襲撃の真相に気付けずに

 対策会議から十時間後の午前七時。

 港署の玄関が開くと――――零番職員の三成が、日差しを手で隠しながら、閑散かんさんとしている七武港の街へ歩いていく。

 第四課の情報捜査と、零番の潜入捜査で、能力者ホシの白黒がハッキリする現代に、三十過ぎの窓際職員は街を出歩いて聞込み調査。


 現在では、廃れた調査方法だ。

 それほど、松田の手掛かりは無に等しい。

 

 通学中の学生、通勤中の会社員、手当り次第に松田の写真を見せるがハズレ。

 喧嘩中の不良、デート中の恋人、お構い無しに松田の写真を見せてもハズレ。




「またハズレかよ……」




 あぜ道を抜けて住宅街。

 橋を超えて工業地帯。


 どこに、誰へ、聞き込んでも、結果は同じ。


 三成は、スーツを肩にかけ、ネクタイを緩める。


 松田の”居場所特定”に繋がる手掛かりが、一切見えてこないまま、夕暮れ時まで歩き続ける。

 街の大通り、帰宅途中の会社員に、松田の写真を見せれば『アンタそれ朝も聞いてきたでしょ?? 』なんて言われる始末で、成果は無し。


 滴る汗をハンカチで拭くと、三成は商店街に立寄ってから港署へ戻っていく。




「引退してった先輩さん達も……刑事時代はこういうの毎回やってたんだろうか


 警察は変わっちまったな

 名称が変わった十年前、オレたちは楽を知りすぎたのかもなぁ」




 そうして三成が、港署の玄関に到着するとき、また一つ事件が発生する。


 港署から数km離れた七武埠頭、そこは海上輸送と陸上輸送の港湾施設_通称『コンテナターミナル』

 等間隔に延びるオレンジの照明が、24Hじかん稼働中の敷地内を照らし、周辺の夜空はまるで夕暮れ。

 赤と白の重量物積下し橋型重機ガントリークレーン

 一定に並べられたコンテナ。

 納入管理関係の事務所。


 港の拠点が、今夜を照らすとき――――敷地内の全照明が同時に落ちる・・・・・・


 作業員達の動揺の声。


 そして、事務所を含めた施設内で銃声。



 

「騒ぐな!! 

 騒いだら殺す


 携帯含めた貴重品、今から全て回収する」

 

 

 

 目出し帽を被る複数人が、事務所内にいる作業員の貴重品を回収していけば、順に、手足を拘束、そして目隠しをしていく。


 身動きが取れない作業員は、まさに人質。


 複数人の足音と、拳銃の発砲音が、視界を遮られた人質へ不安と恐怖を与えている。




「これで全員です」

 


 

「了解

 んじゃ、下のコンテナの方に向かうぞ


 アンタらはそこで人質の監視だ

 人質が妙な動きとったら容赦なく撃っていい」

 


 

「はい」

 

 


 事務所を出れば、設備も施設も機能停止状態で、静寂に包まれた暗闇。

 夜に覆われて、人の姿もシルエット。


 そして、貨物船へコンテナを乗せるガントリークレーンの下で、拳銃を所持したヤツら・・・は集まる。


 十数人ではない、それ以上、百人を超える黒ずくめの集団が、港を占拠している。




「揃ったな

 では、始めるとしましょうか


 連れてこい・・・・・




 複数人の怪しい人影に、腕を引っ張られながら連れてこられるのは、三十名ほどの少年少女。

 手錠をかけられた状態で、学生服のままで、集団の最前へ連れ出される。


 少年少女の目線の先から、更に、こちらへと歩いてくる五十人を超える人影。


 コンテナ埠頭に集まる怪しい人影は、少年少女を除き、これでおよそ百五十名。




「よォ待たせたな

 約束通り、ガキは揃ってるみてぇだな


 七武学院、三鷟学園、襲撃に紛れてガキを誘拐する策が上手くいったようじゃねぇか

 銀行襲撃に失敗したオマエ達にしては、良い埋め合わせだと思うぜ?? 


 なにより、周囲に誘拐を疑われねぇために、一人や二人じゃなく、大人数を無差別にグチャグチャにしたのも良い考えだ!! 

 うん……例えば、二人殺したのに、五人いなくなってたら不自然だもんなぁ」




 五十人の最前にいる男は、これまでの襲撃の手口を褒めながら、まるで品定めするように少年少女を見て触って目を合わせる。


 怯える少年少女に笑う男。


 すると、その内の一人、セーラー服を着た少女が、男に向かって本音を叫ぶ。




「ッ、ウチらがアンタらに何したんだよ?!

