第14話 フィノとサツキの王宮大冒険!・終わり

「フィノ、サツキ……」


 ヤバい、と思った。ザイラスとの会話で忘れかけていたが、王宮はフィノたちのせいで騒がしくなっているのだ。

 外に出たことも、ジュノーによって知らされているだろう。間違いなく怒られると、フィノは首を竦めた。


「シエラ、ごめんなさ——」

「お、俺がやろうって言ったんだ! 宝の話を聞いて、俺がフィノを誘ったんだです!」


 サツキがフィノの前に出る。だけどフィノも、大人しく守られるわけにはいかなかった。


「そんなふうに庇わないでよ。誘ったのはあたしのほうでしょ。ごめんなさい、シエラ。あたし——」


 ふいに、二人はシエラに抱きしめられた。


「無事でよかった。不安にさせて、ごめんなさいね……」


 フィノもサツキも、呆然となって戸惑った。なんでシエラが謝るのか、わけがわからなかった。すると後ろにいたジュリセルも、謝りだした。


「シエラ様は何も悪くありません。俺が、あの扉をちゃんと閉めておかなかったから、二人を危険に晒してしまったんです」

「ど、どういうこと……?」


 フィノが、困惑したまま訊ねる。シエラがゆっくりと身体を離して、全てを明かした。

 事の顛末はこうだ――。




 宝探しは、シエラによって作られたものだった。ミアとジュリセル、さらには『陸の海』の店長まで巻き込んで、フィノに、王宮には宝が隠されていることを印象づけた。外に出られない彼女は、必ず乗ってくると確信していたのだ。

 そして二人は、ジュリセルが『陸の海』を訪れる前に記しておいた、家系図の問題がある武器庫へと向かい、シエラの庭園まで誘導された。

 宝箱の下に彫ってあった、鍵の場所が記された文章もジュリセルによるものだが、武器庫の問題文と違って雑になっていたのは、フィノとサツキが来るほんの数分前まで、あの場所にいたからだ。それが理由で、ジュリセルは外へと続く扉に鍵を付けることを忘れてしまい、フィノとサツキは追われる事態になってしまった、というわけだ。




「じゃあ……宝なんてなかったのか……」


 サツキが呟いて、シエラがもう一度、頭を下げた。


「ごめんなさいね。あなたたちには、不自由ばかりかけてしまっているから、せめてもと宝探しを思いついたの。私が子どもの頃、同じようにお爺様にしてもらったように。だけど、全然駄目でしたね。あなたたちに怪我をさせてしまうかもしれなかった。私は本当に、どうしようもない王女です」

「そんなこと……」


 フィノは言葉を詰まらせる。シエラがそこまで、自分たちのことを考えてくれているなんて知らなかった。

 ローレンスに居場所を与えてくれて、勉強の時間も与えてくれて、感謝しかしていないのに……自分を責めるシエラの表情に、何をどう伝えればいいのか、言葉が出てこない。


「……俺は楽しかったよ」


 サツキが発した空気のように小さな声が、フィノの心を震わせた。

 それは彼女が探していた言葉だった。


「宝探しなんて初めてだったし、問題は難しかったけど、解いて扉を開けたときは、ワクワクが止まらなかった。俺は楽しかったよ!」

「あ、あたしも! サツキと二人で問題を解くの楽しかったし、それにね、学んだこともあるんだよ! 言葉の解釈の仕方とか、自分が思い上がっていたこととか、サツキの意見もちゃんと認めないと、この宝箱まで行き着けなかったの! だから、だから……」


 あぁ、ダメだ。やっぱりうまく伝えられない……。


 昂り過ぎた感情が、言葉を渋滞させる。

 フィノは顔を伏せて、必死に頭の中で整理しようと努めた。

 けれどすでに、シエラの目には涙が滲んでいる。後ろにいる、ミアの目にも。

 シエラがそっと目頭を拭い、自分の懐に手を入れる。そして一本の鍵を取りだしては、サツキの手に渡した。


「……これは、その箱の鍵です。開けてみて……」


 フィノが箱を置くと、サツキは言われるままに、小さな錠に鍵を差して、廻した。そうして解かれた錠を外し、ゆっくりと上に開く。

 箱の中にはさらに正方形の白い箱が、二つあった。なんの素材かわからないが、持ってみると少し柔らかった。フィノはサツキと目を合わせ、シエラを見た。


「お爺様が作ってくれた竜の鍵の問題を解けなくても、最初から渡すつもりでしたが……改めて、二人ともよくやりましたね。私からの贈り物です」


 パカリと箱を開ける。

 中に入っていたのは、腕輪だった。透明に近く、内部には屈折した光の線が無数に走っている。まるで光をそのまま閉じ込めているようだ。

 ほんのちょっと角度を変えるだけで、中で光の線が移動し、輝いた。


「ある植物が花を咲かせるときに一緒に実らせる、特殊な宝石を加工したものです。私の母が作りかけていたものを、私が完成させました。母のように器用ではないので、実は少し失敗していますけど……」


