第4話 ヒイラギ摘みとスコーン(1)

ニーナとシュシュの住む家は、大きな樹木の大きくあいた“うろ”を利用したものだ。森の中でもひときわ大きく、村の人々からは「大樹の家」と呼ばれている。

一番上までいくと、階層的には7階まであるうち、1階と2階部分を住宅として使用ている。3階以降は多くの植物を育てる温室代わりにしているほか、雑多に荷物も置かれている。


「あっニーナだ!」


「かえってきた!」


「シュクリ・シュクララ、ニーナだよ」


「かえってきたよ」


午前中、村のマーケットで野菜などを調達したニーナが帰ってくると、精霊たちがヒイラギを一つ一つまとめるお手伝いをしていた。もう、一週間近くこの作業を続けている。


多くの植物を育てる中で、クリスマスの頃には4階部分をヒイラギを保管するのに使っている。育ったヒイラギをつんで、麻を依って作ったひもで、ブーケ状にするのだ。ざっと30ほどいるだろうか、精たちが賑やかにシュシュの作業を手伝っている。奥の方では、ヒイラギの精たちが固まって、葉っぱを一枚一枚拭いていた。家に入ってきたニーナを見て、口々に声をかける。


「ご苦労様です。今日も、早くからありがとうございます」


「みて、すごくじょうずに、たばねることができたんだよ」


近くのハコロモ草の精がかけよって、ヒイラギを見せびらかす。


「流石、お上手です」


「ニーナ!あたしもよ!」


「ぼくのもみてよ!」


近くの精霊たちが次々にかけよってくる。


「ニーナ!私のも見て頂戴!とっても上手くなったのよ!」


精霊たちに混ざって、シュシュもこちらににじり寄って依った麻を見せてきた。褒められたいという目をしている。


「シュシュさんも、お上手に依れてますね」


ニーナの言葉に、シュシュは満面の笑みを浮かべる。こういうところは、本当に子供のように無邪気だなとニーナは思う。


「さあみんな、もう少し頑張りましょうね!」


「はーい!!」


よりやる気が出たシュシュが、精たちへ号令をかける。声をかけられた精たちも、自分の持ち場に戻っていく。


ニーナが「管理者」と言ってから、シュシュは号令をかけたり、予定表に赤いペンでチェックを入れたりと余念がない。

いよいよ、クリスマスの準備も佳境だ。ヒイラギは、村やその周辺では悪いことを避ける効力があると信じられており(本当かどうか、以前ヒイラギの精に聞いたら「わかんないや、それよりこのすこーんはおいしいね」とのことだった)、クリスマスから新年にかけて、家の玄関にブーケ上のヒイラギを吊り下げておく習慣がある。今、ぞくぞくとつくられているこのブーケたちは、『大樹の家』にすべて吊り下げられて、大切に保管されるのだ。この家はシュシュの魔力に満ちているから、植物を摘んだとしても、クリスマスまで元気に生き長らえさせられることが出来る。森にはヒイラギの群生地があって、そこで摘まれたヒイラギたちを、こうやってブーケに仕立てていくのが、クリスマスの最大の大仕事なのだ。


「シュシュさん、私、台所にいますね」


管理者・シュシュに声をかけて、持ち場に戻った精たちと、シュシュがブーケ作りにいそしみ始めたのを見届たニーナは、台所に入った。働きものの精たちと主人を、もっと働きものにするための魔法をかけるためだ。


シュシュの家に備え付けられている台所は、こじんまりとしている。寸胴のような大きな器具は入らないが、電気式のオーブンやコンロはあるし、保冷庫も、立派なものが置かれている。ニーナは、台所に備え付けられている裏の棚から、小麦粉がはいった麻袋と、ベーキングパウダーを取り出し、続けて、保冷庫から豆乳が入った瓶を取り出した。


