第12話 フィノとサツキの王宮大冒険!・その三

 階段を上がって台地の屋上へと出る。太陽の光に目が眩み、二人は反射的に手を翳した。

 シエラの庭園は、本殿のちょうど裏側にある。ほとんどシエラが一人で管理しているので、それほど大きくはなく、白塗りの木杭でできた柵で囲まれている。その入り口には、誰でも入れる簡素な作りの押し戸が設置されていた。

 まだ二回しか訪れたことはないが、フィノはシエラの庭園が好きだった。一歩足を踏み入れると、世界が途端に温かな緑へと変わる。地面は硬い石畳から柔らかい芝生に。足元には様々な花々が咲いていて、木には見たことのない花や果物が実っているのだ。

 だけどフィノは、今はそこに咲く色とりどりの花々には目もくれず、庭園の奥へ奥へと進んでいった。


「おい、待てよ、フィノ。いい加減説明してくれよ。なんでここだってわかったんだ?」


 後ろからサツキが訊ねてくる。フィノは前を向いたまま、答えた。


「ここかどうかはまだわからない。ただ、あの四つの○《まる》が誰かの部屋を表しているって考えたら、シエラだと思ったの。サツキは昨日、ミアがしてくれた授業を覚えてる?」

「昨日?……たしか言語と歴史……だったよな?」


 サツキが自信なさげに聞き返してくる。フィノはハルベニの木の前に辿り着くと、その後ろに回り込んだ。


「そう。その歴史の授業でさ、似たようなもの見たでしょ」

「え?……見たっけ?」

「見たの!」


 フィノはハルベニの木に触れながら、語気を強めた。

 夕陽を閉じ込めたように赤いその木は、シエラにとってとても大切なもののようだった。一度聞いてみたけれど、シエラは悲しげな表情で首を振って、結局何も教えてくれなかった。

 フィノはしゃがみ込むと、そのハルベニの周りを注意深く見ていった。


「最初にローレンスの先代の王様たちの名前を書いていって、その人たちがしてきたことを教えてくれたけど、その時ミアが書いてたのが家系図だったでしょ。シエラたちの代まで、書いてくれてた」

「家系図……あぁ!」


 ようやくサツキも理解したらしい。

 そう、あの四つの○は家系図だったのだ。ヘブンズアース家の紋章があったから、ヘブンズアース家の家系図ということだ。そして13という数字は、十三代目の王様のことを指している。

 十三代目の王様はシエラのお父さんだから、二つずつ上下に並んでいた○は、上が王様と亡くなった女王様で、下がシエラとお兄さんを表している。そしてシエラに◎が付いていた。


「でも、なんでこの庭園だってわかったんだ?」

「地面に書かれてた文字だよ。『緑の扉』の緑って、ここじゃないかと思ったの。ここも、シエラの部屋みたいなものでしょ」

「なるほど。あのなんじって文字も、シエラを指す暗示になってたのかもな」


 サツキが納得して、ポンと手を叩いた。


「それはわかんないけど……とにかく、あの落書きがお宝の入り口の場所を示す手がかりになっているなら、きっとここにそれがあるんだよ」


 フィノがそう言うと、サツキも地面に顔を近づけて、ハルベニの周りを見て回った。やがてサツキが、木から少し離れた直後——


「フィノ! ここ! ここだけ芝生の感触が違うぞ!」


 フィノが顔を上げる。サツキはすでに扉を見つけ、取っ手を両手で引っ張っていた。なかなかの重さのようで、フィノも駆け寄って取っ手を掴んだ。段々と、周囲の芝生が真四角に盛り上がっていき、かと思うと急に抵抗がなくなって、扉が全開になると同時に二人は後ろへ倒れた。

 四つん這いのまま、地面に空いた四角い穴を覗く。一人分の幅しかない階段が、下へと続いていた。


「……行ってみよう」


 フィノの声は少しだけ震えていた。しかしそれは、恐怖ゆえではない。この先に何があるのか。本当に宝があるのなら、その正体はなんなのか。期待に膨らむ心臓を、抑えられなかった。