 目を凝らしてみても、失敗の跡などどこにも見えない。ずっと眺めていられるほど、優美な腕輪だった。


「よかったじゃん、フィノ! つけてみろよ!」

「もう一つは、あなたのですよ。サツキ」

「えぇっ⁉」


 サツキは本気で驚いている。慌てふためくその様子がおかしくって、フィノはつい笑ってしまった。


「こ、こんな立派なもの、俺は……受け取れない。資格がない……です」

「いいから、いいから」


 フィノが手に持っている腕輪を、無理矢理サツキの手首に嵌めた。続いて、もう一つの腕輪を自分の手首に嵌める。のだが、フィノの小さい腕には大きくて、スカスカだった。


「母が作っていた時点で、どちらもその大きさだったので、フィノの手に合わせてあげることができませんでした。なのでフィノは、もうちょっと大きくなるまで、これで我慢してください」


 シエラがフィノの手首から腕輪を取ると、腕輪に紐を通した。灰色で、とても腕輪や水色の服に合っている感じはしなかったけれど、フィノにとっては思い入れのある色だった。

 トレースの村の、アーススたちの服の色だ。

 涙が零れた。

 サツキの目にも、涙が滲んでいる。

 我慢できなくなって、シエラに抱きつく。シエラも二人を抱き寄せた。

 三人は泣いて、互いを強く抱きしめ合った。

 温かくて、嬉しくて、幸せで。

 ずっとそうしていたかった。

 サツキでさえいつまでも離れようとせず、嗚咽を漏らして泣き続けた。







「良い子たちだな……」


 椅子に腰を下ろしたザイラスが、ポツリと言った。ミアとジュリセルに、フィノたちを自室へ送らせたシエラは、彼と向かい合って、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。お父様が、この部屋に引き留めてくれていなければ、二人はずっと王宮を走り回っていたことでしょう。本来は二人が鍵の問題を解いたあと、『謁見の間』で会うつもりだったのですが」

「構わんよ。私も二人と話ができてよかった。それにそうは言っているが、センカにいたのだろう?」


「はい」、と肯定したのはシエラではなかった。さっきまで彼女の後ろにいた騎士たちの一人だ。白金の制服に身を包んだ黒髪の男が、シエラの隣に立った。両目が見えず、ザイラスと同じように杖をついているが、それが仕込み武器であることを、シエラもザイラスも知っていた。


「あの二人が宝探しを開始した直後から見ておくよう、シエラ様に頼まれていました。一応お伝えしておきますが、私の契器グラムで勝手にヘブンズアース家を見ることは禁止されていますので、二人がこの部屋に入ってからのことは、見ておりません」


 センカが淡々とそう言って、ザイラスは短く笑う。


「律義だな。みなまで言わずともわかっている。お前は、フレアルイスを守ってくれている剣の一つなのだからな」

「ありがとう、センカ。忙しいのに、無理を頼んでごめんなさいね」

「いえ。私はフレアルイス様の護衛を任されてはいますが、それ以前にローレンスの一騎士です。シエラ様やザイラス様の頼みを聞くのは当然。それに今は、散歩ができるほどには、豊かな日々を過ごしております」

「そうか。ならばよいが……。ときにシエラ、トレースの攫われた村人たちのことは、何かわかったのか?」

「はい。ローグがトレースで捕らえた騎士から少しだけ、情報を引き出してくれました。お父様は、『黎黎りりの王族』という名を知っておられますか? なんらかの組織だと思われるのですが……」

「黎黎? 闇から闇へとは、随分と大仰な名だが……聞いたことはないな。フレアルイスと他国を回っているセンカはどうだ?」

「ふむ……これは大した情報ではありませんが、耳にしたことがあります。なんでも、その組織が滅ぼした村の生存者が、何度も口にしていた名称のようです」

「ついでだ、フレアルイスにも調べてもらうよう、私のほうから言っておこう。それぐらいは問題ないだろう? センカ」

 続いていた会話が途切れる。センカが腕を組み一考してから、「……ええ。おそらく大丈夫でしょう」、と返答した。


 会話が終わり、シエラとセンカが応接室をあとにしようとしたその去り際、ザイラスが最後に言葉を投げてきた。


「シエラ、これからもあの子たちを、ちゃんと見てあげなさい」


 そんなことは言われるまでもない。

 ザイラスの真意が、シエラにはわからなかった。







「ルイスお兄様は、今どちらの国に?」


 自身の公務室へと向かう途中、シエラがセンカに訊ねた。


「リベアモールにおられるはずです。近々、ヒノキへ移ると思われますが……何か用件があるのでしたら、私からお伝えしておきましょうか?」


 センカはそう言ったが、シエラは首を振った。

 もう半年は会っていないのだ。直接話したいことばかりだった。


 ローレンスに戻ってくるのを待つしかなさそうね。ヒノキであれば、一つ山を越えた程度ですし。


 そういえば……とシエラは思い出す。


ヒノキは、ラグナやモレットたちが向かった国でしたね。もしかしたら、お兄様と出会うかもしれない。

 ラグナはともかく、モレットとイサネは元気にしているだろうか。ヒノキでは使イ魔が出没しているようだから、また無茶をしていないといいのだけれど……。

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