをついた。
「では明日までとはいわない。数時間……一時間でいい。待ってほしい。お願いだ」
「駄目だといった。お前らが鬼と呼ぶ化け物がどれだけ出現して、それを俺がどれだけ倒したと思っている。もう……大方わかっているんだ」
ヨシミツの顔が歪む。しかしすぐに、いつもの無表情に戻った。
「……そうだろうな。だからこそ頼んでいるんだ。それでも行くというのであれば……仲間を助けてもらっておいて、こんなことはしたくないが、貴様らには即刻、この国を出ていってもらう」
ヨシミツがもう一度金棒を構え、今度は後ろの武士たちも、金棒を取りだした。
一体なにが起きているのか、イサネの頭は混乱するばかりで、立ち上がることさえ忘れていた。
「正気か? ローレンスとの関係にひびをいれるぞ」
「俺たち一部の武士が、勝手にやっていることだ」
ラグナが息を吸って吐く。戦うことを決めたようだ。とうとうラグナの率いる騎士たちも、鞘から剣を抜いた。
止めないと!
イサネはもう一度、両手を広げて間に入る。そして——
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
モレットが上から降ってきた。
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