「ああ」、と応えるサツキの横顔もフルフルと震え、だけど微かに口角が上がっていた。







 壁に手をついて慎重に階段を降りる。真っ暗闇の中だが、前をサツキが歩いてくれているおかげで、安心感があった。

 二十段ほど下ると階段はなくなって、目の前に扉が現れる。サツキがおもむろに、その扉に手を当てると、急に頭上から光に照らされた。サツキは素早く身体を反転させ、フィノを胸に抱いて光の外側に出た。


「どうして明かりが灯った? 誰かいるのか?」

「……わからない。でも、床にも地面にも罠みたいなものはなさそうだよ」


 フィノが扉の周りを見回して言った。唯一あるのは扉の端、細い一本足の小さな円卓だけだ。サツキは警戒を緩めず、もう一度扉に近づいた。

 いつもこうだった。サツキは常に全てを疑って行動し、フィノを守ってくれた。だから未だに、ローレンスに溶け込めずにいるのだけど。


「これ、鍵みたいだ。たぶん、この扉の鍵だな」


 サツキが円卓の上に目を向ける。フィノの背丈には少し高くて、円卓を掴んで背を伸ばさないとそこに乗っているものが見えなかった。

 鍵は三つあった。赤色と黄色と青色で、フィノは命一杯つま先立ちになって、なんとかそれを手繰り寄せた。


「お、おい、そんな簡単に触らねぇほうがいいぞ」

「大丈夫だよ。それより見て、この鍵。ものすごい綺麗……」


 フィノの掌には少し大きいぐらいの鍵を転がした。サツキもそれを見て、「たしかに」、と同意した。

 鍵は三つとも、持ち手部分が鋼色の、竜の頭になっていた。鱗の一つ一つが優美で、開いた口から生える何本もの小さな牙は、指を入れれば噛みつかれるのではないかと思わせるほどに、精巧に作られている。その竜の頭にしばらく見入っていると、鍵の部分に何か彫られていることに気がついた。

 赤の鍵には1、黄の鍵には2、青の鍵には3の数字。

 もしかしたらと、フィノは扉のほうに視線を移した。

 思った通り、鋼色の扉には鍵穴が三つあって、左から1、2、3と割り振られてあった。そして鍵穴の上には、武器庫の問題と同じように文字が——


『全ての鍵で扉は開くが、赤と黄の鍵では開かない。なお、一度でも鍵を間違えば、扉は永遠に汝を受け入れることはない。しかし安心しろ。竜は、汝を騙すこともしない』


 これは、武器庫のと同じ……。


 隣で、サツキがため息を吐いた。

「また問題か。今までのと違って殴り書きしたみたいな字だけど、またなんじって言葉もあるし……。しかも失敗はできないみたいだな」


 サツキはフィノの掌から赤の鍵を取って、その場に座りこんだ。


「赤と黄色じゃ開かないって書いてあるから、きっと同じ番号のやつをそのまま差し込んでもダメなんだろう」

「でも、鍵は全部使わないといけない……」


 フィノも腰を下ろして、扉を眺めた。数秒だけ、ひんやりと冷たい感触がお尻に伝わった。

 さっぱりわからない。全ての鍵で扉は開くのに、赤と黄の鍵では開かないってどういうことだろう。矛盾している気がするけど……。




 二人でしばらく扉を眺めていると、やがてサツキが「待てよ!」と立ち上がった。


「俺、わかったかもしれない! 全ての鍵で扉は開くってことは、全ての鍵を使えってわけじゃなくて、どの鍵でも開くってことなんじゃないか? 扉の言葉には、全ての鍵穴を使えとは書いてないし!」

「それって……じゃあ、青色の鍵だけ差し込めばいいってこと?」

「そういうこと!」


 サツキが胸を張って言った。だけどフィノは、腰を上げはしなかった。

 サツキの言っていることはわかるが、本当にそうなのだろうか……?


