第14話 白火の鉄杖

「ハァ、ハァ……やった……」


 気絶しているメイスを確認すると、イサネがモレットに駆け寄った。


「やったよ、モレット! 私たちの勝ちだよ!」


 イサネが肩を揺する度に、モレットは苦痛に顔を歪める。


「わかった、わかったから。痛いよ、イサネ」


 口の中は血の味がするし、お腹や腕はまだじんじんしている。つまり、全身が痛い。張っていた神経が緩んだせいか、痛みは増した気さえする。


「と、とにかく、僕はフィノやセプターさんの傷を診るから、イサネは村からお医者さんを連れてきてほしい」

「わ、わかった! 急いで連れてくる——」

「動くな、ガキども」


 落ち着いた、しかし力強い男の声が、耳を突いた。たくさんの足音と共に、木の枝がざわざわと鳴る。

 二人が気づいた時には、すでに寝床も含んで周りを取り囲まれていた。メイスと同じ、赤褐色の鎧を着た騎士たちだった。


「動くんじゃねぇぞ。動くとこのガキの腕を折る」


 一人の騎士がその輪から一歩前へと出る。その左腕でフィノの首を絞め、右腕で彼女の手を掴んでいた。

 この男だけは皆と違う。ローグと同じ、銀色の鎧だ。


「ふん、こんなガキどもにやられるとは、メイスは生きてけねぇな」


 周囲の騎士たちがゲラゲラと笑う中、一人が言葉を続けた。


「お前らは、俺たちと一緒に来てもらう。あいつらにさっさと売り渡すからな。おい、この林の中にいる村人は全員殺しとけよ。そこの両腕が折れてる男とババァもな」


 その指示を合図に、騎士たちがぞろぞろと動きだした。けれどモレットは、短刀を握ったまま動くことができない。フィノが人質にされている上に、十以上いる騎士を相手にどうしたらいいのかわからなかった。

 メイス一人倒すのに精一杯だったのに、こんな人数とても相手にできない……。


「そ、そんなことさせない!」


 イサネが立ち上がって再び金棒を構えるが、


「動くなと言ったろ。ホントにこのガキの腕を折るぞ」


 騎士の冷酷な脅しに、さすがのイサネも従わざるを得なかった。後ろではもうほかの騎士たちが、アーススやセプターたちに近づいている。


 やけに行動が早い。急いでいるのか? 焦ってる?


 モレットは騎士たちを眺め、考え、一縷の希望を見つけた。


「……シエラ様やローグが、ここに来ているのか?」


 銀鎧の細い目が、モレットを見据える。


「ほぉ、鋭いガキだ。エイピアの野郎がシエラ様を殺し損ねてな。だがお前らの望みは薄いぞ。今頃、味方か敵かもわからねぇ騎士たちに囲まれて、シエラ様たちは身動きがとれなくなっているだろうからな」


 くっ……。

 ローグは、だから慌てて戻っていったのか。こいつらが、全てを知ったシエラ様を殺すかもしれないことを考えて。


「それに、陽も沈んだしな。暗闇の中を歩くのは避けてぇ。急がねぇといろいろ面倒なんだ——」


 騎士の目が何かに気づいて、その表情を変えた。モレットを見て驚いているのだ。


「お前、忌人の血が混じってんのか」


 言われて、ハッとなった。モレットは慌てて、左目だけを隠す。

 たて続けに迫った危機のせいで、瞳のことに気を回す余裕がなかった。


「暗闇の中で金色に変化する目、か。珍しいがまるで獣だな。混じってんのは忌人じゃなくて、獣の血じゃねぇのか」


 ゲラゲラと、また笑いが起きる。悔しいが、モレットは何も言い返せなかった。


「薄汚い血だが……まぁガキだ、ちゃんと売れるだろ」


 どうしてだろう? 自分のことを貶されているのに、祖父や祖母、母の顔が脳裏に浮かんでくる。その人たちの笑顔を思い出すと心が痛んだ。


「モレットを馬鹿にすんなっ‼」


 イサネが怒鳴る。村まで届いたのではないかと思うほどの声量だった。騎士たちの卑しい笑い声が、ぴたりとやんだ。


「モレットは連れていかせないし、この村の人たちだって殺させたりしない‼」


 イサネはまだ抗おうとしている。

 そうだ、今は落ち込んでいる場合じゃない。この状況を、どうにか切り抜けないと。まだ、諦めちゃ駄目だ!

 モレットも立って、短刀を掴んだその時——


「よく言った、イサネ!」


 頭上から降ってきた女性の言葉に、モレットは思わず顔を上げた。

 片膝を着いて降り立ったその騎士は、ローグだ。右手に持つ抜身の鉄杖が、白々と燃え、彼女の身体の周りに渦巻いている。


「馬鹿な、早すぎる! 練所の奴らは……?」

「おそらく中には味方もいただろうが、全員一緒に縛り上げた。皆大人しかったぞ。エイピアだけは重傷を負ったがな」


 乱れた髪をかき上げながら、ローグが淡々と答えた。


「で、貴様らはどうする? 抵抗するか?」


 ローグの睨みに騎士は一歩退いたが、自分が腕に捕らえているものを思い出したのか、すぐに強気を取り戻した。


「く、来るな! それ以上近づけば、このガキを殺す。『白火の鉄杖』といえど、平民の命は無視できんだろう! それに俺も契器グラムを有する、神人に認められた騎士だ。舐めるな!」


 途端に、銀鎧の差す鞘が光る。剣が宙に浮き、いきなり十本に分裂した。


「ほぉ、契器を持っただけので、私を脅そうというわけか。シエラ様に刃を向けたことといい、大したものだな、貴様ら」


 ローグの剣が、さらに激しく燃え盛る。林の中の温度が、ぐんぐんと上昇していくのを、モレットは肌で感じた。


炎鞭えんべんぎ」


 ローグが鉄杖を振る。とても騎士たちに届く距離ではないのに、フィノを捕まえていた騎士が突然悲鳴を上げて、地面で魚のように跳ねだした。


「触れた部分のみを燃焼する技だ。全身を燃やすわけではないから、死ぬことはない。身体を焼き斬られるような痛みに、悶え苦しめ」


 ローグの鉄杖を纏っていた白炎が、鞭のように形を変えている。彼女はモレットとイサネに目を向けると、「巻き込まれたくないなら、地に伏せていろ」と告げた。


 これこそ本当の脅しだ。


 モレットとイサネは何も問うことなく、ただ言う通りに従った。


「ちっ、卑怯な力を使いやがって……。おい、逃げるぞ! ババァどもはもういい!」


 周りを囲んでいた騎士たちが、四方八方に散らばる。しかし……。


「私の技をちゃんと見ていなかったのか? 逃げられるわけがないだろう」


 鞭状の白炎を帯びた鉄杖の旋風に、騎士たちは三歩も動くことができなかった。

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