第1話 ring an alarm
「次、柊対井上、入れ!」
声と体のデカさが取り柄の教師の声が教室に響き渡る。
相変わらずの声のでかさに顔をしかめながら俺は剣を持って所定の位置に立つ。
「本気でこいよ、柊」
「出させてみろよ、本気」
「てめえ・・!殺す!」
売り言葉に買い言葉。
そう、これからするのはケンカだ。
「気合いは十分みたいだな。では両者構え・・・・始めっ!」
教師が大きな合図と共に手を振り下ろす。
それが戦いのスタートの合図。
俺は床を全力で蹴って一致に距離を詰める。
瞬間、目の前に井上の剣が迫る。
こちらのダッシュに合わせて突きを繰り出したのだろう。
単純だが、いい手だ。
俺は前に進む慣性を簡単には消せないし、前に進むと言うことは相対的に迫ってくるものの速度はハネ上がる。
「だからどうした」
俺は勢いのまま剣を横に振り払う。
突進の勢いの加算された俺の剣は、簡単に井上の突きを打ち払う。
「チッ」
反撃を潰された井上が舌打ちをする。
俺はそのまま返す刃で斜めに剣を振るう。
しかしこれに井上は反応、体をかがめて回避する。
「オラァ!」
さらにそのまま跳ね返りの要領で下からの切り上げを狙ってくる。
だが、
「チェックメイトだ」
俺はさらに剣を返し、全体重を乗せた渾身の一撃を上からたたきつける。
ギャリッ。
一瞬、石と石がこすれるような嫌な音が鳴った後、井上の手から剣が離れる。
俺は井上の首元に剣を突き付ける。
「また俺の勝ちだな」
「そこまでっ、勝者、柊!」
またあのうるさい声が鳴り響く。
「おおーー。流石柊君。」
「優人君ってやっぱちょっとかっこいいよね」
鮮やかな勝利にいつものようにギャラリーも湧く。
少し照れながら、俺は井上に手を差し出す。
「良い勝負だった、またやろうぜ、井上」
「毎度なんでそう上から目線なんだよボケ」
井上は立ち上がり、俺たちは二人で元の場所に戻る。
「よし、今日の授業はこれで終了!では解散!」
うるさい声で教師が言い、武道場を出て行った。
教室に戻って片付けをしていると井上が近づいてきた。
「おい柊、さっき勝負が付く前にチェックメイトっていってたよな、あれは何でだ」
先に片付けを終えた井上が俺に聞いてきた。
どうやらさっきの負けが気になるらしい。
「ああ、あれか、そのままの意味だよ」
「何でだ」
「んー、あの時おまえ下に避けたよな?そんでお前ならすぐに反撃すると思った。けど、あの体勢じゃ放てるのはせいぜい斜めの切り上げだ。なら俺は上から合わせれば良い。腕の振りだけで下から振るお前と、体重乗せて上から振り下ろす俺、どっちが勝つかは明白だろ」
「じゃあなんだ、お前は俺が避けたときそこまで読んでチェックメイトっつったのか」
「避けたとき?違うな。最初から俺はお前が下に避けるように動いてたんだよ」
「・・・・わかった、けどうぜえ」
「優しく教えただけなんだが」
さっきの勝負、俺は最初からこいつを下に避けさせるように動いていた。
まずこちら一気に距離を詰め、その場から動く選択肢を潰す。
井上の性格ならいきなり避けるなんてせず、反撃してくると思った。
しかしゆっくり振りかぶってちゃスピードに乗った俺には間に合わない。
なら反撃は必然、前の小さなスベースで行えるものに限られる。
であれば、勢いのまま横に打ち払えば簡単にはらえる。
次に横降り、剣がはらわれている相手は屈んで避けるしか無い。
そして井上の性格なら・・・・、となるわけだ。
「しっかしよお、柊、お前なんでそんなに強えんだ?」
そんなの俺だって分からない。
けど、まあ強いて言うなら他にすることが無いのが理由なのかもしれない。
と、心の中だけで思うが、別に口には出さない。
「才能?」
「殺す」
そんなこんなで言い合う放課後。
俺はこんな時間が好きだった。
別に井上も本気で怒っているわけじゃ無い。
ただ軽口を言い合って、じゃれ合う。
15の男子のコミュニケーションなんてこんなもんだ。
「そういえば柊、聞いたか?」
「何を?」
俺の首にチョークスリーパーを掛けながら、井上は何かを思い出したみたいだ。
「校外実習、今週からだってよ」
「・・・・・・へえ」
校外実習。
これが持つ意味は普通の学校とは違う。
俺たちが戦闘訓練をしているのは、全部このためだ。
「とうとう俺らも実践か。天使ってどのくらい強いんかな」
天使。
別に羽が生えてラッパを吹くやつじゃない。
最初の一匹がそうだったから、気づいたら皆そう呼んでいた。
去年の7月7日、唐突に、ソレは現れた。
神々しい見た目と、圧倒的な暴力。
その強烈なイメージは、人々にそう呼ばせるに十分だった。
そしてその日から、日本各地にソレは現れた。
ある日突然、街に怪物が現れたらどうなるか。
パニックだ。
あの時、日本中の交通機関は麻痺し、正誤も分からない沢山のニュースが駆け回った。
テロリスト、陰謀論、生物実験、さまざまな憶測が流れた。
結局どれかは正しかったのか、どれも正しくないのか、それは分からない。
分かることは、一つ。
奴らは、人類にとって、紛れもなく敵であるということ。
一月ほどして、政府による天使討伐の体制がしかれ、事態はいったん収束した。
しかし程なく、政府からの発表があった。
まず、天使は今後も現れ続けること。
そして、天使討伐の人材として、14才の少年少女を招集すること。
あの日、7月7日、俺たち14才は皆同じ夢を見た。
