第15話 センベエ伝


 シエラの心配もよそに、ヒノキは一年に一度の祭りを迎えていた。

 サロアの修行をひとまず終え、紅星祭こうしょうさいに参加する許可をもらったモレットは、さっそく出店で見つけた氷菓をしっかり味わいながら、城下町を散策していた。修行で負った傷はまだ痛むけれど、それさえも氷菓が癒してくれている。

 道の両端を埋めるのは、多くの人で賑わう出店たち。まだ昼だというのに、お酒を始めている者も何人か見受けられた。忌人が人と飲んでいることにはさすがに驚いたが、モレットはすぐにそういう国なのだと受け入れることができた。余所者ゆえの、固定概念の無さが一因しているだろう。

 そして城下町の前方にそびえる二陽城。その輝きが、彼の好奇心をこれでもかとくすぐっている。太陽を反射させる鏡のような城壁は、なるほどイサネやゼンキチに聞かずとも、その名の由来をこれでもかと語っていた。この城は、二つ目の太陽なのだ。

 サロアが金剛樹っていう木を磨いたものだと言っていた。ヒノキは、ドスカフ村とは違った意味で、木が深く人々の生活に関わっているようだ。

 どんなものなのだろうと思って、ゼンキチに実物が見れる場所を訊ねてみると、案外それは近くにあった。


「あれじゃよ」、と言ってゼンキチが出店の一つに入っていく。モレットは小さくなった氷菓を一息に口に含み、イサネと一緒についていった。そこは材木店で、様々な木が加工された商品が、長卓に並べられていた。祭り価格と大きく書かれ、値段が半額まで下げられている。その中に、ほかの材木とは明らかに違う、鋼色をしていかにも堅そうなものがあった。


「これが金剛樹ですか?」

「うむ。二陽城だけじゃなく、金棒や家の瓦にも使われておる」


 モレットは拳で、コンコンと軽く叩いた。


 かなり硬い。鉄と遜色ない硬さだ。でも……。


 モレットは切られた金剛樹の一部をしばらく見つめて、気がついた。


「これ、どうやって切ったんですか? 斧じゃ、とても切れなさそうだけど」

「鋭いねぇ、臙脂色のあんちゃん」


 反応したのは、鉢巻を頭に巻いたお店の人だ。外套を見て、モレットが外の人間だと気づいたらしい。


「金剛樹は火に弱いのさ。木の幹に数分火を当て続けるとな、硬度が下がるんだ。そんでそこを、斧で伐採するって寸法さ」

「へぇ~」


 モレットは感嘆の声を洩らす。だけどさらにもう一つ、頭に疑問が生まれた。


「でもじゃあ、べつの意味で危険じゃないですか? 強度が変わるものを、家やお城に使うなんて」

「金剛樹はな、こいつをそのまま使うってよりは、木材や鉄材の表面に塗装する、って使い方が一般的だ。それだけで充分、硬度が上がるからな」


 そういうことか。つまり、火を用いて加工させていくもののようだ。


「同じ火を使うのでも、火ノ木とは真逆なんだ」


 そういえば、と、モレットは店内の商品を見渡した。


「火ノ木は売ってないんですね」

「金剛樹よりもずっと希少なものだからじゃ」、とゼンキチ。


「手に入れるには二陽城に出向いて、用途を伝えねばならん。国の外に出すことも禁じられておる」


 なるほど。だからローレンスでさえ見かけなかったのか。それを使う人間が多くなれば、すぐに絶えてしまうから。火を飲みこんで宙に浮かぶ火ノ木は、たしかに魅力的だ。


『木は切り倒すのは容易いが、一本育てるだけでも多大な年月が掛かる。自分たちが自然と共存していることを、一日たりとも忘れてはならんぞ』


 モレットは昔、祖父が言っていた言葉の意味を、ようやく理解した。


 材木店をあとにした三人は、再び城下町の散策に戻った。もう一度氷菓に手を出そうとしたモレットだったが、「お腹痛くなるよ」と、イサネに止められてしまった。

 代わりになる甘いものを探しているうち、モレットは路上で人形劇が行われているのを見つけた。陽気な黒子が二人、小さな箱型の舞台の後ろに立ち、フィノと同年齢ぐらいの子どもたちが十人ほど、その前に座っている。そして少し離れた所で、母親らしき人たちが見守っていた。

 今まさに始まろうしているその人形劇の題名は、『センベエ伝』だ。


「気になるなら、見に行ってきてもいいぞい」

「い、いや……大丈夫です」


 子どもたちの中に混じって人形劇を見るのは、やはり恥ずかしい。内容は気になるけれど……。

 好奇心旺盛なモレットの性格を察してか、ゼンキチがゴホンと咳ばらいをした。


「そのむかし、御将様おしょうさまの一女であったシキという女性が、鬼に攫われるという事件が起きた。それを知った御将様は、腕力に自信のある者たちを募った。しかしいくら鬼に立ち向かわせても、彼らはシキ様を取り戻せず、負けて帰ってくるばかり。大切な娘の安否もわからぬ御将様は焦り、悲しみの日々を過ごした。

