第5話 quiet collision

「というわけで、今日はグループで戦闘訓練を行う」

相変わらずうるさい声の担任から説明が入る。

なんでも、前回の俺たちの任務から、合同訓練の重要性が再認識されたとかしないとからしい。

まあ対策課が出来てまだ半年も経ってない。

対応が不十分だったんじゃと、学校側を責めることは出来まい。

というわけで、肝心のグループだが。

「あはは、最近よく絡むね、柊君」

「おう、よろしくな」

一人は早川。

まあここの連携が悪かったからこの訓練が組まれてるんだと考えたら妥当だ。

で、もう一人。

「音無侑雨(おとなしゆう)です~。あだ名はお湯ちゃんで、好きな食べ物は白湯です~。よろしくです~」

身長は早川より少し低いくらいで、紫色のショートカット。

間延びした口調と、ゆっくりした動きが特徴のまさにおっとり系、という感じの女の子だ。

「いやクラスメイトだし名前くらい知ってるよ」

「ええ~、名前覚えてくれてるんですか~。嬉しいです~。…嬉しいです~」

「いやなんで二回言った?」

「あはは~」

とにかくザ・マイペース、そういった印象を受ける。

今回はこの三人でグループを組んで訓練を行うらしい。

ちなみに井上は療養中だ。

もう治った、体がなまる、といってベッドから出ようとしてふらふらしていたのを看護師に見つかりこっぴどく怒られていた。

「まずはいつもどうり基礎訓練から! 今回は必ず班単位で行うように! 終わったら訓練室に集合!」

基礎訓練。

体力づくりは全ての基本、という教師により訓練は毎回ランニングから始まる。

一周、400メートルのグラウンドを10周。

つまり4km走るわけだが、今の俺たちなら早いやつは5分を切る。

けど今回は――

「ふ、二人とも、速いです~」

どうやら音無は走るのはあまり得意ではないらしい。

まあ得意そうな見た目ではないし、なんとなく想像は付いていた。

「今日は班行動だからな、合わせるよ」

「あ、ありがとうございます~。ひい~」

なんとか走りきったが、5分はとっくにオーバー。

他の班は次を始めている。

「遅れてるし、次いくぞ」

「ひええ~~」

次は筋トレだ。

これも筋肉作りは全ての基本、という教師によりやらされている。

腕立て、腹筋、背筋、スクワットの4種目を、それぞれ250回、計1000回こなせば終了となる。

ぶっちゃけ男子は最初から出来ていた。

だがまあ、普段から特に運動をしていない女子とかにはキツいだろうことは想像に難くない。

…こいつみたいに。

「頑張って! お湯ちゃん!」

「ひ、ひい~。1000回は地獄です~」

「…まあ頑張れ」

先に終わった早川が音無を応援する。

「や、やっと終わった…」

バタン。

力を使い果たしたのか音無は大の字に地面に倒れ込む。

しかし他の班はとっくに終わっている。

「おい早川、そっち持て」

「え? あー…。ご、ごめんね、お湯ちゃん…」

俺は音無の両手を持ち、早川は両足を持つ。

「あ~~~れ~~~」

まるで捕獲された動物のように俺たち二人は音無を訓練室まで運ぶ。

「遅くなりました~~」

連れてこられた音無が謝罪する。

はたしてこの状態で良いのだろうかと思うが、扉を開ける前に本人に聞いたら「楽なんでこのままでお願いします~」と言われてしまった。

「それでいいの…? お湯ちゃん…」

早川が何やら言っているが気にしない。

訓練室の扉を開くと既に他の班は中で待っていた。

「柊が遅いなんて珍しいな」先生が言う。

「音無が遅くて」

「ガーーン」

音無がびっくりした顔をする。

「今日は班行動だ! 班員のミスは全員でカバーしろ」

「…はい」

(いやランニングと筋トレは無理だろ)

