第13話 フィノとサツキの王宮大冒険!・その四

「いいけど……どうするの?」

「さっきまでずっと考えてて、不思議に思ったことがあるんだよ。『全ての鍵で扉は開く』が、『どの鍵でも扉は開く』って意味じゃ、やっぱりおかしい。青の鍵を差し込めばいいだけだからな。三つも鍵穴はいらない」

「それは、あたしたちを引っ掛けるためでしょ。間違えさせるために——」

「騙してることにならないか?」


 言われて、フィノはハッとなった。何も訊かず、サツキが話すのを待った。


「俺は違うと思うんだよ。『全ての鍵で扉は開く』が、そのままの意味なら、鍵穴が三つあるのは当然だ。つまりどこにもウソはない。この鍵の問題は、扉の言葉だけじゃなくて、扉そのものを見て、考えなきゃいけないんだ」


 連結された鍵を受け取ったサツキが、突然それを再び三つに分けた。フィノはすぐにやめさせようとしたけれど、鍵を見て目を見開いた。

 赤と黄色の鍵の部分が、青色へと変化している。心なしか、最初より細くなっているようにも見えた。黄色だった鍵をもう一度青色の鍵に差し込んで抜くと、また黄色に戻っていた。明らかに太くなっていることから、どうやら赤と黄の鍵部分には、二重になるのようなものがついているのだろう。


「……どういうこと? これが正解なの?」

「たぶんな」

「だけど、逆に青色の鍵は、凹凸が元に戻っちゃったよ」


 本当に正解なのだろうか。フィノはまだ、サツキの意見を信じきれていなかった。一本の鍵にまとめるのも、全ての鍵を使っているのだ。扉の言葉から考えてみても、間違っていないだろう。

 もしかしたらサツキの答えのほうが間違っているかもしれない、と思っていた。


「きっと、大丈夫だ。鍵は三つ、鍵穴も三つ、そこに書かれてる番号も同じ。そして扉の言葉——、『全ての鍵で扉は開くが、赤と黄の鍵では開かない。なお、一度でも鍵を間違えば、扉は永遠になんじを受け入れることはない。しかし安心しろ。竜は、なんじを騙すこともしない』。全部、その通りになってるだろ」


 サツキに優しく諭された。確かに説得力がある。青の鍵に一つにまとめる答えが正解だった場合、三つある鍵穴は騙すことになる、というわけだ。でも……。

 フィノは、自分の持っている黄と青の鍵に視線を落とす。自分が正解に導けたと思った。そう思った途端、なんでまだ躊躇っているのか、その理由に気づいた。

 これは悔しさと驕りが混じった、後ろ暗い感情。自分の答えが間違いだと思いたくない、サツキの答えが正解だと認めたくない、つまらない感情だ。


「フィノ、俺を信じろ。大丈夫だよ」


 サツキの右手が、フィノの手を柔らかく包んだ。


 違う、違う……。疑ったりなんてしてないんだ。


 フィノは顔を上げ、意を決して黄と青の鍵をそれぞれ、2と3の鍵穴へ差し込んだ。


「ごめん! サツキのことは、いつだって信じてるよ」


 続いてサツキが赤の鍵を、1の鍵穴に差し込む。

 一瞬彼が微笑したことに、フィノは気づかなかった——。







 扉の先にあったのは、白塗りの部屋だった。奥にまた扉があって、それ以外には窓も家具もなく、ただぽつんと、上部が丸くなっている木箱だけが、部屋の真ん中に置かれていた。例に漏れず、サツキが警戒しながら、前へと進んだ。


「罠はなさそうだな。これが、宝箱かな?」


 サツキがそれを覗き込む。フィノも走って近づいた。


 ホントにあったんだ! 中身は……中身は一体なんなんだろう!


