第2話 injure other unconsciously

「なんだ、俺が一番乗りか」

部屋に入ると、中にはまだ誰もいなかった。

この部屋は出撃待機室。

天使討伐に向かう者はこの部屋から出撃する。

先ほど、天使出現の警報があった。

あの後すぐに俺の端末には招集の連絡が届いた。

一度の戦闘で出撃するのは3~4人。

つまり、俺以外にあと二人、討伐に向かうメンバーがいるはずだ。

バンッ。

乱暴に扉が開けられる。

「やっぱり柊、お前も呼ばれてたか」

現れたのは井上だった。

「なんだ、俺と行けるのがそんなに嬉しいのか?」

「きもちわりいこと言うな、馬鹿が」

まあ、なんだかんだ井上は戦闘面では上位の実力だ。

俺との交流も多い。

おそらく俺たちはセットで組まれたんだろう。

「バカって言った方がバカなんです~」

「黙れゴミ」

「・・・あの」

俺たちに付いてこられる人材となるとそんなに多くは無いはずだ。

もう一人も男子か?

いや、残りのメンツを考えると一人は女子をいれたいはず。

「ああ!?誰が性格ゴミの顔面ヤンキーだって!?」

「そこまで言ってねえよ、耳壊れてんじゃねえのか」

「・・・・・あ、あの」

クラスのメンバーで俺たちに入ってこれそうな女子・・・。

(うーむ、わからん)

