第11話 フィノとサツキの王宮大冒険!・その二

「お宝、探してみよ!」


 食事を終えて、塔の一つにある自室へと帰ってきたフィノは、さっそくサツキに話を持ちかけた。


「はぁ? 嫌だよ。俺は今から木剣で素振りするんだ。やっと腕の怪我が治ったからな。シエラ様に許可ももらったし。剣のほうはまだ返してもらってないけど」

「えぇ~、そんなのあとでいいじゃん! お宝探しに行こうよ。きっと楽しいって」


 いそいそと木剣を振りだすサツキの肩を掴んで、フィノはユッサユッサと引っ張った。


「あぶね——あぶねぇよ! そんなに探したいなら一人で探せばいいだろ。ほら、そういえばこの部屋のどこかにあるって、俺も聞いた気がする。あそこの机の引き出しとか探してみれば——」

「バカにすんな!」


 サツキの頭を軽くはたいて、フィノは頬を膨らませた。


「サツキが誰とも話そうとしないで引きこもってるから、外に出してあげようとしてるんでしょ! みんな心配してるんだからね!」


 言い終わって、ハッと口を手で隠す。本人に言っちゃいけなかった。

 サツキは全く気づいていなかったようで、木剣を止めて固まった。


「……え? そうだったのか?」


 ああぁ、サツキが落ち込んじゃう。ますます部屋に引きこもっちゃうぅ……。


 と思ったら、サツキは神妙な顔つきになって腕を組んだ。


「困ったな。そんな心配されてたのか。たしかに騎士たちはまだ警戒するようにしてるけど……」


 うーん、と数秒唸って、サツキは言った。


「わかったよ。宝探ししよう。そうすれば、少なくともお前は満足なんだろ?」


 フィノは飛び跳ねて、「やったぁ!」と声を上げた。


「だけど、どこをどう探すんだよ。まさか手当たり次第に、王宮の中を探すつもりか」


 木剣を壁に立てかけて、サツキが訊ねる。フィノは答えず、ただにんまりと笑みを浮かべた。







「ここは……台地の内部……」


 部屋を飛び出した二人の眼下には今、青い大理石の世界が広がっている。手を置いている欄干さえもキラキラと青く、鏡のように磨かれていた。初めてここへ来たのは、モレットたちと一緒にこの国へ入った時だ。それから何度か通ったけれど、いくら見ても目減りしない荘厳で美しい場所だった。

 シエラに訊いたことがある。どうしてここと塔は違う造りなの、と。


『この青い大理石は、とても高価なものなのですよ。台地と宮殿の内部だけが、この大理石で造られているのですが、それは他国の王様方が来られるからです。宮殿は、言うまでもなくローレンスを象徴する建造物、ヘブンズアース家の家に当たります。この台地の内部は、いわば戸口なのです。戸口を一目見るだけでその家全体、さらにはそこに住む人の性格や器まで、見抜かれてしまうものなのですよ。だから戸口は常に、綺麗にしておかなければならないの。覚えておきなさい、フィノ』


 そう答えをもらったけれど、未だにその意味はわかっていない。漠然と、いつかわかるのだろうな、と思っていた。

 とにかく今はそれを考えている場合でも、見とれてる場合でもない。

 感動しているのか緊張しているのか、呆然と立ち尽くすサツキを傍目に、フィノはさっそく歩を進めた。


「おい、どこ行くんだ? 外には騎士が立っているから、俺たちだけじゃ出られないだろ」

「外には出ないよ。騎士の武器庫に行くの」

「武器庫? ミアさんが言ってた手掛かりか……。でも、そんな簡単に入れないだろ」


 フィノは得意げに、フフンと鼻を鳴らした。


「大丈夫だよ。鍵とかかけてないみたいだから」


『陸の海』からの帰り、ミアと通ってきた時に、密かに確認済みだった。出入りしている騎士が、錠などかけずに出て行くのを見逃さなかった。

 階段を下りて、武器庫のある扉の前に来る。やはり扉に施錠はされていない。フィノとサツキは周りをキョロキョロと見回して、誰もこちらを見ていないのを確認すると、少しだけ扉を開いて身体を滑り込ませた。