 フィノが勢いよく開けようしたが、箱はガチャンと音を立てて開かなかった。小さな錠がついていたのだ。

 フィノもサツキも、激しく落胆する。ここにきてまた問題か、と思った。

 しかしすぐに、それは杞憂に終わった。サツキが、宝箱を持ち上げて移動させると、今までと同じように文字が彫られていた。走り書きしたみたいで、今までのよりも読みづらかったが。


『鍵は王宮本殿の一階、謁見の間の柱、右の十二本目に隠されている。汝がそれを見つけ、見事、箱を開くことができたのなら、中身は全て汝に帰する』


「どこの間だ? 柱っていうと……あそこか! 本殿に入ってすぐの場所! そういや、何本も柱が立ってたな」


 サツキが、思い出したように大声を上げる。フィノも、ちらりとだが見た記憶があった。金色の大きな椅子が奥にあって、サツキが言ったように、柱がその両端に立って、道を作っている。シエラのお父さん、現ローレンスの王様が、騎士たちを集めて指示を出す場所、らしい。


「行ってみよう、フィノ! 場所はわかったし、どうやら宝も俺たちのものになるみたいだぞ! ここでいうなんじって、きっとお前のことだろ! さっきの鍵の問題文もそうだが、当てはまってる!」


 サツキは明らかに、さっきまでよりも高揚していた。現金だと思ったが、フィノも指摘することはできなかった。


 どれだけの価値があるものなんだろう。もしかしたら、もしかしたら、一気に大金持ちになって、アーススやセプター、トレースの人たちに、何かしてあげられるかもしれない!


 フィノは箱を持ち上げる。重くはなかったが、横に軽く振ると、間違いなく何かは入っている。

 早く中身を見たい。

 二人の気持ちは一致していた。サツキが、奥の扉を開いた。







 そしてこの話は、最初へと行き着く。騎士たちに追われながら、フィノとサツキは王宮の本殿を行ったり来たりしていた。

 まさか、あの扉の先が、外に続いているとは予想だにしなかった。階段が続くなぁとは思っていたけれど、てっきり台地の内部のどこかに出るのだと思っていた。王宮の外に出てはいけない二人にとって、あそこはシエラの庭のほうに戻るのが正解だったのだ。

 台地の西側、水色の煉瓦造りを模した、隠し扉から身体を出してしまった二人は、秒で騎士に見つかってしまった。それもよりによって、モレットを敵対視していた男、ジュノーだった。フィノを知っていたので、王宮へ帰されることになったのはよかったが、問題は台地の内部に入ってから起きた。ジュノーがフィノの抱いている宝箱を、没収しようとしたのだ。


「得体の知れないものを、王宮に持ち込むなど認めん。それは渡してもらおう」

「そんな⁉ 王宮の中で見つけたものなんだから、大丈夫だよ!」


 フィノは身体を捻じって、ジュノーの手を拒んだ。


「外に出ていたというのに、よく言えたな。お前たちは外出禁止の身だろう。シエラ様に助けてもらっておきながら……迷惑をかけるようなことをするな!」

「それは悪かったと思ってる! でもこの箱は関係ない。やっと二人で見つけたものなんだ。お願いだから、見逃してくれ——ください!」

「それこそ知ったことではない。それにお前は、とくに信じられん。この国で自分がしたことを、忘れたわけではないだろう。シエラ様の計らいで裁かれなかっただけで、お前は犯罪者だ。いいから早く渡せ」


 サツキの言葉も聞いてくれず、それどころか傷つけるようなことを——


「この……分からず屋ぁ!」


 フィノはお腹から命一杯声を出して、駆けだした。「お、おいフィノ!」と、サツキも走る。その後ろからジュノーと、周りにいた騎士たちまで追いかけてきた。

 そうして、二人と騎士たちの追いかけっこが始まってしまった。

 本殿にある『謁見の間』に辿り着いても、とても柱を見て回る余裕などなかった。今はまず、騎士を撒かなければならない。


「もぉ、サツキ! 早くしてよ! 騎士たちが来ちゃうでしょ!」

「わかってるよ! 鍵が上手く閉まらないんだ!」


 サツキが古びた扉を上げたり下げたりして、ようやく錠が噛み合い鍵がかかった。進んだ先は本殿の中だというのに青い大理石ではなく、狭くて古い階段だった。どうやら本殿の裏側に位置する場所に来たようだが、フィノもサツキも、自分たちのいる所がさっぱりわからなくなっていた。

