第20話 思わぬ再会



 怒鳴り声がしたのは西口のほうからだった。モレットはそこで初めて、自分たちが町の壁際まで来ていたことを知った。


 ちょうど通り過ぎる馬車の向こうに人だかりが。

 その中心にいるのは騎士のようだ。太陽光が反射して、赤銅の鎧が鈍く輝いていた。問い詰められているほうはわからないが……。


 もしかしたら、サツキかもしれない。


 わずかな希望が頭をよぎる。イサネとフィノも同じことを思ったのか、「行ってみよう」、と二人の声が重なった。

 しかし人だかりの後ろまで近づいても、子どものモレットたちには何も見えなかった。騒ぎの渦中にいる者を確かめるため、しっかりとみんなで手を握り合うと、人だかりの中をかき分けて進んでいった。


「あっ!」


 その中心にいた者……白い外套を羽織った二人組が目に入ると、モレットは思わず声を洩らしてしまった。あとについてきたイサネも、同様に声を上げる。

 赤銅鎧の騎士たちに問い詰められていたのは、ルカビエルとサロアだった。


「なんだお前たちは。こいつらの知り合いか?」


 突然騎士に訊ねられ、モレットは咄嗟に、口ごもりながら答えた。


「え、えっと……その人たちは僕の友達です! 遠くの村に住んでて、一緒に旅をしているんです」

「友達? こっちのガキはともかく、この男とはずいぶん年が離れているようだが……」


 騎士がルカビエルを睨む。そしてその騎士を、サロアが睨んだ。


「俺はガキじゃねぇ——」

「この子とその子たちが仲良くてですね。私は保護者みたいなものです」


 抗議の目を自分に向けるサロアの頭をポンポンと叩きながら、ルカビエルが笑顔で言った。

 さすが、対応が早い。


「……なるほど、筋は通っているが……しかしそっちの、臙脂色の子どもらもこの国の者でない以上、全てを信用はできんな」

「あたしたちはシエラの知り合いなんだよ!」


 フィノが腕を組んでムンと胸を張った。イサネが慌てて彼女の口を塞ぐが、時すでに遅く、騎士の目が再び疑いの色を帯びた。


「それはシエラ王女様のことか? よくも大それた嘘を」

「シエラの馬車に乗せてもらって、この国に来たんだもん!」


 鼻で笑う騎士に、フィノはイサネの手を振り払って、なおも声を張り上げた。モレットは王宮に入った時と同じく、混乱状態になりかけていた。


 あわわわわ……、さらに事態が悪化するんじゃないか? ルカビエルたちは忌人なんだ。騎士たちが気づいてるのかわからないけど、僕たちじゃ収めきれなくなるぞ。


 案の定、相手の騎士は一層睨みをきかせた。


「なにをぉ! 調子に乗るんじゃ——」

「よしましょう、子どもですよ」


 一触即発の空気を、予想外にもべつの騎士が抑えてくれた。その若い騎士は前に出てくると、


「それに朝の通告で、シエラ様の馬車に異国の子どもが数人乗ってくるという報せがあったのも事実。説教は、この子たちの言っていることが本当か確かめてからにしましょう」


 モレットは、あれ?、と思う。

 その騎士はどこかで会ったことがあるような、見覚えのある顔だった。


 一体、どこだったっけ?


「じゃあお嬢ちゃん、ちょっと一つ聞きたいんだが、その馬車にはほかにも人が乗っていたはずだ。名前を聞いていたりするかい? 容姿や服装でもいいよ」


 見覚えのある騎士が、膝を曲げてフィノに訊ねた。フィノは少しも考えることなく、


「ローグだよ! あたしたちとシエラのほかには、騎士のローグが乗ってた!」

「そうか、ありがとう」


 騎士はにっこりと礼を言って、未だにこちらを睨んでいる騎士に向き直った。


「どうやら本当のようですね。とりあえず名前を聞いて、解放しましょう」


 不満そうな表情の騎士が頷くと、見覚えのある騎士はルカビエルたちに振り返って、頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました。どうぞ、引き続きこの国を満喫されてください」





 ガヤガヤと笑い声が飛び交っている大衆酒場。あちこちから漂う美味しそうな匂いが、鼻腔を通り過ぎて脳みそまで侵してくる。

 絶えず出てくる唾液を抑えながら、モレットは今か今かと料理がくるのを待っていた。


「いやぁ、君たちのおかげで助かりました。ありがとうございます」


 円卓の向こうでルカビエルが礼を言う。その隣では、サロアがまだ騎士たちへの恨みつらみを唱えていた。


「なにが満喫されてください、だ。そんなんで許すと思ってんのか。マジで勝手な奴らだぜ」

「サロア、彼らも仕事なのです。それにそもそも、あなたがあそこで馬車に罵声を飛ばさなければ、騎士たちに目をつけられることもなかったでしょう」

「ですが、あの馬車が信じられねぇ速度で突っ込んできたのがワリィって話で――」

「たしかにあなたは正しい。しかし相手が良くなかった。黒漆くろうるしの塗装がされたあの馬車は、おそらくウォーテス王国のものです。王族であることは間違いない。自分で言うのもなんですが、ただでさえ私たちは悪目立ちしているのですから、できるだけ控えめにいきましょう」