 ところで、シキ様には想い人がおった。鍛冶屋の男で、名をセンベエといった。彼も、何度も王の募る武士隊への参加に名乗りを上げたが、ついぞ認められることはなかった。苦心したセンベエは、一人でシキ様を救うことを決意する。一本の金棒を作り、旅に出たのじゃ。センベエの愛は本物じゃった。凄まじい執念で、鬼を倒していった。

 それからひと月が経ち、御将様が娘の命を諦め始めた頃、センベエは帰ってきた。両目と右腕を失い、しかしその背中にシキ様を負って。そうしてセンベエは国中から称えられ、彼の持っていた金棒は、唯一鬼を倒せる武器だとして、鬼砕棒と呼ばれた……。


 これが、ヒノキに伝わる『センベエ伝』じゃ。あの人形劇は子ども向けじゃから、センベエがヒノキを出てから、シキ様が囚われている鬼の根城へ辿り着くまでの、旅の道中を劇的に描いているんじゃがの」


 ゼンキチの話を聞きながら、モレットは遠目で人形劇を見た。

 一人の黒子が、金棒を持つセンベエを操り、もう一人が鬼を操っている。人形は精巧で、上から垂れているたくさんの糸は見事に絡むことなく、センベエと鬼の殺陣たてを披露していた。やがてセンベエが鬼を倒すと、子どもたちだけではなく、あちこちから拍手が湧いた。


「そのあと、センベエはどうなったんですか?」

「センベエはシキ様と結ばれて、そこで終わりじゃ」


 終わりなのか……。シキ様と結ばれてからのことも、知りたかったんだけど……。


「『センベエ伝』は、しょせん物語じゃ。本当にあった話とも、大きく違うじゃろう」

「え? そうなんですか?」

「そうなの⁉」


 モレットだけでなく、イサネも驚いていた。


「でも、ミツ兄は否定してたけど、鬼砕棒は存在するんでしょ? だったらセンベエやシキ様だっていたってことだから、『センベエ伝』も本当じゃないの?」

「歴史というものはの、過去に生きた人々の記した書物を、後世の人間が読み解いて、できあがっていくのじゃ。人には、当然じゃが意志がある。伝えたいこと、伝えたくないこと。伝えなければならないこと、伝えてはいけないこと。書き手が本に記すとき、どうしてもそこには、その書き手の意志や感情というものが割り込んでくる。もちろん真実が語られているものがほとんどであろうが、なかにはそうでないものもある、ということじゃ」


 イサネは顔をしかめて唸ったが、モレットにはなんとなく理解できた。


「じゃあ『センベエ伝』には、本当と嘘が混じってるんですね」

「嘘、という言い方は少し違うがの。これは儂の推測に過ぎんが……『センベエ伝』は時代が経つにつれて、その時代時代の人たちが、わかりやすく変えていったのじゃと思っている。子供向けに、センベエの旅が楽しく描かれた、あの人形劇のように」


 モレットは腕を組んで、しばし考えた。

 うーん、嘘ではないけど、本当でもないのか……。難しい!


「おい、ゼン爺さん!」


 後ろから突然、サロアの声が飛んできた。その両手に持った籠からは、たくさんの食材が溢れていた。サロアが走っているので籠が大きく揺れ、中身が零れてしまわないかとモレットはひやひやした。


「頼まれたもん、全部調達してきたぞ! 俺様を使いやがって、いい度胸してんじゃねぇか——」

「おぉ、ご苦労じゃった。では儂はこいつを持って、スサクの所へ向かうとするかの」


 サロアから籠を受け取ると、ゼンキチはすぐに身体の向きを変えた。


「まだ話は終わってねぇぞ、ジジィ!」


 喚くサロアを傍目に、モレットとイサネが籠を持とうとしたが、ゼンキチは掌を見せて止めた。


「大丈夫じゃよ。スサクの店はすぐそこじゃ。夜になれば、二陽城の周壁内が開放される。またそこで会おう。これはお駄賃じゃ。みんなで使いなさい」


 サロアに少量のお金を渡すと、ゼンキチは早々と行ってしまった。なんでも毎年、この日は二陽城の近くで、ゼンキチが作ってくれた料理を持ち込んで、みんなで飲み食いするのが通例らしい。イサネに聞いたところ、ゼンキチが昔、宿を営んでいた頃からだそうだ。

 せっかくお金も貰ったので、モレットたち三人は二陽城のほうへと向かいながら、出店を寄って回った。ゼンキチがたくさん料理を作ってくれるのを予想できていながら、それでも出店から漂ってくる美味しそうな匂いには抵抗できなかった。焼き飯、焼きそば、たこ焼き。どれも少し濃いめの味付けで舌鼓を打った。

 それに、遊べる場所もたくさんあった。小さく球状にした火ノ木を使う的当て、金剛樹でできた独楽回しに、金魚すくい。当然、サロアだけは「くだらねぇ」、と乗り気ではなかったけれど、イサネが挑発するとすぐに乗っかった。



 結局三人は城下町中を遊び尽くし、太陽が下りる頃には、当然に疲れていた。

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