精霊にとって、動物性油脂、特に乳製品は大敵だ。彼らの大本締めであるシュシュは、身体も魔力も大きいから、摂取する量さえ気をつけていれば、食べるのには特に問題はないが、精たちはすぐに消化不良をおこしてしまう。消化不良は根腐れに直結するから、土の養分や太陽・月の光以外の「おやつ」を振る舞うのには、ちょっとばかり神経を使うのだった。だから、今からニーナが作るのは、卵も牛乳も使わない、精霊仕様のあっさりとしたスコーンだ。


ニーナはまず、オーブンを200℃にセットした。余熱でオーブンを温めておく。続いて、小麦粉、砂糖、ベーキングパウダーをボウルに入れ(このボウルは、ニーナが隣町の買い物の際に買い求めた、例のボウルだ。買ってからというもの、卵一個を無駄に泡立ててみたり、洗った野菜の置き場にしたりと、用途を区切らず使い倒している)泡立て器で均一になるよう混ぜる。ダマにならないようにコーン油(ゲッカキビという、夜行性のトウモロコシを原材料の油で、甘みの強い品種のため通称ハニーコーンとも呼ばれる。香ばしい香りと豊かな風味が特徴だ。植物油の中でもコクが出るのでニーナは好んで使っている)を入れ、よく混ぜたら、今度は数回に分けて豆乳をいれる。ちなみにこの豆乳は、タダの豆乳ではない。豆乳の原料となるのはギロマメという大豆の一種で、普通のものよりもとろみがあるから、バターを使わない生地のつなぎにはぴったりなのだ。ダマになることが一番の失敗の元になるから、ここは、慎重に行わなくてはならない。


手で成形できるくらいに生地がまとまったら、生地をのばして三回たたみ、また生地を広げて四角く型抜きをする。ここまで来たらもう後は、200℃になったオーブンに15分間、すべてを任せるのだ。


「ニーナ、ニーナ」


オーブンへ入れ終わり、流れるような一連の流れに自分でも満足しながら、一息つこうと台所用の丸椅子に腰を下ろしていると、シュシュが台所へ顔を覗かせてきた。


「はい、ヒイラギのお手伝いですか」


「いいの、いいのよお手伝いは」


シュシュは慌てて、立ち上がろうとするニーナを制

した。「あなたはおやつをつくっているのだもの」


「おや、ばれましたか」


「うふふ、とってもいい匂いがしてきたの」


オーブンの前で鼻をくんくんさせながら、シュシュの顔がほころんでいく。


「お茶の準備をしようと思ってきたのよ」


手には、茶葉と、茶葉を掬う銀色のスプーンを持っている。準備万端、といった様相だ。


「今日はなにを焼いているのかしら」


「今日はスコーンですよ。シンプルに、プレーンの生地にしました。ジャムを塗って食べるのがいいかなと」


「すてきね。とっても嬉しいわ」


オーブンの表示には、10分、との表示が出ている。お茶を入れるにはちょうど良い頃合いだ。シュシュは、台所裏の棚から、ティーポットを取り出す。これは、シュシュが来客にお茶を振るまう時に出す、とっておきの茶器だ。淡い花柄がポットの側面に描かれ、縁の部分は金の線が引かれている。


「私、精霊の皆さん用のカップ、出してきますね」


「ええ、お願いね」


台所の裏から上ることの出来る、狭い階段を上がると、小さな倉庫のような空間に大小さまざまな荷物が詰め込まれている。倉庫の更に奥に進むと、古ぼけた棚の二番目の段から、紙製の箱をとりだした。

丁寧にゆっくり持ち上げて隣に備え付けられた台に箱を置き、ふたを開けると、そこにはたくさんの小さなティーカップとソーサーが30脚ほど、整然と並んでいた。一つ取り出して入り口から漏れる太陽の光にかざしてみると、先ほどシュシュが手に持っていたティーポットに似た、花柄が側面に描かれ、金色の縁の装飾が周りを囲ったデザインになっている。


(うん、割れたりとかはなさそうだな)


