第3話 キャンドルとあたたかな屋台スープ(1)

夜のとばりが降りて、街から太陽が消えるとともに、交代するように明かりに彩られていく。クリスマスマーケットの、本当の始まりだ。


ニーナは隣町に来ていた。フーが昨日持ってきてくれたモミの木を飾る、新しいオーナメントと、キャンドルを買うためだ。


隣町は、森や、隣接する村から、丘や畑を3つほど越え、バスで40分ほどかかる。周辺の中では人口の多い大きな街だから、マーケットも賑やかだ。特に、クリスマスマーケットは街の風物詩で、更に遠くの大きな街からも客が訪れる、季節の人気スポットとしてよく知られている。


オーナメントは、シュシュのリクエスト通り、かわいらしく、華やかなものを選んだ。雪の結晶、装飾の施されたボール、銀色に光るベル、チュチュを着たバレリーナ人形。「とびきりすてきなものがいいわ!」というシュシュの依頼通り、何件も店をはしごして、輝いて見えたものを選んだつもりだ。きっと、主人のお気に召すことだろう。


残りはキャンドルだ。キャンドルは、昼の明るい内に買っても、夜の姿とまるで違う。ろうの塊が、あたたかな炎に揺らいで、深い影を映し出す。その夜の闇とのコントラストを、その目で見て判断したい。ニーナのささやかなこだわりだった。


マーケットはどこも美しい。賑やかな売り子の声、人々の歌、暖かなオレンジの光と、飾りの華やかさで心が浮き立つようだ。


ニーナは、嬉しくなりながら少しいつもよりゆっくりマーケットを歩き、やがて、お目当ての店へとたどり着いた。


「いらっしゃい」


露天の店頭にたったニーナに、一人店守をする店主が声をかける。


グランバリア蝋燭店。毎年クリスマスマーケットでキャンドルを買うお店だ。少し遠くの港町に店があるそうで、透き通るような蝋、持ちの良さ、さまざまなバリエーションが気に入って、ここ以外のキャンドルからなかなか離れられない。


「こんばんは」


にこやかに返答するとニーナは目の前のキャンドルたちに集中する。


昨年は赤と白、太いものと細いもとを3本ずつ、シンプルなものを購入して、摘んだヒイラギの葉と家にあった金色のリボンで周りを飾り付けた。ヒイラギの深い緑との色のコントラストがよく、いかにもクリスマスといった風情で、シュシュは何度も「すてきなクリスマスね!なんてすてきなクリスマスでしょう!」とニーナの手を取って言ったものだった。


ただ、今年はモミの木を飾るオーナメントを、銀と青に統一したものにしている。否、青はニーナの好みの色で、なんとなしにオーナメントを買い集めていたら、銀と青に偏ってしまったのだ。


(今年はもう少し、カラフルなものが良いかな)


モミの木との相性も、キャンドル選びには重要な要素の一つだ。だから、今年のキャンドルは、伝統的な赤と白ではなく、もっとほかの色味を使った、カラフルで、温かみのある淡い暖色系統のカラーがいいのではないかと考えたのだ。


目の前に並ぶ、様々な商品を見ていると、ふと、淡い光を放つものに目がとまった。大きなマグカップのようなキャンドルホルダーに、ピンクの蝋が入っている。


(ピンクの光・・・かわいいな)


しゃがんでキャンドルホルダーと同じ目線で見ると、カップから光が透けて見えるのが分かった。ガラスよりも穏やかで、紙製よりもより光を感じる。光は柔らかく拡散し、周りを明るく照らしている。


「お客さん、このキャンドルホルダーね、石なんですよ」


ニーナが思わず見とれていると、店主が声をかけてきた。


「そうなんですか」


どうぞお手にとって、と促され、手に取ると、なるほど、かなり重量感があり、ずっしりとくる。削られた石の薄さと、丸みを帯びた曲線の仕上がりは実に繊細で、これほど大きな石を繊細に加工するのは難しいだろうというのは素人目にも分かる。


