第4話 ヒイラギ摘みとスコーン(2)
「さあ、お茶の時間よぉ」
シュシュが右手にポットを持って部屋に現れると、わあっと歓声が上がった。
「やったあ!」
「たのしみにしていたんだ!」
「ニーナ、今日のお茶のお供はなにかしら?」
シュシュの問いかけに、精たちの眼が一身にニーナに注がれる。
「今日は、豆乳のスコーンです。ツルバラのジャムもありますよ」
ニーナの言葉に、奥の方から歓声があがった。ヒイラギの精とアリッサムの精たちだ。
「スコーン、だいすきよ!」
「ツルバラのジャムもあるのね!」
「またあのおいしいのがたべられるんだね!」
喜びを露にするヒイラギやアリッサムの精たちをみて、ハコロモ草の精たちはすこしぽかんとした顔をしている。
森の精たちは、養分や光を吸って力を蓄える。そして、その力がある一定に達したときに、初めてその姿を現す。
ヒイラギの木は常緑樹、アリッサムは多年草だ。常緑樹や多年草の精たちは、一年を超えて『発現』するから、ツルバラたちの事もよく見知っているし、ジャムやスコーンを食べた経験もある。
対してハコロモ草は冬に花を咲かせる珍しい一年草だ。秋から冬にかけて羽毛のようなふわふわしたピンクや白の花を咲かせ、春にほかの植物たちが芽吹くのを見届けて、次の世代へとつなぐ。
だから、ここにいるハコロモ草の精は、ツルバラの精に会ったことがない。精によって反応が違うのは、そういった理由があるからだった。
「ハコロモちゃんたちはスコーンを食べるのははじめてかしら?」
シュシュの問いに、ハコロモ草の精たちが一斉にこちらに寄ってきた。
「うん、はじめてだよ」
「すこーんって、たべられるもの?」
「どんなあじがするの?」
「このびんのなかにはいってるのがつるばらのじゃむ?」
「みて!とってもきれいないろをしているよ!」
作業台の上に置いたピンク色のジャム瓶を、物珍しそうに眺めている。
「スコーンは、『あらねつ』をとっているから、先にお茶を飲んでいましょうね」
「あらねつって?」
「スコーンがおいしくなるために、少しおやすみするってことよ。ね、ニーナ」
「はい、シュシュさん、おっしゃるとおりです」
新しい言葉を覚えたシュシュに、ニーナは大きく頷いた。
「『あらねつ』はいつおわるの?」
「まもなく終わりますよ。ゆっくりお茶を飲んでお待ち下さいね」
今度はニーナが精たちに答える。
「さあさあみんな、並んで頂戴。これからお茶を入れるわよ!」
作業台の前でシュシュが号令をかけると、精たちがわらわらとシュシュの周りを囲む。
ニーナは、作業台に置かれた箱を開けて、一つずつ、小さなカップとソーサーを外に出して、組み合わせ、並べていった。シュシュはその置かれた小さなカップに、ポットの中からスポイトでお茶を少しだけ吸い上げると、並べられたカップに次々にお茶を落としていく。小さなカップに、琥珀色が満たされていき、リンゴとカモミールの優しい香りがあたりを包み込んでいく。そして、並んでいる精たちは、カップをソーサーごと受け取り、「ありがとう!」とお礼を言った後、次々に飲み始めた。
「おいしいね!」
「あったかいね」
「これはりんごのかおり?」
「かっぷがぴかぴかしているよ!」
口々に言い合いながら、楽しそうにお茶を楽しむ精たちに、シュシュも満足そうに微笑んでいる。
「ニーナ、あなたのもね」
「ありがとうございます」
いつの間についだのだろう、シュシュから手渡されたカップに、並々とお茶が注がれている。香りを嗅ぐと、良い香りが鼻に抜けた。一口すすれば、まろやかな甘みが口に広がっていく。
(ああ、美味しいなあ)
いつも感じることではあるが、改めてしみじみと感じる。自分の焼いたスコーンが、このお茶とともに味わわれると思うと、心が沸き立つほど嬉しくなってくる。
(さて)
カップを作業台に置くと、ニーナは立ち上がった。精たちとシュシュはお茶を楽しんでいるが、そろそろスコーンも良い頃合いだろう。
部屋を出て、再び台所に入ると、先ほど湯気を上げていたスコーンたちは、すっかり落ち着いて、そこに鎮座していた。
(湯気も出ていないし、そろそろいいかな)
精たちに出す用に戸棚から出した大きめの平皿にスコーンをおき、ナイフで半分に切る。外はさっくりと、中はしっとりと。良い感じだ。
ニーナは、精たちがちぎりやすいようにさっくりと4つに切った。少し触ると、まだすこし温かい。
(熱くはないから、大丈夫そうだな)
金網に置かれた他のスコーンも、次々に切っていく。最後の3つは切らずに、別の小皿に盛り付ける。これはシュシュと、自分が食べる用だ。
