第4話 gets scared easily

「ん」

シャクッ。

リンゴを囓る。

「ん」

シャクッ。

再び、リンゴを囓る。

「ん」

シャクッ。

再度、差し出されたリンゴを囓る音が、部屋に響く。

「いつまで食わせんだよ!?」

「・・・え?」

「『・・・え?』じゃねえよ! もうこれ10個目だろ!? お前は一体何日分のリンゴを俺に食わせんだよ!」

俺は井上にお見舞いのリンゴを食べさせ続けていた。

「いや、おいしそうに食べるから・・・もしかしてリンゴ、嫌いだった?」

「そうじゃねえだろ・・・」

呆れた顔をしている男、井上淳は、一昨日まで生死の境をさまよっていた男だ。

怪物にやられ、腹部に酷い損傷を受け、緊急搬送された。

後から聞いた話では、出血量が酷く、心拍も一度は停止したらしい。

もうダメかと匙を投げようとしたその時、奇跡的な回復を果たしたそうだ。

「とにかく、元気になってくれて何よりだよ、井上」

「本っ当マイペースだよな、お前・・・」

俺がどうして甲斐甲斐しく男の世話を焼いているか。

あの後、俺と早川は昼過ぎに井上の病室で目が覚めた。

どうやら、井上の看病をしている内に眠ってしまったらしい。

少しだけ三人で話した後、俺と早川はそれぞれの部屋に戻った。

思ったより疲れていたみたいで、結局俺は部屋に戻ってからすぐに眠ってしまい、今朝、やっと目が覚めたところだ。

学校はと言うと、俺も早川も気絶の影響があるかもしれないからと、学校側からは大事を取って二日間は休むようにと通達された。

とはいえ、外に出ることは禁止されているし、授業中は様々な施設も開いていない。

結局やることがなくて暇なので、しょうがなく俺はこの男の世話を焼いている、と言うわけだ。

「わざわざお前みたいなむさ苦しい男を世話しに来てやってんだ、ありがたく思えよ、脳みそ筋肉男」

「決めた、治ったらやりたいことリスト一位にお前を殴るを追加しといてやる」

「言いよる」

コンコン。

そんなこんなで話していると、扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞー」井上が返事をする。

「あ、柊君もいる」

入ってきたのは早川だった。

早川も俺と同様に、休みをもらっている。

と言うことはつまり、早川も暇って事だ。

「二人とも、おはよう」ニコリ、早川が笑いながら挨拶してくれる。

「「・・・天使」」

「え、何か言った?」

「いや? おはよう、早川」

「おはよう!早川!」

思考がかぶったことに無性に苛ついた俺たちは取っ組み合いをしながら笑顔で早川を迎え入れた。

「相変わらず仲いいんだね」

「誰がこんな脳筋・・・」

無言で井上につねられる。

「テメエ・・・」

「来てくれてありがとな、早川」

井上は何事も無い振りを貫くらしい。

よかろう、ならばこちらにも手段がある。

「いいよいいよ、私も授業無いと暇だしね」

俺は井上の手を振りほどき、逆にやつの腕をつねり返してやる。

「まあ、せっかく授業無いんだし、ゆっくりしてようぜ」

こやつ、やりおる。

表情にも出さないとは。

しかし、これならどうだ。

「早かうぇあ!?」

秘技、超高速弱点摩擦(こしょこしょ)。

知っているぞ、井上。

お前は肘の外側が弱いと言うことをな!

ふっ、流石の井上もこの秘技の前には屈するか・・・。

ペチン。

「あいてっ」

「いい加減にしろ」

ちょっとマジな顔で怒られてしまった。

いやまて、先につねってきたのは向こうでは・・・。

「ほんとに仲いいね、ふふ」

早川にも笑われてしまった。

俺はこの世の理不尽について改めて理解を得た。

「ま、コイツに変に気使われるより楽で良いけどな」

「死にかけてごめんなさいってか?」

「テメエ・・・」

なぜだろう、今回はあんまり早川が笑っていない気がした。

・・・ふむ、ここはあまりツボじゃなかったか。

「・・・そういえば今日、結構暑くない?」

早川は少し手で仰ぐような仕草をする。

「そういえばもう5月終わりかけてるんだよなー、そろそろ気温も上がってくる頃か」

「歩いてたらちょっと喉渇いちゃったかも・・・」

「おい、柊犬、行ってこい」

「ワンッ」

俺はダッシュで部屋から出て行く。

(食堂・・・はまだやってないか、ま、でも自販機あるからやっぱ食堂か)