「・・・・・あ、あの!」

「「・・・・ん?」」

俺たちは顔を見合わせ、声のした方を見る。

横、じゃなくて、下。

「は、ひゃや川ですっ!よろしくお願いします!」

一回り以上背の低い女子が、そこにいた。



扉が開く。

「準備は良いか、お前ら」

こんな時でも大きな声で先生が入ってくる。

「はい、三人とも、準備完了してます。」

出撃室にいるのは三人。

俺と井上、そしてこの中で唯一の女子の早川さんだ。

学園から支給された戦闘スーツを着込み、各種装備を装着してある。

左腰には確かな重さを感じる。

武器類を学園外に持ち出すことは禁じられている。

まあそもそも学園外に出ること自体禁止みたいなものだが、それはさておき、今から俺たちは初めて学園外に武器装備を持った状態で出ようとしている。

理由は一つ。

天使の、討伐だ。

「ウチの学校で初めての実践だ。バランスを考えた上で、十分に実力のあるメンバーを選んだ。ま、言っても羽無しだ。そんなに気負うことは無いさ。ハハ」

気楽に言うなよ。

そんなことを思いながら、真面目な顔をして先生の話を聞く。

「よし、ただいまから、校外実習を開始する。外に輸送車が待機している。すぐに乗れ」

「「「はい」」」


「早川さん、大丈夫?」

輸送車の中で、俺は早川さんに話しかけることにした。

井上は普段から話すし、戦闘にも心配はしてない。

ただ、正直、早川さんは心配だ。

普段の訓練で特段戦闘技術が劣っている印象は無いが、逆に何か秀でている部分も思いつかない。

良くも悪くも、普通。

それが俺の早川さんへの印象だった。

「あ、うん。ちょっと落ち着いた。ありがとう柊君」

「そっか、ならよかった」

・・・少し気まずい。

まあ普段からそこまで話す仲じゃ無いからな。

「どんな形の天使だろうね」

「犬じゃね?」

井上が会話に入ってくる。

「なんで犬?」

「勘」

「お前の勘は当たるからな・・・」

「あ、当たるんだ・・」

俺が真面目な顔をして言うと、早川さんは驚いた顔をしたあと少し笑った。

「柊君って以外と天然?」

「・・・俺が?」

「そうだぞ、こいつは意外とバ!カ!だからな」

「根に持ってんじゃねえよ馬鹿」

「テメエ・・・!!」

「ふふっ」

相変わらずのプロレスを井上と繰り広げていると、早川さんが吹き出した。

「仲いいんだね、やっぱり」

俺たちは顔を見合わせて、うへえって顔をした後、少しにやっとした。

「初めての仲間が柊君と井上君で良かった。ちょっとリラックスしたかも」

少し緊張も解けたみたいだ。

「それはよかった。よし、じゃあ今のうちに戦うときの作戦考えとこうか」

「わかった」

「俺そんなに難しい作戦は出来ねえぞ」

「大丈夫、シンプルに行こう」

俺は考えていた作戦を二人に話す。

「なるほど、それなら俺は大丈夫だ」

「よし、早川さんはどう?」

「・・・・私に出来るか、少し不安だけど・・・頑張る!」

「よし、なら作戦はこれで行こう」

そろそろ、指定のポイントが近づいてきた。

今回、天使の出現場所は住宅地の奥だ。

入り組んだ地形のせいで、車ではむしろ時間がかかる。

よって、ある程度のポイントまで進んだら、後は徒歩で移動する。

俺たちは立って、ストレッチをする。

車では無く徒歩ならスピードは落ちるんじゃ無いかと思うだろう。

否。

向上した身体能力の走りは、通常の人類を遙かに上回る。

輸送車が止まり、シャッターが開く。

「いくぞ」

そして俺たちは、風になる。



見つけた。

不自然な破壊の跡。

そこにはあるのは圧倒的な暴力と、確かな殺意。

そして、出会う。

俺達の日常を破壊した、敵に。

「早川、柊、井上、対象に遭遇しました。これより、交戦を開始します。」

「了解、周辺区域の住民の避難は完了している。ただちに戦闘を開始せよ。」

「「「了解」」」


壊れた住宅から、大きな4足歩行の怪物が出てくる。

(こりゃあ犬って言うより・・・牛だな)

巨大な体と、鋭利な牙。

およそ生物的で無い肉付きと、やけに白い体は、なかなかにグロテスクだ。

「yduwegf」

白くて大きな怪物はこちらを見る。

「作戦通りに。あいつは僕がやる。二人はカバーしつつ周辺索敵」

二人に指示を出す。

井上と早川は左右に展開する。

作戦は単純だ。

接敵次第、この中で最も強い俺が攻め、残りの二人は適宜カバーしつつ他の敵を引きつける。

要するに、一対一で俺が倒す、そういう作戦。

「奥の家、痕跡がある!」

早川から通信が入る。

どうやら、向こうも倒すべき相手を見つけたらしい。

(俺は俺の役目を)

剣を握る。

少し力が入る。

だが、まあ、落ち着いている方だろう。

ふと、昨夜の夢がよぎる。

(雑念を入れるな、目の前の敵に集中しろ)

心の中で渇を入れる。

怪物は俺を獲物だと認識したようだ。

血走った目で睨んだ後、こちらに向かってくる。

俺も走りだす。

向かってくる怪物、前に進む俺。

交差する。

その直前、俺は少しだけ体を横にずらし、怪物の軌道上に剣を置く。

すれ違い、そして離れる。

俺は剣を振り、血を払う。

後ろで、大きな質量が地面にぶつかる音がした。

「・・・次」


先ほど、井上は右、早川は左に行ったはず。

(どちらを追う?)

なんだか嫌な予感がする。

ここでどちらを選ぶかが、重要になる、何故かそんな気がした。

単純に戦闘力であれば早川だ。

井上の戦闘は雑だが、あいつの運動能力ならそれでも十分強い。

(・・・なら早川か)

俺は左に走り出した。

「こちら井上、やばい、死ぬかも」

少し進んだ後、通信が響いた。



通信で言われたポイントに走る。

「早川!」

「柊君!」

先ほど別れた早川と合流する。

「敵は」

「倒した!」

必要最小限で情報を交換する。

「急ぐぞ」

「うん」

同じ方角へ走る。

大きめの家と、シャッター付きの大きな車庫が見える。

シャッターは破られていて、奥には二つの影が見える。

「井上!」

奥にいるのが井上、手前には大きく手を広げた二足歩行の怪物。

その姿は、まるで熊。

けれど自然の者では無い異質な肉感。


井上を呼ぶ声でこちらに気づいたようだが、構うものか。

俺は怪物の胴体に斬りかかる。


天使の形状は様々だが、一般的に、人型に近い者ほど強いとされる。

つまり2足で立つこいつは、さっきのやつより強いって事だ。

ガキン。

俺の剣と、怪物の振った腕がぶつかり合う。

視界の端で早川が井上の方に向かうのが見える。

(井上の状態が分からん、とりあえず時間を稼ぐ!)

