母が────死んだ。

 だが、私はなんとも思えなかった。一生会えないことに、悲しみも、喜びも無かった。

 『ただいま。』

 「おかえり。」

 父は、明らかに沈んでいた。古びたマンションの一室は、昼の日光で照らされているはずなのに雨の日のように暗い。

 「…葬式は国を上げてしてくれるそうだ。早く準備しろ。」

 「……行かない。」

 ほとんど会わなかった人に、どうして葬式にわざわざ行く必要があるのか、私にはわからなかった。

 「本当に来ないのか?」

 「うん…」

 「……好きにしろ」

 父は落胆し、深いため息を吐いた。

 「これ。」

 父は懐からチップを取り出し、机に置いた。

 「これ…」

 「母さんのタグから回収したビデオメッセージだ。本当はみんなで見るつもりだったが、お前が来ないとなれば、その必要は無い。お前宛てだからな。」

 「…ん、分かった。」

 扉が閉まり、再び一人の時間がやってきた。ここにいても仕方がない。

 「…見に行くか。」

 キャップを深く被り、目立たないように家を出る。その場所は家からは近いが、人は全く来ない。故に、そこにいるを知るものは私以外誰一人いなかった。

 「ふぅ…」

 他の廃墟に紛れそびえ立つ、巨大な寂れたガレージ。傍から見ればほかと変わらないただの廃墟だが、その中に在るのは

 「ただいま。」

 鉄の巨人だ。いつからここにあるかは分からないし、理由も分からない。ただ確信できるのは、この中にあるコックピットがもうひとつの私の居場所ということだけだ。

 取り付けられたハシゴを上り、ハッチを開け中に入る。狭いということもあるだろうが、心が休まる気がした。

 「さて…」

 小さな挿入口に、貰ったチップを差し込んだ。

 『ビデオデータを受信。再生します。』

 目の前に映し出されたスクリーンには、かつての母が映った。


 『ユウカ、久しぶり。これを見てるってことは、もう私が死んだ頃だね。』

 画面の向こう側にいる母は、あくまで笑顔を貫いていた。

 『ごめんね。一緒にいられなくて。許してなんて言わない。でも、これだけは言わせて。この先、長い戦争が続く。だから、生きて。私はユウカの中に生き続ける。生き延びて、私に未来を見せて。

 …それじゃあね、愛してる。大丈夫。貴女ならきっとできる。』

 よくある、メッセージ、だが何故だ。涙が、止まら、ない、

 「くそっ…」

 涙を拭うと同時に再生が終わる。再び暗くなるコックピットは私を包み込み、慰めようとした。が、

 『1件のビデオデータを受信。再生します。』

 「…?」

 私は理解できなかった。さっき見た時は1件のみだった。だがコンピュータは、そんな私の疑問も構わずスクリーンに映像を移した。

 そこに映ったのは、先程の姿とは真逆の血にまみれた闘志の姿だった。

 『…撮れてるね。よし、ユウ、カ。手短に…伝えるね…。も、うすぐ、式典を狙って…が、攻めてくる…あなたが乗って、る…そ、のきた、い、な、ら…おね…が…い、ま、も…て────────』

 近づく足音、そしてそれがすぐ側に来た瞬間、黒い手が画面を覆う。

 ノイズが完璧に音声を包み、画面は砂嵐へ変わった。

 「どういうこと…。」

 違和感…その一言に尽きる。ここの場所は私以外誰も知らない。なぜ母が知っているのか。何が攻めてくるのか。だがその謎を吹き飛ばしたのは、巨大な爆発音だった。

 「嘘…」

 そしてその方向は、母の葬式が行われている方向だった。危険を察知した私の行動は早かった。ハッチを開け、外に出ようとする。

 しかし───

 「開かない?!」

 『衝撃音を検知。コックピットロック、搭乗者確認、データベース未登録。臨時パイロットとして認証。接続、開始します。』

 「おまっ…、ふざけん…!

 次の瞬間、私のうなじにこの世のものとは思えない鋭い痛みが刺さった。

 「いったァ!何?!」

 無言で進めるコンピュータに私は怒りを覚えた。

しかしその怒りをぶつける暇もなく、私の脳内にはあらゆる情報が流れ込んできた。

 「これ…動かし方ってこと…?」

 それは脳の中に直接記憶を流し込み、まるで産まれる前からあった記憶のようにスルスルと体が覚えていく。

 「……」

 『戦闘データ、記録インストール完了。神経接続、完了。』

 コードが1本離れ、私はコックピットに座った。傍に置いてあるヘルメットのホコリを払い装着する。

 「レーダー起動。武装、安全装置解除。ブースター点検。その他各種機構点検。」

 『レーダー正常。武装使用可。ブースター使用可。その他機構異常なし。発進、可。』

 レバーを前に倒し、発進する。重い金属音は私の腹の底を震わし、未だ続く戦火の音は闘志を爆発させた。今までずっと閉じてあったシャッターはもう動かない。蹴りで突き破り、道をひらく。眩しい太陽の光線は、私を賛美しているかのようだ。ブースターを吹かし、天高く飛び立つ。

 「…殺してやる。」

 


 

 

 

 


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