犬扱い? 馬鹿野郎、女子に飲み物を買いに行かせるなんて、そんなやつは犬以下だ。

あの一瞬で俺と井上は通じ合ったのだ。

軽い足取りで俺は食堂に向かう。



俺は炭酸、コーヒー、オレンジジュースの三つを買って帰る。

この組み合わせなら相当なレアケースを引き当てない限りどれか一つは早川の好みに該当するだろう。

(ふっ、流石俺、飲み物を買うだけで出来る男)

意気揚々と病室に向かうが、部屋に入る前に中の声が聞こえてきた。

「は? 意味分かんねえよ!」

なんだ、喧嘩か?

「けど、あのとき・・・柊君はおかしくなってて、知らない人の名前を呼んでた・・・」

おかしくなってた? 俺が?

「いや、意味分かんねえよ、意識はあったんだろ? なのに覚えてないとかありえんのかよ」

ドクン。

心臓が、跳ねる音がした。

「私もわかんないけど・・・、心が耐えきれなくなって、そういう症状が出ちゃう子がいるって話を、聞いたことがあって・・・」

何故か分からないけど、急激に体が冷たくなる気がした。

だんだん息が荒くなって、鼓動がどんどん早まる。

俺の中の何かが、警鐘を打ち鳴らす。

「柊が、そうだっていうのか・・・!?」

コンコン。

気づけば俺はドアをノックしていた。

「入るぞー」

俺が部屋に入ると二人は何事もなかったかのような顔をしていた。

「ありがとな、柊」

「ありがとう、柊君」

「お前が俺に買いに行かせたんだろ」

「良い子だポチ」

「噛みついてやろうか」

大丈夫、井上は普通だ、普通のはずだ。

けど、なんだか、やっぱり。

「・・・ごめん、やっぱちょっと疲れてるかもしれねえわ。部屋帰ってちょっと寝てくる」

「そうか? ・・・まあそういうこともあるか、わかった、ちゃんと休めよ」

「そうするわ」

俺は後ろ向きに手をひらひらと振って部屋から出て行く。

「・・・温いんだよ・・・馬鹿」

柊の去った病室で、井上は静かに、そう呟いた。


自分の部屋で、ベッドに寝転がる。

心臓に手を当てる。

大丈夫だ、もう鼓動は収まっている。

(何だったんだ、さっきの)

二人の会話が聞こえた瞬間、突然、体がおかしくなった。

何度か頭痛もしているし、最近、なにかおかしい。

・・・やはり疲れているのだろうか。

(いったい、どうしちまったんだ俺は)

漠然とした不安感。

よくわからないけれど、とりあえず目を閉じる。

そして俺はまた、夢を見た。



前にも見た少年と少女が見える。

そして、もう一人の少年。

「やったな! ■■!」

「うん! ■■!」

「二人ともほんとに凄い・・・」

今度は声もはっきり聞こえた。

けれど一部だけ、聞こえない部分がある。

顔は・・・見えない。

前回よりもはっきりした夢だ。

日本を感じさせる様式の建物が並んでいるように感じる。

京都のどこかだろうか。

分からない、けれど不思議と懐かしい感じがする。

(俺はこの場所を知ってるのか・・・?)

記憶にはない。

俺はそこで何かに引っかかる気がしたが、考える前に、景色が変わった。

「最近本当に調子良いよな俺たち!」

「そうかなあ・・・?」

「おいおい、楽勝だったろ今回?」

「うーん、油断は良くないよ■■」

「■■は心配しすぎなんだよ」

(戦いの後・・・?)

周りには倒れた木と、踏みしめられた落ち葉が見える。

(・・・山?)

「そういえば、最近怪我人増えたらしいよ」

「強くなってきてんのかねえ」

「さあ?」

「さあ、て・・・」

なんてこと無い会話、なんてこと無い会話のはずなのに、一言も聞き逃してはいけない、そんな感覚がする。

胸の奥が締め付けられるような、思わず手を握りしめてしまうような、そんな感覚がする。

「ふ、二人とも・・・そろそろ帰りませんか・・・?」

女の子が呼びかける。

気弱そうな少女だ。

今も、体を縮めながら、両手を胸の前で握りしめている。

両手を、胸の前で。

ズキン。

何かが、何かが決定的に違う、そんな感覚と共に、また頭に鋭い痛みを感じて、そこで俺は目が覚めた。

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