「どうしたんだよ? フィノは違うと思うのか?」

「うん……。鍵は、一度間違えたらそこで終わりだから、もうちょっと考えてみようよ」


 フィノは眉間に皺を寄せて、サツキを見上げる。サツキの答えを、暗に否定してしまって申し訳なかった。


「そうか。じゃあ、もう少し考えるか」


 だけどサツキは自分の意見を通すこともなく、また地面にお尻をつけた。これも、サツキの変わらないところだった。命がけの旅をしていた時も、フィノがしたくないことはしなかったし、行きたくない道には行かなかった。いつも、フィノの考えを尊重してくれた。


「だけど、俺にはほかの答えが浮かばないぞ。扉の言葉の意味が、鍵を全部使わないといけないって意味だとしても、赤と黄色の鍵が使えないのは事実だろ」


 サツキが、赤い鍵を光に翳して言う。確かにその通りだった。サツキの考えを否定したが、それ以外の答えが思い浮かばない。

 フィノはとりあえず鍵を地面に置いて、扉の言葉を素直に受け取ってみることにした。


『全ての鍵で扉は開くが、赤と黄の鍵では開かない』


 やはり、扉の言葉が矛盾しているのは明らかだ。ということは、この問題のどこかに、べつの意味が隠されている、のではないだろうか。

 たとえば……そうだ。ミアが『陸の海』で言っていた、武器庫の入り口という言葉が、実際はそのままの意味ではなく、抽象的な意味合いだったように。


 『全ての鍵で扉は開く』、この言葉からは、二つの意味が読み取れる。全ての鍵を使うということと、サツキが言った、どの鍵でも開くという意味だ。そして後者の意味で捉えれば、答えは青の鍵だけを差し込めばいい、ということだ。

 だけど、やっぱりどこか腑に落ちない。

 前者の意味で考えれば、全ての鍵を使わないといけないが、赤と黄色は使えなくて……。


 ダメだ! 頭がこんがらがってくる!


 フィノはうぅーと唸って、「そうだ!」と顔を上げた。


 分担すればいいんだ!


「ねぇサツキ。サツキはさっきの答えで、もう少し考えてみてよ。鍵は、どの鍵でも開くっていうほうでさ」

「いいけど……青の鍵を差し込むって意外に、答えあるかな?」


 そう言いながらも、サツキは腕を組んで考えてくれている。フィノはその間に、鍵を全て使わなければ開かない、というほうで考えた。


 鍵は全て使う。だけど、赤と黄は使えない。これはどういう意味だろうか。どうにかして、赤と黄の鍵も使わなければならない……ということか!

 いいぞ! いいぞ、あたし! 言語力はサツキのほうが成績良いけど、考え方は合ってるはずだ。


 だけど……と、フィノはまた頭を悩ませる。使えないものを使えるようにするには、どうすればいいのだろう。

 地面に置いた、黄色と青色の鍵に目を落とす。鋭い瞳で口を開けている二つの鋼の竜は、今にも獲物を屠ろうとしているようだ。

 そしてフィノは、ハッと気づいた。


「全ての鍵を使うって、こういうことかも!」


 突然横から発せられた声に驚いたらしく、サツキがビクッとなった。フィノは意にも介さず、夢中で手を動かし始める。鍵を二つとも手に取って、黄色の鍵を、青色の鍵の竜の頭に差し込んでみた。吸い込まれるように、かっちりと嵌まった。


「やっぱり……。サツキ! その赤色の鍵も貸して!」


 フィノはそれを受け取ると、先ほどと同じように、黄色の鍵の、竜の頭に差し込んだ。

 中でガチリと音がする。と思ったら、青色の鍵の部分——凹凸のできていた部分が、外に飛び出してきて、その形を変えた。鍵に凹凸がなくなったのだ。


「うぉぉ、すげぇ! 天才じゃん、フィノ!」

「これも、全部の鍵を使うってことだよね! ね! サツキ!」


 二人とも興奮していた。まさか鍵が、形を変えるとまでは思わなかった。もうこれが、正解に違いないだろう。

 フィノはさっそく、その竜の頭が三つ重なった鍵を、3の鍵穴に向けた。

 これで扉が開く。そう思うと、鍵を持つ手が震えてきた。ついにその先端が、鍵穴の中へと入る——


『しかし安心しろ。竜は、汝を騙すこともしない』


 フィノは無意識に、手を止めた。すでに余裕の表情をしていたサツキが、怪訝な目つきでフィノを見た。


「……どうしたんだ? 鍵、差し込まないのか?」

「ねぇ、竜はあたしたちを騙さないってどういうことだろう?」

「それはもちろん、ウソはつかないってことだろ。問題文にウソがあったら、成立しないんだから——」


 途端に、サツキの口が固まった。ぼそぼそと何か呟いて、「そうか……」と洩らした。



「フィノ、その鍵を俺に貸してくれ」

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