心の中で突っ込むが、言うとめんどくさいので口には出さない。

「まあいい、お前の班で最後だ、速くこい」

「はい」

俺達は音無を壁際に運んで置く。

「ぐへえ」

「あ、わり」

割と雑においてしまったので音無から変な声が漏れる。

「乙女は優しく扱ってくださ~い」

「お湯ちゃん…その運ばれ方で乙女はもう無理だよ…!」

早川がかわいそうな目で音無を見ていた。


先生の説明によると、今回は三対三で戦うらしい。

個人の力ではなく、集団としての戦術、それを学ぶ、らしい。

俺たちは確かに力を得た。

けど、それはただ身体能力が高いだけだ。

つまり同じスペックで戦えば、俺たちはただの高校生に過ぎない。

体が強くなった。

道具が支給された。

武器の使い方を教えてもらった。

だから何だ、それは外付けの強さであって本当の実力としての強さではない。

このままじゃそのうち天使に、負ける。

負けたら、死ぬ。

死にたくないなら…強くなるしかない。

「よし、次!」

一つ目の班が終わり、いよいよ次は俺たちの番だ。

「いくぞ、早川、音無」

「がんばろうね!」

「ほどほどでお願いします~」


相手の班は男子一人に女子二人。

見たところ三人とも近接武器で、おそらく一対一を三つ作るつもりだろう。

対するこちらは、俺と早川が片手剣。

そして音無は、二丁拳銃だ。

音無は珍しいサポート型の武器を選んでいるらしい。

なぜ銃はサポート武器なのか。

理由は、基本的に天使に銃などの近代武器は効かないから。

まず、銃は威力が高い、というのは人間に使ったときの話だ。

例えばより大きな生物に使えば相対的に攻撃範囲は狭くなる。

そして、より硬い、例えば金属の鎧を着た人間に銃で攻撃してもあまり意味が無いように、現存の生物とはかけ離れた耐久力を持つ天使には銃は有効打とならない。

勿論、核やミサイルなどのレベルなら聞くのかもしれないが、大量に、しかも居住区に発生する天使にいちいちそんなもの使っていられない。

したがって、俺たちが持つ武器は剣や斧、槍などの原始的な物となる。

俺たちの身体能力ならば、銃を使うよりも効果的に天使に攻撃できる。

では銃は完全に使われないのかというと、そうではない。

天使も生物、であれば目や鼻といった重要な感覚器官が存在する。

それらに対して、遠距離から効果的な妨害を出来る武器として銃は用いられる。

しかし、直接天使を殺傷する能力は乏しいため、いざというとき自分を守れない武器と言われており、使用する人間はほとんどいない。


戦闘前に三人で話した。

まず、定石として俺と早川が前衛、音無が後衛で戦う。

俺と早川で相手を止め、後ろから音無が狙う。

せっかくサポート型の音無がいるので、俺たちは基本的に足止め&隙を作り、音無の妨害が効きだしたら攻める。

とりあえず、初めて組む三人なので複雑過ぎない程度に作戦を練った。

あの馬鹿がいるとこういう作戦すらしづらいので、俺としてもいろいろ試してみたい。


「準備できました」

「よし、始め!」


戦闘開始だ。

向こうの三人がこちらに走ってくる。

俺と早川の二人が前にでて、音無は後ろに下がる。

俺は左、早川は右から三人を挟み込むように斬りかかる。

「音無!」

「はい~」

パンッ、パンッ。

音無の銃から2発のペイント弾が発射される。

2発は相手の目をめがけて飛んでいく。

人間、自分に飛んできたものにはびっくりするものだ。

相手は弾をよけつつ俺達二人を相手にする。

音無の狙撃のおかげで何とか3対2でも戦えてはいる。

しかし、さすがに人数不利を覆せるほどではないため、このままでは時間の問題だ。

なぜなら――

ベチャ。

音無の狙撃が腕でガードされる。

そう、音無の銃弾は殺傷能力のないペイント弾。

顔に当たれば視界を奪われるが、体に当たっても多少衝撃があるだけだ。

そして、音無の攻撃が効かなくなれば、当然、3対2では一人あぶれる。

「僕が後衛取るよ」

敵の班の男子が俺たち二人を躱して後ろの音無に迫る。

「しまっ」

そのまま、音無の妨害を対処しつつ俺たち二人の攻撃を簡単に裁いていく。

まずい。

ここで音無が落ちたら俺たちは二人になる。

2対3になったら勝ち目がない。

「まて!」

追いかけようとするが、残りの二人が追わせてくれない。

俺が追いつくより早く男子生徒は音無の前にたどり着く。

パンッ、パンッ。

何発か音無が男子を打つが、威力の無いペイント弾は目に当たらない限り効果は無い。

顔は腕でガードし、それ以外の部位は避けようともしない。

「降参しない? 音無さん」

「嫌です~」

「まじか、ならちょっと痛いけど、ごめんね!」

男子は武器を持ってないほうの手で音無の腹に向かって拳を繰り出す。

さっきの運動能力を見る感じ、音無が避けられるはずがない。

「おおおおお!」

俺は目の前の相手を全力で振り払う。

動けるようになった俺は全力で音無のほうへ向かう。

だが、間に合わない。

男子の左手が音無を捉えようとする。

音無も反撃に弾を放つが、焦りで狙いがぶれたか、目ではなく首辺りに銃口が向けられている。

目でなければ避ける必要は無いため、男子は弾を避けず、音無を狙う。

「お湯ちゃん、避けてー!」

早川が叫ぶ声が聞こえる。

だが俺は、視界の端で口角を上げる音無の顔が見えた気がした。

「はずれ~」

「ぶへっ」

突然、顔が跳ね上がり、男子が後ろによろめく。

(今だ)

俺は全力で男子の側面を切りつける。

「うがっ」

訓練用の木刀で殴られた男子は変な声を上げて吹っ飛んでいった。

「さて、と」

「降参しません~?」

俺と音無は残った二人の女子生徒を見る。

二人は顔を見合わせ、うなだれたようにして言った。

「降参…します」

「そこまで! 敵の降参により、柊班の勝ち!」

相変わらずうるさい教師の声が、訓練室に響いた。

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