第3話  I don't remember

「・・・知らない天井だ」

どうやら俺は気を失っていたらしい。

ここはどこだろうか。

雰囲気的には学校・・・、学校で、ベッドがある場所と言えば。

「・・・保健室か」

この学校の保健室はちょっと特殊だ。

身体能力が通常の人間と異なる子供が戦闘をして帰ってくる。

軽傷は日常茶飯事、・・・時には酷い状態で帰ってくることもあるだろう。

しかし、子供の数とはすなわち戦力の数。

従って、一学校としてはあり得ないレベルの医療設備が整えられている。


見たところ、自分の体に目立った外傷は無い。

どうやら死にかけて運ばれてきたわけでは無いらしい。

(けどそれなら・・・何で俺は気絶していたんだ?)

記憶がはっきりしない。

牛みたいなやつを倒して、井上を助けに熊みたいなやつを・・・。

(まて、井上は・・・!?)

熊と戦ったところから先が思い出せない。

ガラッ。

「お、起きてるやーん」

扉を開けて、白衣を着た男性が入ってきた。

「いやー、ぐっすりやったからなあ?このまま一生起きひんやないかと心配してたわー」

男性はニコニコしながら馴れ馴れしく話しかけてくる。

「・・・相変わらずですね、千明さん」

少し警戒心を出しながら俺は男に話しかけた。

「嫌やわー優人君、そんな怖い顔せんといてー。あと千明さんはやめー、京君で良いゆうたやんかー」

この男は千明京(ちぎらけい)、カウンセラーらしい。

いくら身体能力が向上したと言っても14才はまだ子供だ。

怪物との殺し合いなんてしていたら、心が壊れる子も出てくる。

だから基本的に、各学校に一人はメンタルケアが出来る人間が付くことになっている。

「で、何しに来たんですか、千明さん」

正直、この人は苦手だ。

「まったく、優人君は相変わらずいけずやねえ」

どこかうさんくささを感じてしまう雰囲気と、終始崩さない笑顔。

終始笑顔で軽口を言い、優しそうな人柄は多くの人から好かれるのだろう。

だが、その笑顔の奥にどこか、底の見えない何かを感じてしまうのは、俺だけなのだろうか。

「何しに来たんですか」

「せっかちやなあ、まあとりあえず元気そうでなによりやわあ、体調は大丈夫そ?気分とか悪かったりせえへん?」

「特に身体に異常は無いです。気分は・・・普通です」

「かたっ!・・・さよか、ほなさっさとベッド空けてもらおか?」

「俺、起きたばっかりですけど」

「元気なんやろ~?保健室は元気やない人が居るところやからなあ、元気ゆうなら出てってもらわへんとなあ、あ、もう少し寝てたい?だめやで~、寝過ぎは逆に体に悪いんやで~」

「分かりました。出て行きます。ベッド貸してくださってありがとうございました」

「どういたしまして、また来てな~」

(保健室にまた来てなーはダメだろ・・・)

