第2話

 ブルーネッツの二軍本拠地であるナゴヤ球場で、秋季キャンプは行われていた。

 俺は解説者時代、古巣であるハリケーンズの試合を中心に関西での仕事がほとんどだったため、ブルーネッツの選手はほとんど俺のことを知らなかったのだが、同僚のコーチにかつてチームメイトで2学年上の甲本優治(こうもとまさじ)バッテリーコーチがいたため、甲本さんが俺をチームに溶け込みやすいように取り計らってくれた。そのおかげで、渡監督が「メガプロスペクト」と位置付けている4人の若手のこともよく知ることができた。

 1人目が山田竜也(やまだりゅうや)。高卒3年目の投手だ。150キロを超える速球が武器の先発投手で、現在チームでエースを張っている西本蓮(にしもとれん)とともに来シーズンは先発ローテーションで1年間回ってくれることを期待されている。

 2人目は桐山陸(きりやまりく)。チーム1の強肩を持つ大卒2年目の外野手。チーム屈指の俊足でもあり、バットの芯で捉えた時の飛距離、打球速度は球界の日本人でもトップクラス。しかし、ミート力に課題があり、典型的な「当たれば飛ぶ。…当たれば」という選手だ。

 3人目は袴田健(はまかだたける)。強肩俊足が持ち味の高卒2年目の内野手。二軍では今年9本のホームランを打つなど長打力も兼ね備えている。ただ守備面では同じく17個のエラーを記録しており、そのうちの半数以上が送球エラーであることから、送球の精度に課題があるようだ。

4人目は浅間和希(あさまかずき)。高卒1年目のシーズンを終えたばかりのキャッチャーだ。その強肩はバッテリーコーチの甲本さん曰く「俺、30年この世界におるけどあれ以上は見たことないで」と舌を巻くほどらしい。実際、キャンプ中の練習等を見てもボールから煙が出ているんじゃないかというほどの凄い送球だった。打撃面でも二軍で3割、6本のホームランを打つなど優秀なのだが、捕球面に致命的な課題があり、捕逸(パスボール)を9個も記録してしまっている。甲本さんも「ここさえ治せりゃ即レギュラーや。ウチには固定されてる捕手も今おらんしな」と言っており、レギュラー獲りも近いのだろうという認識を持った。

 俺は渡監督から袴田をメインで見てくれという要望を受けたため、主に袴田を中心で見ていたのだが、課題とされている送球面も、多かったのはオールスターに入る前までだったとのことで、夏以降は改善されつつあったのだそうだ。今シーズン二軍監督だった渡監督も、シーズン中に何度も一軍昇格の打診をしたそうだが、前年まで連覇しているチーム、優勝がほぼ絶望的になってもなんとかクライマックスシリーズには行かなければならないというチーム状況の中で、なかなか新戦力を試す余裕もなかったのだろう。前監督の前薗さんの苦労が伺い知れた。

 俺は袴田に毎日ノックを打った。当初は俺も下手くそで思ったところに打球がいかなかったが、選手の夜間練習に混ざってノックの練習を重ね、ある程度コントロールはできるようになった。袴田も足の運びから捕球、送球という一連の流れをしっかりと再確認して、流れるようにこなすことができるようになっていた。あとはこれをオフに継続できるかどうか。せっかくキャンプで実りのある練習をしても、オフに継続を怠ればゼロどころかマイナスになる。俺はそうやってこの世界に別れを告げた先輩や後輩を間近で何人も見てきているため、袴田にもそうはならないよう、しっかりと忠告しておいた。

 そうして3週間に及ぶ秋季キャンプが終わり、いよいよオフシーズンに入った。

 俺は酒は飲むが、集団行動が苦手だったため、現役時代から飲みの誘いは来たことがない。断り続けているのだ。

 というのも、俺が女房の千佳と出会ったのが大学時代。ゼミが一緒だった、と言う縁で仲良くなり、ドラフト指名の直前から交際を始めていた。プロ入り後は選手寮への入寮もあり、なかなか2人の時間が作れなかったが、3年目のシーズンを終え、退寮し、その後すぐに籍を入れた。言うのも恥ずかしいが、一途に女房を思い続けた。だから飲みの誘いも、ルーキーの頃に断り続けていたら、いつのまにか「島野に飲みの誘いはしてはならない」という暗黙の了解ができ、引退後も変わらなかったのだ。だからオフといっても解説者時代とほぼ変わらない日常を送っていた。

 そして迎えた2月1日。球春の到来である。

ここから激動のシーズンが幕を開けるのだ。

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