 何にもしてないじゃない


 なんでこんな目に合わなきゃいけないの


 アンタらなんて……

 パパに制圧されちゃえばい――――ッ?! 」




 少女の腹部に衝撃。


 少女は地面に膝をつく。


 少女を黙らせたのは、軍制式拳銃ベレッタの銃弾。

 白いセーラー服のリボンの下、1mもない至近距離からの発砲で、腹部は赤く濡れていく。


 椿が落ちるように、桜が散るように、アスファルトへ倒れ込んでいく少女の、その肩まで伸びた黒髪を、男は掴み上げる。

 そして、無理に起き上がらせる。




「やめて……めんなさい、ごめんなさいぃ

 お願いだから、家に……帰してください!! 」

 



 少女は要求する。


 男の目を見ながら、激しく、その家に帰りたいという願いを要求する。




「ヤァだね!!

 ムリだッつってんだろォ、バァカ!!

 オマエは死ぬまで、オレの奴隷なんだよ


 オレが直々に

 逆らえねぇよう教育してやンだからよ」


 


「さ、流石は明道連合・・・・檜田ひだ様!!

 容赦無いですな……


 このガキ共は御自由に扱ってもらって構いませんので、お気に召したのであれば例のモノを!! 」




 品定め中のリーダー格らしき男は、能力者の犯罪組織『明道連合』に所属する檜田ひだ通真とおま

 屈強で大柄な体格。

 睨みを利かせる目付き。

 横を刈り上げたオールバック。

 現在、七武港の隣街にあたる霧ノ原町で、幅を利かせている不良として有名だ。




「あぁ、思ってたより良い商品だったからな

 持ってきたモノ全部やるよ」




 更に、檜田の背後からは、十人の男達がアタッシュケースを開いて見せる。


 中に入っているのは機関銃、それも複数。


 海外経由の違法イリーガル故に、価値がある。


 一度莫大な金額を奪い損ねても、少年少女を高値の金代わりにし、自らでは手に入れられない銃火器を、意地でも受取ろうとする根性。

 また、明道連合との友好関係を築く算段も、檜田に気に入ってもらえたことで手筈通り。


 に見えたが――――




「そこまでだ

 全員頭の上で手を組め


 オレは本部零番の松田・・だ」


 

 

 拳銃を構えて、百五十名の前に姿を出す。


 すると、松田の背後から、港署零番班長の神城も、同タイミングで姿を出す。

 


 

「やはり松田さんの言っていた通りですね

 七武埠頭は港の重要な物流


 第一課が来ると、逆に物流が停滞してしまう


 松田さん

 ここは俺に任せてください」

 



 月明かりに照らされる。


 潮風が緩りと吹けば、その白い髪からチラリと見えてくる、蒼い炎のような本気マジな目付き。

 黒いインナーから形として見える筋肉は、自分自身の甘えに厳しく、肉体の苦難に勝っている証拠。


 神城いくさが前線に立つ。


 ワタリは広く、裾幅は細く、その純白なズボンは、戦闘に特化した動きやすいバトルスーツ。


 更に、腰に携帯された四本の刀は、四本一対の絶対戦術『黒肆夢叢こくしむそう』――――三本もしくは四本の刀を、地面や壁などに差し込むことを条件に、空間・・を形成することが出来る能力だ。

 刀と刀は、点と点のように、結すばれて繋がって俄然、三角形や四角形の見えない規制線を形成。


 刀は、既に三本、地面に刺さっている。


 三角形の空間が、既に完成されている。




「二人だけで、この百五十を相手するとは……

 自惚うぬぼれんなよ制圧本部共ォ!!


 オマエら、殺ッちまえ!! 」




 一斉に、百人以上もの大人数が、前線で刀一本の神城へと襲いかかる。


 そして、丸腰同然の神城の、空間テリトリーへ侵入。




「は……?!

 なんだよこれ


 動きが……

 スピードが……制限・・されてッ?! 」




 空間内に、一歩でも踏み入った瞬間から、人は速度というものを失う。


 この空間内では、使用者、液体、気体、エネルギー系を除く、存在や物体の肉体的な運動速度が一律時速1kmとなる。

 つまり、人の歩行速度以下。

 そして、走ったとしても速度は変わらない。

 

 

 

「百人以上……だからどうした??

 ナイフも拳銃も、ここじゃ意味がない


 オマエらみたいなゴミ共は

 俺だけで充分だ」

 

 

 

 たった一人で、空間内の十人を相手する。


 刀一本の、横一文字で、十人の死体が転がる。

 

 

 

「次……早く来い」

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