そんなことを思いながら俺は保健室を後にする。

さっきちらっと時計を見たら授業は終わってる時間だった。

俺はとりあえず部屋に向かおうとすると、先生にすれ違った。

「おお、起きたか柊!目立った外傷はないと聞いているが大丈夫か?」

相変わらずデカい声だ。

「特に問題はないです」

「そうかそうか!それはよかった!いやー、とりあえずお前も無事で良かったよ!三人とも意識不明で回収されたと聞いたときはまったく肝が消えたぞ!ハハハ!」

その言葉で俺はやっと気付いた。

そう、実習に向かったのは俺一人ではないのだ。

「・・・三人とも意識不明?早川と井上に何かあったんですか!?」

「なんだ?覚えてないのか?てっきり、お前が二人を助けたもんだと思ったんだがな」

俺が?二人を?分からない、記憶がはっきりしない。

「覚えてないです!二人は!大丈夫なんですか!先生!」

「落ち着け落ち着け、柊。早川は無事だ、お前と同じただの気絶だ。意識もお前より先に戻ったみたいだぞ」

早川は。

言い方に引っかかる。

「・・・井上は」

「・・・」


「ハァ、ハァ、ハァ・・・!」息を切らせるほど勢いで廊下を駆け抜ける。

俺は部屋の前で座る早川を見つけた。

「・・・早川!」

「・・・柊君?よかった、柊君も意識、戻ったんだね」

「あ、ああ・・・。それより、井上は!」

早川はうつむいて黙り込む。

「あんまり・・・よくないみたい」

震える声で、早川はそう言った。

「さっき中の先生がね、『とても厳しい状態です。正直、今夜を超えられるかどうか、分かりません』だって・・・」

消え入りそうな、か細い声で早川はそう言った。

「どうしよう・・・井上君が・・・井上君が・・・!」

「・・・嘘、だろ?・・・井上が・・・死ぬ?」

ズキン。

「っつう」

ズキン。

頭が痛む。

「大丈夫!?柊君!」

「だ、大丈夫だ、ちょっと痛む、だけ、だ」

「ほんとに? 無理しないで・・・お願い・・・!」

早川は泣きそうな顔でこっちを見つめる。

「ほんとに大丈夫だから、気にしないでくれ」

「・・・うん、わかった。・・・こっち、座る?」

早川は座っていたイスの隣を指さす。

「あ、ああ・・・うん。そうさせてもらおう、かな」

言われたとおりに、俺は早川の隣に座った。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

そろそろ日が沈み出す頃だ。

窓からは夕焼けの赤い光が、淡く、静かに差し込む。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

舞っているほこりに光が反射して白いもやが舞う。

ゆっくりと、酷く、ゆっくりと、時間が過ぎていく。

「「あの」」

耐えきれなくて、話しかけようとしたら、お互い様だったみたいだ。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

お互い顔を見合わせて、逆に固まってしまう。

「さ、先にどうぞ!」

「お、俺か!?」

「じゃ、じゃあ、私が!」

「お、おう・・・どうぞ」

「・・・大丈夫、だよね。・・・死なないよね。井上君」

早川は、酷く不安そうな顔で、震える声でそう言った。

「・・・当たり前だろ、死ぬわけない・・・死ぬわけない! あいつが・・・あいつがこんなところで死んで良いはずない! 絶対無事に帰ってくる・・・絶対に・・・!」

「・・・そうだね、うん、きっとそうだと思う! ありがとう、柊君」

「・・・」

嘘だ。

心の中は嫌な想像でいっぱいだ。

本当は心の中で準備をしている自分がいることがたまらなく気持ち悪い。

けれどそんな未来を信じたくなんてないから、必死に絞り出した空元気が、今の言葉だ。

「柊君は? さっき何聞こうとしたの?」

「あー・・・、あのさ、早川さんは、何があったか、覚えてる?」

「・・・覚えて、るよ」

早川さんの表情が少し硬くなった気がする。

・・・そりゃあ思い出したい記憶ではないよな。

すまないと思いつつ、それでも。

「俺、覚えてないんだ。・・・井上と怪物が戦ってて、助けに行ったところまでは覚えてる。その後、どうなった?」

「柊君は怪物と戦って、・・・怪物の攻撃が避けられなくて、気を失ったの」

「それで気絶したのか。怪物は? どうなったんだ?」

「怪物は・・・柊君達との戦いで疲れてて、なんとか倒せた・・・」

「早川が? 一人で?」

「・・・うん」

「すげえな早川。そんな強かったなんて知らなかった」

「た、たまたまだよ。柊君達が戦った後だから、向こうも疲れてた・・・と思う・・・」

「そっか。・・・井上は? 怪物にやられたんだよな?」

「・・・うん。私が見たときには、もう・・・」

「・・・そっか、早川も辛いのに、教えてくれてありがとな」

「・・・ううん、気にしないで。・・・・・・・・・・・・・(覚えてないんだ)」

そうして俺たちは再び沈黙した。

日は完全に沈み、薄い照明に照らされる廊下には手術中のランプだけが、煌々と輝いていた。

それからどのくらいの時間が経っただろう。

冷え切った手足は、硬く、重く、まるで石になってしまったかのようで。

うす暗い廊下は、とても寒かったはずだけれど、そんなこと全く感じなくて、まるで、寒さを感じる器官だけどこかに忘れてきたみたいだった。

長い、長い、永遠とも思えるほどの長い時間が経って。

バンッ。

唐突に、手術中の、赤いランプが消えた。

扉が開く。

中から、青い服を着た男性が出てくる。

「先生! ・・・井上は」

「・・・手術は、成功しました。今は耐力を消耗していますが、じき、意識も戻るはずです」

「本当ですか!?・・・ありがとうございます。本当に・・・ありがとうございます・・・・!」

横を見ると、早川は泣いていた。

気付けば俺も涙を流していた。

「柊君・・・!」

「早川・・・!」

俺たちはお互い顔を見合わせて笑い合った。


その後、病室に井上は移されて、俺たちは井上の部屋で井上が起きるのを待ち続けた。


「・・・しらねえ天井」

井上淳が目を開けると、まず目に入ったのは知らない部屋の天井だった。

白い、とにかく白い、部屋だった。

(まるで病室だな)

かすかに眩しい。

窓をみると、朝の柔らかな光が差し込んでいるのが見えた。

「・・・良い天気」

そこでふと、両手に重みを感じることに気付いた。

頭を上げ、両手の先を見る。

「いつの間にそんな仲良しになったんだよ、お前ら」

そこにいたのは、安心した顔で眠る、二人の戦友だった。

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