 ぬぅ~、といまだ不満げなサロアをよそに、対面に座っているモレットは二人を交互に観察した。

 白い外套に目が隠れるぐらい長い前髪のルカビエルと、白のとんがり帽子に、口元まで外套の襟で隠しているサロア。騎士としては、声をかけるのも当然かもしれない。


「でも、なんでルカビエルたちがこの町にいるの?」


 ルカビエルはともかく、サロアもここにいるのが不思議だった。ドスカフでは村の中には入らず、遠くでルカビエルを見守っていたようなのに。

 その外套の下の様相が、人を驚かせてしまうからだと思っていたんだけど……余程の用事だろうか。


「ドスカフ村で捕縛した使イ魔の件についての報告と、次の使イ魔退治を任せられたのですよ。サロアは私の護衛です。必要ないと言ったのですがね」

「ルカビエル様が人間を信用しすぎなんです」

「信頼を得るには、まずはこちらが相手を信じないと」


 綺麗ごとだけでは……。

 言いかけて、サロアは口を閉じた。それを見たルカビエルは、困ったように笑みを浮かべる。

 そうして、ようやく料理が運ばれてきた。

 自分の目の前に置かれたそれを、フィノが興味深そうに顔を近づけては、鼻をクンクンとさせた。ローレンスに来てから氷菓しか食べておらず、そのうえずっと歩きっぱなしだったのだ。モレットと同じく、お腹が減っていて当然。お皿の上の、アカウシの肉野菜炒めが放つ匂いは殺人的だ。


「はい、食べていいよ」


 イサネがフィノにお箸を渡すが、どうやって使うのかわからないようで、一本ずつ両手で持ちだした。イサネが「こうこう」と教えるが、感覚的すぎて伝わっていない。それを見かねたモレットが、「親指と人差し指を上手く使うんだよ」と、フィノの手を取って交代する。


「報告って、ここの騎士に? ルカたちは、ローレンスに仕えてるの?」


 疑問を口にしたのは、手が空いたイサネだ。目を細めて三人を眺めていたルカビエルは、少し遅れて反応した。


「仕えているというわけではありませんが……まぁ当たらずとも遠からずってやつですか」

「なにそれ。半分当たりってこと?」

「やい、ガキども! さっきから聞いてりゃあ、敬語を使いやがれ! そんでルカビエル様と呼べ、女!」


 サロアがテーブルをダンッと叩くものだから、食べ始めていたモレットとフィノは、お皿たちと一緒に小さく飛び跳ねた。


「よしなさい、サロア。あなただって歳は彼らと変わらないでしょう。それに友達なのだから敬語なんて必要ありませんし、彼女にはイサネという名前があります。紹介が遅れてしまいましたが」

「あたしはフィノだよ! フィノっていうの!」


 覚えたての箸使いでお肉を頬ぼっていたフィノが、突然名前を名乗る。ルカビエルは彼女の口の端に付いたタレを拭ってやりながら、「ええ。よろしく、フィノ」と微笑んだ。


「あっ、ですが私の敬語は気になさらず。昔からこの話し方しかできないもので……。ところで、君たちはこの国で何を? ずいぶんとお疲れのようでしたが」


 モレットはトレースで起きたことやサツキを探していること、彼を見つければ、オールの花についての手がかりも得られることについてを、簡単に説明した。イサネも目前の料理に手を出しながら、時折言葉を補足する。途中感情的になったりして、きっと説明になっていない説明だったと思うけれど、ルカビエルとサロアは口を挟むこともなく、最後まで聞いてくれた。


「ほぉ……商人を襲っている子どもですか。では、私たちも手伝いましょう」

「ルカビエル様⁉」


 思いもよらない言葉にサロアが驚く。


「いいではないですか。どうせヒノキまでは、私たちならば一日もかかりませんし。それに……この事件を解決したとなれば、彼らだけではなく、騎士たちも助かるようです」

「そうですが……わかりました」

「それでは善は急げ、です。陽が暮れてはより困難になりますし」


 ルカビエルが早々と席を立つ。モレットとイサネも立ち上がろうとすると、優しく手首を掴まれた。


「君たちはまだゆっくりしていなさい。見つけたときは、ちゃんと伝えますから。フィノが、眠たそうですよ」


 にっこりと笑って、ルカビエルは会計を済ませていく。彼の言う通り、フィノはもううつらうつらと、頭を揺らしていた。


 酒場を出る二人の背中を見ながら、でもやっぱりそわそわと心が落ち着かなくて、いたたまれなくて、モレットは隣に座るイサネを見た。


「僕……行ってくるよ。フィノをお願いしてもいい?」

「うん、もちろん!」


 モレットの言葉を予知していたかのように、イサネの返事は早かった。もうだいぶ、性格を理解されているのかもしれない。


「ありがとう」


彼女に礼を言って、モレットも酒場を飛び出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る