もう一つつまんでみても、特にひびなどは見受けられない。ニーナはミニチュアのカップを元に戻すと、ふたをしめた。


ドールハウス用のミニチュアとして売られていたこのカップたちを手に入れたときのシュシュの喜びようといったらなかった。なじみの雑貨屋が来たおりに、古いドールハウスが破格の値札がつけられていて、その中でこのミニチュアのカップが30脚、古ぼけた箱に入っていたのだ。精たちにお手伝いを頼むとき、いつもお茶を温めにして、小さなスプーン(小さいと言っても、精たちにとっては身体の3分の一ほどの大きさだ)ですくって飲んでもらっていたため、カップで飲む、同じようなお茶会の楽しみを味わってほしい、と常々思っていたそうで、いつもは買いすぎてしまわないように、帳簿の管理も任されているニーナに、必ず「これは買ってもよいかしら」とお伺いを立てるシュシュも、即決で「これ、買うわ!」と言ったし、買った後もしばらくダイニングテーブルの上に置いて、ふたを開けてはうっとりとカップの列(と重ねられたソーサー)を眺めて、箱から出して入れ、出して入れを繰り返していた。あまりにも夢中になっていたので、見かねたニーナが「シュシュさん、あんまり出し入れすると、欠けたり割れたりしちゃいますから」と説得し、この物置に仕舞っておくことにしたほどだ。


ニーナは箱を落とさないように、慎重に階段を降りると、ゆっくりとシュシュの待つ台所へと戻る。部屋に入ると、シュシュが保冷庫からミルクを取り出しているところだった。


「あっシュシュさん、ミルクは精の皆さんは飲めないですよ」


「そうだったわ!大変」


出しかけたミルクをまた保冷庫の中に戻す。「危なかったわ、いつもの癖ね」


最近シュシュとニーナの中でミルクティーブームがあって、さまざまな茶葉の中でどのブレンドが一番ミルクに合うか、飲み比べを楽しんでいた経緯があったので、シュシュがミルクを入れそうになってしまうのも仕方ないところであった。


「私たちは飲むことが出来ますから、分ければ良いのですが・・・誤って飲んでしまう様なことがあったらいけませんからね」 


「最近ミルクティばかりだったものね。そうね・・・今日はこれに干しリンゴを入れましょうか」


『ききかいひ』は大切な事よ、とシュシュは大真面目な顔をして言い、瓶に入っていた干しリンゴのスライスをぱりぱりとちぎって入れ、上からお湯を注いだ。注ぐと同時に、あたりにお茶の香りが立ちこめる。紅茶とカモミールの奥から、リンゴの酸味と甘みをたたえた香りが後からやってくる。カモミールとリンゴは香りが似ているから、ふくよかさがより増して感じる、気がする。

茶葉を取り出し、蒸らすためにポットのふたを閉じた。


すると、


ピーッ!ピーッ!


と、オーブンの音が鳴り、15分の焼きが終わったことを知らせた。オーブンから取り出せば、あつあつの熱気とスコーンの香ばしい香りが一気にぶわりと顔を包んだ。焼き色も、膨らみも(ミルクを使うレシピと比較すれば少なめではあるが)申し分ない。


「まあ!!!なんておいしそうなんでしょう!最高にすてきだわ!!」


シュシュが思わず歓声を上げる。


「すぐ食べられるのかしら」


「いえ、まだもう少しまってください。すこしおいておいて、粗熱を取ります」


「あらねつって?」


「焼きたてを少し休ませると、味なじみと食感が良くなるんですよ。気温が低いですから、すぐに冷めると思います」


「スコーンも少しお休みするのね!じゃあ、みんなには先にお茶を飲んでいてもらいましょう」


「いいですね。ミニチュアのカップは私が持って行きます」

ポットをもって、シュシュは部屋に入っていく。ニーナは焼きたてのスコーンを天板からすべてケーキクーラー用の金網に並べ、棚からツルバラのジャムとスプーンをつかみエプロンのポケットにいれる。そうして、あいた両手でティーカップの箱を持ち、シュシュに続いて、部屋に入った。

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