陰の中のアンダルシア

 能力制圧本部の見えない死角で、育ててきた能力ミスティックを、更に、密かに、もう一段階へと磨く実践者アンダルシアの存在に、まだ誰も気づこうとしない。

 六年前の『Z一九・本部襲撃事件』がいつしか忘れられ、そして高確率で訪れる危険な事件ヤマが減り、見えてきたのは能力制圧本部の平和ボケ・・・・




 「情報量が足りない


 本部に戻り、過去の庭園に関する情報を、調べ直しましょう」




 「そうしますかね


 ん、電話鳴ってますよ、神城さん」




 「あぁ、ちょっと失礼する」

 



 能力制圧本部の神城かみしろいさみの二人は、制圧ころされた能力者の身元特定や、制圧現場の状況整理に一段落をつけると――――不意に鳴る電話の着信コールが、神城を呼び止める。


 画面のコールマークをタップすると、口元を手で覆い隠しながら、通話相手と話を始める。




 「松田まつださん、無事で良かったです」




 「班長、聞いてくれ

 例の容疑者・・・を追跡してたんだが、そのことで、ヤバい情報知っちまってよ


 庭園についての情報だ」




 「庭園ですか

 わかりました


 松田さんは本部に戻ってください

 零番の執務室しつむしつで、情報を共有しま――――」




 「待ってくれ神城班長!!


 やべぇな……追跡されてたのは、どうやらオレの方だったらしい

 またかけ直す!!︎ 」




 突然、電話が切れる。




 「まッ……松田さん?!

 松田さん!!︎︎ 」




 三十秒の通話履歴が後に残ると、脳裏によぎるのは、裏社会の階段アンダーグラウンドを上がろうとする過激派組織の黒い影。


 神城は、その白髪をなびかせながら、静かに命令を下す。




 「……間に合わなくてもいい

 松田さんのところに行くぞ


 1%でも……可能性は捨てる気はない!!


 なんたって俺の部下だからな」




 命を預かる『班長』としての責任感、自分より部下の危機を優先する正義感――――二つが混ざり、取り乱してしまいそうになる神城へ、勇は『大丈夫……大丈夫だから』と、そのゆるりとした古株ベテラン感を出しながら、神城の後を追う。




 「勇さん、移動手段の手配はどうします?? 」



 

 「その件なら任してください


 ――おい利刃隊

 その活かしたVIPセダンサザンクロスで、オレ達を松田さんのところに連れてってくれ」




 「へッ?!

 

 ……ッたくよォ、わァったよ乗せてってやるよ


 山軋、お前はトランクな」




 「へぇッ?!


 ちょ、待ってくださいよ利刃さ――――」




 キーを回し、V型6気筒エンジンがうなりを上げる。


 眠らないネオンサインと、すれ違う車のハロゲンライトが、深夜の街に輝く。


 六人乗りとなったことで、ガソリンの減りが速いことに利刃はイライラしていたが、それでも構うことなく時速100kmのスピードでハイウェイを走らす。




 「神城班長、オレの車には赤灯せきとうねーからよ


 誘導棒……これ、ぶん回してくれな」




 「そんなのやらせないでください


 一昔前の走り屋じゃないんですから……」



 

 ――――




 本部と庭園が争った、商店街の焦点しょうてん外。


 十字路を曲がった先にある焼鳥屋『倉吉くらよし店』と寿司屋『枝垂柳しだれやなぎ店』の間――――灯りも入らない静かな路地裏で、一人の男・・・・が携帯の画面を眺める。


 その暗闇の中、闇に馴染む男は『木場きば 賢治けんじ

 長い黒髪をオールバックに整えた、背丈と体格共に大柄な男だ。その見た目はまるで、河川敷の橋の下でタバコを吹かす、一昔前のヤンキーを思わす。


 木場は、親指で器用に数字十桁を打ち込むと、携帯を耳元に当て、話し始める。




 「よォ……聞こえるか??

 アンタの依頼を受けた木場だ


 まァ、朗報じゃねぇから、よく聞いとけよ

 

 オレの情報頼りに……現場に向かった■■の構成員クルーさん達、全員しくじったぜ?? 

 アンタが派遣した三十人全員が、本部の連中に皆殺しって結果だ


 その証拠に動画も撮ってあるんだが……


 さつ何枚で買ってくれますかねぇ??‌ 」




 木場は、電話で会話を続けたまま、その無造作なオールバックを手で整えると、黒の革ジャンの胸ポケットから煙草を取出す。


 煙草を咥え、ZIPPOジッポで着火、そして巻上がる渋煙スモークが夜空に溶ける。




 「オレはアンタらの味方になるときもあれば、関わらないときもある


 言っただろ……オレはこの明道市めいとうし仲介役・・・


 情報と武器と麻薬はっぱの需要があったとき、またオレに連絡してくれや

 じゃあな、そろそろ次の客・・・に連絡しなきゃなんねーからよ……また御贔屓ごひいきに」




 そして木場は、もう一人・・・・の人物の電話番号を打つと、携帯の着信音コールを鳴らす。

 

 

 

 ――――




 「ん、携帯鳴ってますよ??


 出なくていいんですか


 神城さん」

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