夢の中で空から種が振ってきて、そして芽を出す。
政府が言うには、14才の子供達は特殊な力があり、今後飛躍的に運動能力が上昇するらしい。
急激な成長は周りに危険を及ぼしかねないため、いったん政府で保護、ついでにその運動能力を天使駆除に利用してしまおうという話だ。
はじめは猛反発のあった政策だが、天使被害の増加、実際に14才の急激な運動能力の上昇と、それに伴うトラブルの多発、そして2月3日の英雄報道。
気づけば、文句を言う人はほとんどいなくなっていた。
そうして俺たち14才は各地の学校に集められ、天使討伐のための特殊な訓練を受けることになった。
「こうしちゃいられねえ、柊、さっきの続きだ、もっかいやろうぜ」
「またかよ、にしても校外実習かー・・・」
すると突然、ズキズキと頭が痛み出した。
「っっつう」
突然の痛みに顔をしかめ、頭に手を当てる。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ。ただの頭痛だ。・・・ごめん、悪いけど俺先帰るわ」
「お、おう、気つけろな」
少し不安そうな井上に大丈夫とジェスチャーを送って教室を後にする。
何だろう、校外実習という言葉を聞いてから、頭が痛む。
さっきの戦闘はすぐ終わったが、思ったより集中力を使って疲れているのかもしれない。
今日はさっさと寮に戻って寝よう。
集められた子供達は全員寮暮らしとなる。
これは一般人とのトラブルを極力減らすためだ。
100mを5秒で走り、10メートルをジャンプする。そんな化け物集団は、まず体の使い方を覚える必要がある。
まあ、同世代の友達と一緒に生活するのは貴重な経験でもあり、政府からのサポート係が常に寮に着いているとなれば、そこまで反対する親もいなかったそうだ。
(友達と暮らすの楽しいからいんだけど・・っつう)
頭の痛みが引かない。
ふらふらしながらもなんとか自室までたどり着き、倒れ込むようにしてベッドに乗る。
「クッソ・・んだこれ・・・」
しばらくそのまま寝転がっていた俺は、気付けば眠っていたらしい。
古い木造の建物の町並みが広がる。
石畳の上を、二人の子供が歩いていた。
一人はすらっとした少年、もう一人は気弱そうな女の子だ。
けれど、どちらも顔にもやがかかって誰か分からない。
景色が変わる。
崩れた廃墟と、散乱する瓦礫。
先ほどの二人の姿も見える。
視界がぼやける。
(なんだ?)
視界が黒に塗りつぶされる。
所々赤いような気もする。
なぜか俺の心臓が、どくんどくんと脈打つのを感じる。
視界が変わる。
白い服を着た男が立っていた。
気づけば景色は急激に動き、暗転する。
音の無い真っ暗な視界。
かすかに、声がきこえる。
「・・・・!・・・・!」
なんだ、なんて言っている。
「・・・・!」
だから、なんて言っている。
声が、聞こえる。
「・・・・・、・・・・■■!」
「っっあああああ!!!!!!!!!」
目が覚めると、部屋は真っ暗だった。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・」
荒い息を吐く。
じっとりと汗を書いた体が気持ち悪い。
「なん、だったんだ・・・」
あんな記憶、俺は知らない。
聞いたこと無い声が俺の名前を呼んでいた。
「こっわ・・・」
もしかしたら、自分で思っている以上に校外実習にナーバスになっているのかもしれない。
校外実習。
文字通り、学校の外での実習、すなわち天使の討伐を行う。
大体、3,4人のグループを組み、数体の天使と戦うこととなる。
天使討伐の、最初の一歩。
これを乗り越えることで、何かが変わるのか、飛躍的に成長する者も多いらしい。
そして同時に、事故も少なくない。
死傷者こそ聞かないが、大小問わず負傷レベルであれば、聞く声が絶えない。
要するに、最初の関門。
これをスムーズに突破できるかどうかで、今後の身の振り方が変わるかもしれない。
そう考えると不安な気もするが、何故か自分ではあまり不安を感じてる感覚は無い。
(けど、さっきの頭痛だ)
実際問題、自分が不安を感じているかどうかなんてよく分からない。
ただ、こうして体調に現れると言うことは何かしら感じることはあるのだろう。
「・・・とりあえず、体でも動かすか」
さっきまで寝ていたせいで夜だが眠くは無い。
俺は訓練室に行き、一人素振りを行った。
この時間だ、流石に訓練室にも人はいなかった。
素振りは得意だ。
剣が軽く感じて、何度振っても大して疲れない。
これでもそこそこの重さはあるので、つくづく化け物みたいな体になってしまったと感じる。
振りだけで無く、ステップなども織り交ぜ、適度に疲れた後、俺は訓練室を後にした。
食堂で晩飯を終え、共同の浴場に入り、ベッドに入る。
何故かもう一度あの夢を見る気はしなかった。
素振りで疲れた体はすぐに睡魔に負けた。
視界に光が入る。
心地よい温かさと共に、大きく吸った息から、酸素が体中に回るのを感じる。
「・・・朝か」
やはり夢は見なかった。
始業まであまり時間はない。
朝食を取るため、いそいそと布団から出ようとしたその時だった。
「ビーッ・ビーッ・ビーッ。警報です。警報です。天使が出現しました。繰り返します。天使が出現しました。近隣の住民は、直ちに避難を開始してください。」
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