 それでも今は、この階段を昇るしかない。

 ガチャガチャと音を立てる木製の扉を尻目に、二人は二階へと上がった。おそらく数分もせずに、騎士はこの階に現れるだろう。本殿は三階まである。上がってもいいが、できればどこか部屋に入って隠れたかった。サツキも同じ考えだったらしい。二人はほぼ同時に身体の向きを変えた。

 再び、青い大理石に変わった廊下を走りながら、フィノは手当たり次第に、部屋の扉を引いていった。すると、


「サツキ! ここ! このお部屋、入れるよ!」


 見つけてすぐに、二人は中へと潜り込んだ。本殿の部屋には必ず、扉に部屋の名前が書かれているのだが、今の二人には、その余裕などありはしなかった。

 その部屋で最初に見たのは、女性の肖像画だった。成人男性の背丈ぐらいある大きさで、フィノが無意識に目を向けたのは、おそらくその肖像画の女性が、自分を見ていると感じたからだろう。

 艶のある黒い髪に、吸い込まれそうなほどに深い、金色の瞳。赤や青、なんと呼ぶのかわからない、たくさんの色が使われた婦人服。背景もただの黒ではなく、ところどころ薄かったり濃かったりして、女性を際立たせていた。


 すごく綺麗だけど、誰なんだろう……。


 思わず立ち尽くしていると、サツキに腕を掴まれた。


「おい、どこかに隠れるぞ。騎士たちが入ってくるかもしれないし、第一、この部屋に誰かいるかもしれない」


 自分の置かれている状況を思い出して、フィノも慌てて隠れられる場所を探す。

 けれど、すでに遅かった。


「まさか君たちがここに入ってくるとは……驚いたな」


 煌びやかな衣装を着た初老の男が、金の装飾が施された杖をついて立っていた。

 サツキが素早く頭を下げる。


「あ……す、すみません! 部屋を間違えました。すぐに出て行きます——」

「いやいや、構わんよ。ゆっくりしていくといい。君たちが、シエラがトレースで助けた子どもたちだろう?」


 予想外にも引き止められ、二人は顔を見合わせた。それに、シエラと親しい間柄のようだ。


「あたしたちは、フィノとサツキっていうの。おじさんは?」


 金髪に白髪の混じった男は、顔に刻まれた皺をさらに深くして、大口を開けた。


「ハッハッハ! この国で名を訪ねられたのは、初めてな気がするな。私はこのローレンスの王、ザイラスだ」

「シエラのお父さん!」


 フィノはザイラスの全身に目を滑らせて、ふと、あの肖像画のほうを見た。


「じゃあ、この絵はシエラのお母さん?」


 この女性は丸顔。シエラは面長。

 顔の骨格は全然違うが、髪は同じで黒色だ。

 きっとそうなのだろうと思ったけれど、ザイラスの答えは否だった。


「違うよ。これは、ギラオウという画家が描いた絵でね。この女性が誰なのかは、私も知らない。おそらく、ギラオウの奥方だと思っているのだが……とても美しいから、この部屋に飾っているだけだ」

「奥さんじゃない人の絵を飾るなんて、いけないと思う!」


 フィノは注意したつもりで言ったのだけど、ザイラスはまた大きく口を開けて笑った。


「参ったな。だが大丈夫だよ、フィノちゃん。私は妻を、誰よりも愛している。助けてあげられなかったが……」


 ザイラスの目が細くなり、哀しみの色が浮かんだ。

 奥さんのことは、シエラから少しだけ聞いた。ザイラスの奥さんで、シエラの母であるハーブ・ヘブンズアースは、シエラを産んで間もなく、病に伏して亡くなったらしい。


「シエラもフレアルイスも、私は愛している。何があっても、二人は守るつもりだ」


 ザイラスの瞳に、言葉に、嘘は感じられなかった。フィノは素直に、「ごめんなさい」と謝った。

 その直後、ふいに後ろの扉が開いた。サツキの反応はやはり速く、フィノは遅れて、身体を反転させた。




 部屋に入ってきたのは、息を弾ませたシエラだった。ミアやジュリセル、ジュノーのほかにも数人の騎士を引き連れて……。

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