 武器庫の中は大理石ではなかった。煉瓦造りで、しかし壁も床も剣や槍で埋め尽くされ、決して狭い部屋ではないはずなのに息苦しさを感じた。

 フィノは、こういう場所が苦手だった。サツキに出会う前のおぼろげな記憶が、蘇ってくるようで……。


 おばさんに物置小屋へと隠れさせられ、それから耳を突き刺してくるおばさんとおじさんの悲鳴。村の人たちの、長くて長くて終わらない悲鳴。毛布を頭から被り、震える身体を自分で抱きしめて、悲鳴がやむのをただ待ち続けた。陽の光が扉の隙間から差し込んできて、フィノがようやく外に出ると、村はもうなかった。人も家も田畑も、何もかもが壊れていた。赤い赤い記憶だった——

 こういう場所にいると、またあの悲鳴が聞こえてきそうで怖い。心を黒い雲が覆い始めて、フィノの思考が止まりかけた時。


「おい、フィノ。早く探そう。騎士が入ってくる前に、手掛かりを見つけないと、だろ」


 サツキの手が、優しくフィノの腕を掴む。ふと泣きそうになって、唇をぎゅっと結んだ。


 あたしは……もう大丈夫なんだ。あの時、あの壊れた村から一人出て、フラフラの足であてもなく歩き続けた。空腹で倒れそうで、視界もぼやけてきて……だけど森の中でサツキに出会って、助けてもらったあの時から、あたしはもう大丈夫なんだ。


 サツキの手から伝わる温度に、黒い雲がゆっくりと消え失せていく。


「武器だらけだけど、整理はされてるようだから歩けないわけじゃない。ミアさんは、たしか入り口があるって言ってたから——」


 フィノが、自分の左腕を掴んでいるサツキの手に右手を重ねた。サツキはびっくりしたのか、目を大きくして言葉を詰まらせた。


「たぶん、壁のどこかだと思うんだ。あたしはこっちを探してみるから、サツキはそっちをお願い」

「あ、ああ。急にどうしたんだよ。フィノ……?」


 フィノは何も答えず、並べられた武器たちのわずかな隙間を覗いては、奥にある壁を注視していった。入り口であれば、そこだけは煉瓦造りではないだろうと思った。

 そして数分後、フィノの後方の壁を探っていたサツキが、「あっ!」と声を上げた。


「おい、フィノ。これ……ここの壁に、なんか書いてあるぞ」


 サツキが武器をどかし始めて、フィノもすぐさまそれを手伝う。剣も槍も一本一本が重くて、ちゃんと壁が見えるようになった頃にはすっかり疲れてしまった。


「なんだ、これ? 数字の13と、ヘンな印……の下に、四つのまる? 入り口でもなんでもなかったな」


 ハァハァと息を洩らしながら、フィノは床に手をついた状態で、それを見つめた。壁の下部分に、おそらく刃物で彫られているようだった。サツキの言う通り13と、Hというヘンな印の下に、四つの〇があった。二つずつ上下で並んだその丸はそれぞれ一本の横線で結ばれ、さらにその線と線が縦線で繋がっている。そして左下の〇だけが、二重になっていた。


「なんだろう……。でも、この印みたいなの、どこかで見たような気がする。ちょっと待って、ここ、この下にもなんか書いてある」


 その壁のすぐ下、石畳の地面に、細く文字が彫られていた。


「な——なんじ? なんじってどういう意味だ?『なんじ、緑の扉へと誘わん』? なんにしても、入り口じゃないな。騎士が書いた悪戯かなんかだろ。ほかの所探そうぜ」

「うん……」


 サツキがまた動きだして、フィノも立ち上がった。

 どこで見たっけ? 確かに見たことあるんだけど……王宮? 塔……だっけ?