怪物の反撃が来る。

剣でガード、すぐさま斬り返す。

ステップで位置を調節しながら、何度か斬りかかるが、その全てが、強靱な腕で防がれてしまう。

(チッ・・・ジリ貧だ)

怪物の攻撃も食らわないが、こっちの攻撃も効いていない。

おそらく、腕以外はそこまで硬度は高くない。

(胴・・・いや、足に入れば・・・)

だが、一撃が遠い。

もう一人、戦える人間がいれば。

二人であれば、挟み込んで攻撃できる。

早川の方に視線を送る。

井上はどうやら無事みたいだが、あまり戦力として数えたくは無い。

早川は・・・ダメそうだ。

こちらを見ているが、明らかに萎縮してしまっている。

(俺一人でやるしかない)

ふと、また昨日の記憶がよぎる。

(さっきからなんなんだ)

あまりにも今日は集中できていない。

先ほどの戦闘で切り替えたと思ったが、まだまだ未熟らしい。

弾く、ガード、右、差し込み、斬る。

互いに決定打は無い。

そして、契機は訪れた。

「uuuuuuuuu」

怪物は右腕を大きく引く。

(ここだ!)

怪物が大振りを繰り出す。

俺はギリギリまで引きつけてスウェーで躱す。

そして隙の出来た怪物の背へ斬りかかる。


気付けば俺は倒れていた。

(何が起こった!?)

分からない、分からないが、思うように体が動かない。

そして、目の前に、怪物が迫ってきていた。

全身に力を入れる、だが、三半規管がやられているのか、上手く立ち上がれない。

かろうじて剣をかざそうとするが、右手の感触が軽いことに気がついた。

どうやら、剣を落としてしまったらしい。

(くそっ、ここで終わるのか・・・)

怪物の手が振り下ろされる。

「やめろおおおお!」

そこから先はスローモーションだった。

突然、井上が目の前に飛び込んできて。

怪物は手を振り下ろした。

俺はとっさに手を出して、倒れ込む井上を支える。

「・・・井上?」

俺は井上の顔を見る。

井上は、焦点の合っていない瞳でどこかを見つめ、ヒューヒューと浅い呼吸をする。

井上の体を支える手に生暖かい感触を感じる。

ゴプゥッ、井上が血を吐く。

「・・・あ?・・・・・・・・・あ、ああ、ああああああ!」

記憶が、よぎる。


知っている。

俺は、知っている。

段々と軽くなる重み、支えた手を伝う血の温かさ。

俺の手の上で、命が消えていく感覚を。

俺は、知っている。

井上の顔にもやがかかる。

昨日の夢で見た、少年と井上が重なる。

段々と、もやが晴れ、井上では無い誰かの顔が見える。

「知らない、俺はお前なんて知らない、誰だ、一体、俺は、」

「ああ、あああああ、ちがう、おれじゃない、おれじゃない!!」

視界が明滅する。

頭の中でスパークが弾ける。

俺は今どこで、俺は誰で、俺の腕にいるのは、一体。

分からない分からない分からない分からない分からない。

俺は、一体。

ドサリ、音がした。

ふと、気が付くと、辺りは血に染まり、その中心に、早川がいた。

早川が怪物の首をはねる。



「早・・川・・・」

誰かの声が聞こえた気がした。

それが誰の声か分からなくて、思い出そうとした瞬間、頭に激痛が走った。

俺の意識は、そこで途切れた。

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