平皿を右手に、小皿を左手に、もう一度台所を出て、部屋に入る。盛られたスコーンを見た精たちが、先ほどシュシュがポットを持って部屋に入ってきた時と同じくらい、歓声を上げてくれる。
「これがすこーん!」
「おいしそう!」
「どうぞ、皆さんで食べて下さいね。でも、独り占めは駄目ですよ」
ニーナは精たちの前にスコーンを置くと、ツルバラのジャムの瓶を開けると、平皿のあいている端の方にジャムをたっぷりとすくい取って、スコーンに添えた。
「はい、これ、シュシュさんとわたしのです」
シュシュの前にもスコーンが3つおかれた皿と、ジャムを盛ると、シュシュはこれ以上ない、といった表情でにっこりと笑った。
「スコーンをこのまま食べてももちろん美味しいのよ。でもね、もっと美味しい食べ方があるの」
シュシュがスコーンを手に取って、たっぷりとジャムをつけてみせる。
「こうやって、ジャムを付けるのよ。ほら、こうやるの」
シュシュを見た精たちは、自分の近くのスコーンをちぎってジャムの山につけ、一斉に食べ始めた。
「わあ!おいしい!」
「こんなおいしいもの、たべたことないよ!」
「あまくてふわふわしているね!」
精たちの歓声が部屋を包む。
(気に入ってくれたみたい、よかった)
ニーナはこっそり胸をなで下ろす。レシピも、焼き加減も自信はあったものの、味見をし忘れていたから、美味しい、という声を聞くことが出来て安心したのだ。
シュシュの方を見ると、口にジャムをくっつけながら、スコーンを頬張っている。
「シュシュさん、私も食べていいですか」
ニーナは作業台においたお茶のカップを手に取って、残りを飲み干すと、シュシュの隣に座った。
「ええ、もちろんよ!もう一個はわたしとニーナで半分こにしましょうね」
「はい。もう半分に切っておきますね」
「ああ、おいしいわ。とってもおいしいわ」
「ありがとうございます。シュシュさんの紅茶にもあいますね」
「スコーンも、もちろん美味しいけれど、ツルバラのジャムの香りときたら!格別ねえ」
シュシュの言葉に、近くで手や顔についたツルバラのジャムを舐めていたハコロモ草の精のひとりが、疑問をぶつける。
「ねえ、シュクリ・シュクララ、ツルバラのせいってどんなやつ?」
「ボク、あったことがあるよ!」
皿の上に落ちたスコーンの小さなくずを集めていたヒイラギの精のひとりが、手でスコーンまみれの口を拭いながら自慢げそうに言う。
「ツルバラのやつときたら、まったくもって、こうまんちきなやつなんだ!」
その言葉を聞いて、ニーナは思わず笑いそうになってしまった。確かに、ツルバラの精は、誇り高い植物だ。香り高く、美しい花を持ち、蔓にはとげを持っている。以前ニーナが朝「おはようございます」と話しかけたら、「ごきげんよう」と返されたし、お茶会で、まだミニチュアのカップがなかったとき、他の精たちはスプーンでお茶を飲んでもらっていたのだが、ツルバラだけは「よごれるのはいやよ」と、断固としてスプーンから飲もうとしなかった。
「でも、はなが、とってもきれいなんだ」
「すごくいいにおいもするんだよ」
近くにいたアリッサムの精たちがフォローする。
「そうなんだ、あってみたいな」
「あってみたいね」
口々に言い合いながら、お茶をミニチュアのカップでのみ、スコーンを食べる光景を、ニーナは温かい気持ちで眺めていた。あたたかで、平和な時間だ。
いつの間にか、小さなカップたちが空になり、スコーンを持っていた皿もくず一つなく綺麗になくなっていた。
「みんな食べられたかしら。さあ、そろそろ作業を再開しましょう!」
シュシュのかけ声に、精たちは「はーい!」と声を揃えて返事をする。
「ニーナ、この時間からは、作業を手伝ってくれるかしら」
「もちろんです。茶器とお皿を洗ってからでいいですか」
「ええ、お願いね。洗い終わったら、ヒイラギを3階の保管庫に運んでほしいのよ」
「わかりました。洗ったらすぐに、作業に合流します」
「ねえ、シュクリ・シュクララ、ニーナ。おいしいすこーんと、おいしいじゃむをどうもありがとう!」
シュシュとニーナの会話に、ハコロモ草の精のひとりが声をかけてきた。
「ありがとう!」
「どうもありがとう!」
「とってもおいしかった!」
他のハコロモ草、アリッサム、ヒイラギの精たちも、ふたりを囲んで、口々にお礼の言葉をかけてくれる。
「どういたしまして。一緒にお茶が出来て、光栄でした」
「うふふふ、美味しかったでしょう。とっても美味しくて、とっても楽しかったわね!」
さて、とシュシュは集まってきた精霊たちを抱くように、手を大きく広げた。
「あと少しよ、みんな、頑張りましょう!」
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