第11話 トレースの真実
森の奥の奥、アーススたちの暮らしている集落につくと、フィノは枯れ葉の上に薄い布を敷いただけの、簡素な寝床にお尻をつけた。
柱はあるが四方に壁はなく、束ねられた木の枝でできた天井は、所々隙間が空いている。そんな寝床を、きょろきょろとモレットとイサネは見回した。そしてその二人を、フィノがまじまじと興味深そうに見つめている。
「フィノが鞄を盗んだのは、私たちが騎士から脅されているからです」
急に名前を出されて、フィノは背筋を伸ばして反応した。
「トレースを警備している騎士たちに目をつけられたのは、ちょうど一年ほど前のことです。行く当てのない私たちがこの林の中で暮らしていることを疎ましく思ったのか、毎日貢物を、お金や金目になる物を要求してくるようになりました。ですが私たちはそんな物を持っていなかったので——」
「だからその子に盗みをさせたの⁉ それはいくらなんでも——」
「違うよ!」
フィノがイサネの言葉を遮った。
「あれは、あたしが勝手にやったの! あいつらに何か渡さないと、村の人たちが暴力を振られるんだもん! それに……」
ふいに、フィノの頬に涙が流れる。彼女は必死にそれを拭って、二人に見せないよう顔を伏せた。
「村人たちが連れていかれるのです。もはやここに女はいませんし、子どももこの子とあと一人だけ……。ほんの一月前にも、村にいた女の子が騎士によってどこかへ売られました」
モレットは愕然となった。アーススの話していることが、とても現実のことだとは思えなかった。
「この子はこの子なりに、それを止めようとしてくれたのです」
フィノのぼさぼさの頭を撫でると、アーススは改めて、モレットたちを見つめ返した。
「ですがもう、それも終わりです。イサネちゃんの言う通り、私たちは戦わなければなりません。この子が戦っているのに、大人が何もしないのは——ごほっ、ごほ!」
アーススが咳き込み、その身体が崩れた。
「お婆ちゃん!」
フィノが小さな身体で、懸命にアーススを支える。そこへセプターも駆け寄ってきた。
「アースス、無理をするな。あとは俺がなんとかする。たとえあいつらに一矢報いることができなくても、フィノは必ず守る。幸いサツキはいないから、今はフィノ一人でいい。俺たちでも——」
「ダメだよ! サツキと約束したもん! もう誰も連れていかせないって!」
セプターが、木の枝で固定されている腕を無理矢理動かした。その両手で優しく、フィノの顔を包んだ。
「聞け、フィノ! お前とサツキは——」
「おい、とうとう今日も来たぞ‼ どうするんだ? セプター! アースス!」
もう一人トレースの人間が、蒼白な顔でこっちへ走ってきた。みなまで言わずとも、誰が来たのかモレットたちにも察しがついた。
「ちっ、今日は早いな。おいお前ら! フィノを連れて、遠くへ逃げてくれ!」
セプターの目がモレットとイサネを見据える。
「で、でも、セプターさんたちはどうするんですか?」
「俺たちなら大丈夫だ。早く行け。見つかったら、お前たちだって何をされるかわからない。フィノを守ってくれ!」
「でも——」
残ろうとするイサネの腕を掴み、もう片方の手でフィノの手を掴むと、モレットはアーススの寝床を出た。
顔に当たる枝葉に構わず、ただ必死で木々の間を走り抜けた。
ローレンスの騎士相手に、僕たちができることなんてない。せめて、セプターさんやアーススさんの頼みを聞かないと。
「モレット! 止まってモレット!」
進行方向とは逆にイサネが思いきり腕を引っ張ったので、モレットの足が空を走って、尻もちをついた。
「いたた……。何するんだよ、イサネ!」
「フィノは⁉ フィノがいないよ!」
急いで掴んでいた左手を確認する。そこには何も、誰もいなかった。
いつの間に⁉ 木々の間を走ってた時か?
モレットはすぐさま、来た道を戻る。が、どこにもフィノは見当たらない。一体どこへ消えたのか……。
「もしかしたら、お婆さんたちのとこに戻ったんじゃ……!」
イサネの目に不安が映る。モレットは一考して、「戻ろう」と言った。
アーススの寝床には、すでに騎士が来ているようだった。辛うじてだが、会話の一部が聞き取れる距離まで来ると、モレットたちは木の陰に隠れて、中の様子を伺った。
赤褐色の鎧を着ている大きな背中が見えた。さらにその股下を抜けて、向こう側にフィノがいるのが確認できた。
彼らの輪郭がぼやけだしたのは、陽が暮れ始めたせいだ。
「どうにかできないかな? このままじゃフィノも危ない」
「わかってる。でも不用意に近づくのは僕たちも危険だ」
モレットは今までにないほど、目まぐるしく頭を回転させた。
なんとかして、騎士の意識をこっちに向けさせるんだ。そしてその隙に、フィノだけでも連れ出す……。
「貢ぐ物がないだぁ? 俺は昨日言ったはずだぜ!」
心臓がドクンと鳴る。騎士のいる場所から聞こえてきたのが、聞き覚えのある声だったからだ。
モレットの思考が止まってしまう。
すると何やら抗議していたセプターが、顔を蹴られて倒れ込んだ。
「ワリィのはお前らだろうが」
続けてその顔を踏みつけようとした拍子に、騎士の横顔がちらっと見えた。
モレットの眼はその騎士に釘付けとなり、もう一度心臓がドクンと音を立てた。
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