「光を通すんですね」


「ええ。俗にライトストーンと言いましてね、大理石の一種なんですよ」


一般的な大理石よりも硬いんで、加工しにくいんですがね、と笑う店主。カウンターに置かれた手は大きく、職人の手だな、とニーナは思った。


「蝋燭だけじゃなくて、石も加工なさっているんですか」


「いやいや、あたしじゃあないんですよ。あたしはしがない蝋燭加工屋で」


ニーナの問いに、店主はまた笑ってそれを否定する。「古い友人が石工を長年やっていましてね。星石工の末裔なんですが・・・彼との共同制作、コラボレイションってヤツで」


見れば見るほど、ホルダーにうつる光の揺らめきが幻想的で、表情を刻々と変えていく。このキャンドルが、クリスマスの儀式の時、部屋を照らす様子を思い浮かべる。どんなに幻想的にシュシュがうつることだろう。


ほしい。素直にそう思った。


「これ、おいくらですか」


「1万8250パニーになります」


言われた値段に、思わず背筋が伸びる。小麦粉が10キロで5000パニ―なことを考えると、なかなか高い買い物だった。


(それはそうだよな、キャンドルホルダーが大理石なのだから)


昨年購入したキャンドルも、ホルダー付きを購入したが、ケタが一つ違う。今日は、シュシュから『大盤振る舞い』の金貨を預かってきているので、手持ちがないわけではないが、それでもちょっと躊躇する。


「この大きさのものもありますが、いかがですか」


値段に戸惑うニーナを見てか、店主が、店の奥からなにかを抱えて持ってきた。抱えたものをカウンターに広げると、今目の前にあるものよりもふたまわりほど小さいキャンドルだった。色は同じで、大きさだけ違う。それでも、ティーカップくらいの大きさはあるから、おいて見劣りする事はないだろう。手に取れば、光が手に包まれるような色の温かみを肌で感じる。


「これはおいくらなんですか」


「4250パニーです」


5000パニーを切っている。これなら、二個買っても先ほどの大きなキャンドルよりも随分安い。買いだ。


「じゃあ、これを二個下さい。この値段、キャンドルも込みですか」


「ええ、そうです。こちらのキャンドルから好きな色を一つづつ、選んでいただけます」


店主が指で指し示す先に、様々な色のキャンドルが並んでいる。


(うーん、目移りしちゃうけど・・・)


ニーナはポケットの中の財布から、金貨を1枚取り出した。1金貨は1万パニーだから、1500パニー分のあまりが出る。そのあまりを使って、キャンドルを買おうというのが、ニーナの算段だった。


「決まりました、これでお願いします」


ホルダーに付属するピンクのキャンドルが2つ。太い白い蝋燭が2本。そして青いキャンドルが一つ。これで700パニーだから、おつりは800パニー、の、はずなのだが。


「ありがとうございます。1500パニーのお返しです」


(あれ、1500パニー?)


「計算、間違ってませんか」


恐る恐る声をかけるニーナ。


「いえ、間違っていませんよ・・・いや、いただいたものをお返しする、といった方が良いかな。サービスで、そちらの白い蝋燭と、青いキャンドルはおつけしましょう」


「ほんとうですか!ありがとうございます」


思わぬ申し出に、思わずニーナは1トーン高くなる。


「ええ、購入いただいて、ありがとうございます。」


店主は、手早く商品を紙に包みながら話し始めた。


「そのキャンドル、少し値が張りますでしょう。美しさには自信があったんですがね、やはりこの値段帯で売るのは難しくて」


話をしながらも、赤いリボンが美しくかけられていく。


「例の石工の友人は、気にするな、1個売れたら大成功だ、なんて笑うんですが、やはり友人には、そうだとしても申し訳なくてね・・・」


いやどうも、すみません、お客さんの前でとんだ話を、と店主は詫びたが、ニーナはそれを手で制した。


「いえ、とってもすてきだと思います・・・私の大切な人も、これを見たらきっと喜ぶと思うので」


ニーナの言葉に、店主はにっこりと笑い、よいクリスマスを、と言って、ニーナに包みを手渡した。

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