Ⅱ 着替え

 リリィのような赤い瞳を持つ者は、人間ではない。この領内では『鬼』と呼ばれている。


 髪に手を入れ、頭部をまさぐると、確かに角らしき突起があるのだ。


「寒いか?」

「いいえ」


 打てば響く、簡潔な答え。


 リリィは寒くないと言うが、俺が厚手の外套に手袋までしているのに対して、彼女の防寒具はケープのみだ。


 俺は手を引いて、彼女を聖夜で賑わう街中へと連れ出し、幾つか服を見繕った。


「着替えて来いよ」

「そうするわ」


 そこで、絶えず握っていた彼女の手をようやく離し、フィッティングルームに身を隠す彼女を見送る。


 外で待つことにした俺は、ブティックの外壁に身を預け、煙草に火をつける。


「……ふう」


 少し落ち着いたところで、俺の気持ちを告白しよう。


 俺はリリィを愛している。抱きしめて閉じ込めて殺したい程に。


 俺という存在の中にうずめて、彼女が窒息死する直前、その赤い瞳が捕らえたのが俺だとしたら、どんなに幸せだろうか。


 ただ、彼女の幸せも考えなければならない。彼女の一生に、俺はいない方がいい。


 こうして年一回会う位が丁度いいのだ。


 俺は脳内の葛藤を乗せるように、静かに煙をくゆらせた。


「お待たせ」


 毛が密に生えた服を身に纏った彼女が出てくる。華奢な身体は、惜しげもない毛に包まれ、かなり暖かそうだ。


 ああ、なんだもう、世界一いとしいな。



 大通りメインストリートは、普段以上の人で賑わっていた。中央広場にはステージが設けられ、笑顔を湛えたピエロが芸を披露している。


 おどけた拍子に合わせて、ジャグリングボールが宙を舞う。その数、3個、4個、5個……。


 ボールが加わる度、観客から歓声が上がった。


 普段なら鬱陶しく感じる群衆の光景も、彼女と一緒に見られることで、宝物になる。


 リリィは、長い髪で目元を隠していた。覗き込まれでもしない限り、彼女が鬼だと気づく街人はいないだろう。


「そこのお兄さん方! 今欲しいものはありませんか?」


 広場にある巨大なツリーの前で、サンタ衣装の女性がひらひらと手を振っていた。


「欲しい物をプレートに書けば、サンタクロースが届けてくれるかもしれませんよ?」


 サンタの女性はそう言って、オーナメントを模したプレートを渡してきた。


 俺は断ろうとしたが、リリィはもう大樹に眼差しを向けている。


 ……書きたいんだな。


「おい、筆記具はどこにある」


 案内された場所は子供ばかりだったが、彼女はこうしたイベントに触れる機会は少ないだろう。心なしか、嬉しそうだ。


「字、書けるか。代筆してやろうか」

「平気」


 鈴のような声が、俺の鼓膜へ届く。覚束おぼつかない手つきでリリィは書いた。


『おかねがたくさんほしい』


「想像通りだが、そんなにあってどうするつもりだ」

「花屋には、幼い子も大勢いる。あって困ることはないの」


 記入済みのプレートを裏返して、小さな手で俺の身体を小突く。彼女なりの、恥じらいの仕草だ。


 欲しいものか……。


 大方の物は望めば手に入る。俺は一考したのち『領内安全』と書いた。面白みのない内容だが、まあいいだろう。


 プレートは、この木に吊るすらしい。


「大きい。この木は誰のものなの」

「……ここの領主が寄付した物だから、言わばみんなのもの、だな。

「領主様」


 そう呟いたリリィの息は白くなり、冬の街に消えていった。


 彼女は、領主を知っているのか?


 いや、だと自分に言い聞かせ、俺は彼女の手を握った。


 プレートは、ツリーのかなり低い位置に吊るされた。それは特に目立つでもなく、静かに巨木を彩る飾りの一部となった。

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