「しかしよ、思ったけどこんなところ見つかったら、俺たちシエラ様に怒られるぜ。宝だって、見つけたって俺たちのものにはならないと思うし」

「いいの。お宝がなんなのか、それが気になるんだから。それにシエラはきっと、こんなことじゃ怒らないし——」


 身体中の神経が一気にピッと張ったみたいに、フィノは背筋を伸ばした。心臓が高鳴り、脳が回転する感覚。

 振り向いて、もう一度さっきの壁の場所へ戻った。


「この印! これシエラたちの、ヘブンズアース家の紋章だよ、サツキ!」

「え? あ……あぁ!」


 サツキも手に武器を持ったまま、フィノの横に並んで、前屈みになった。Hという、この国の文字ではないこれは、ヘブンズアース家の紋章に似ていた。王宮でも、塔でも見たことがあったのだ。実際の紋章は、Hの先端がそれぞれ折れ曲がって半円のような形を作り、その後ろに五つの剣が生えているのだけど。


「でもよ、じゃあ下の〇はなんだよ? 四つの〇……ヘブンズアース家と関係があるのかな? 紋章の剣は五つで、四つじゃないしなぁ」


 サツキが難しい顔をする。フィノもその場に座り、膝を抱えて黙りこんた。


 シエラたちに関係すること……。ローレンスとか、騎士とか……。あっ! モレットたちと歩き回った時に見た、北や西の出入り口! ローレンスの東西に四つある!

 ……けど……違うか。この〇の位置じゃ、どこが北かわからないし。

 大体、なんで一つだけ◎になってるんだろう?


「ちぇ、やめだ、やめだ」


 突然、サツキが音を上げた。頭を使うのはとことん苦手らしい。


「こんな落書きのこと考えたって仕方ない。俺たちは、ここにお宝への入り口を探しに来たんだぜ」

「入り口……?」

「入り口。考え過ぎて目的忘れたのか? お宝に続く道だよ——!」


 サツキの言葉が急に止まった。今度は彼が、何か閃いたらしい。


「わかった! わかったぞ! これ、この◎の所にお宝があるんじゃないか? お宝への入り口を示してるってことだ。手がかり的な意味でよ」

「そっか! でも……じゃあ……どこなの?」


 ◎が場所を指しているとなると、ますます東西の出入り口なのではないかと思えてくる。例えばこの◎が北の出入り口を指しているなら、そこにお宝がある、というふうに。

 だけど、そもそもこの〇の並びでは、方角がまったくわからない。第一、東西の出入り口のどこかにあったとしても、外へ出られない二人には探しに行けない。


「うーん、部屋とか? 王宮に眠ってるって言ってたから、この台地か本殿か、三つの塔のどこかの部屋……」


 自分で言って、サツキはため息を吐いた。それもそうだろう。この台地の中は、武器庫と馬車の格納庫ぐらいしかないが、上は違う。三つある塔は全て六階建てで、その一つの階だけでも十以上の部屋がある。フィノとサツキは、自分たちの部屋がある塔しか出入りしておらず、ほかの二つの内部はほとんど知らない。本殿に至っては一階の『謁見の間』以外、未知だ。

 宝探しの船は、早くも暗礁に乗り上げてしまった。

 フィノが諦めて、肩を落とす。と——


「せめて、どこの部屋かわかればいいんだけどな。宮殿はわからないけど、たしか三つの塔は、シエラ様や王様たちの自室だろ。あとは神人とかの」


 サツキの呟きに顔を上げ、再び壁に彫られた四つの〇を見つめた。


「そうか、もしかしたら……」


 フィノはバッと立ち上がり、どかした武器を元の位置へと戻し始める。


「お、おいおい、やめるのか? 俺はべつにいいけど……お前、お宝が何か知りたいんだろ?」

「わかったの。サツキも直すの手伝って。今度は、シエラの庭園に行ってみよう」

「庭園? 庭園に何かあるのか?」

「それを確かめるために行くの!」


 二人は急いで片づけを終えると、武器庫をあとにした。

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