セッサタクマプロジェクト

@aoi-kerorinn

第0話 happy birthday to

「いくぞ! ひろたか!」

「こい! せいすけ!」

少年達は丸めた新聞紙の棒を構える。

「やあああー!」

一人が棒を振りかぶってもう向かっていく。

パン、パン、パン。

新聞紙のぶつかる音が廊下に響く。

二人ともとても楽しそうな表情で、打ち合いを続ける。

「これでどうだっ!」

「まだまだ!」

「これならっ!」

声が、響く。

「かったー-!」

「くそー-、もっかいやろ!」

「えー、どうしよっかなー?」

「もっかい! もっかいやろ!」

「しょうがないなあ…いいよ!」

「やったー!」

二人は打ち合う。

何度も、何度も、とても楽しそうに。

この時間を、永遠に楽しんでいたいと、そんな笑顔で、二人は打ち合いを続ける。

「いつまでやってんのあんたたち!」

少女が駆け寄る。

「やべ、ゆうかだ! にげるぞせいすけ!」

「なんでにげるの!」

「ま、まって、ひろたかー! あ、ゆ、ゆうかもそんなおこらないでー!」

「おこってなんかない! ねえー、ふたりとも! いっしょにかえるよ!」

「へいへーい」

三人で一緒に学校を出て、並んで通学路を歩く。

たわいない話で笑い、短い道を心の底から楽しみ、そして分かれる。

「また明日!」

明日が来ることを、再会できることを、信じてやまない純粋な笑顔で。


―――――


南寛天、15才、職業、高校生、髪色、黒、特技、人間離れした身体能力。

先月、災害対策専門高等学校京都校に入学し、今日は初めての校外実習だ。

災害対策専門高等学校、通称「対策科」。

何でこんなものが出来たか。理由は一つ、日本がヤバイ。

去年の7月7日。

この日、七夕は人々の願いを叶える幸せな日ではなく、怪物をこの世界に生み落とした災厄の日となった。

突如現れた異形の怪物は人々の生活を脅かし、日本はある日突然戦場になった。

七夕に現れた天の使い、「天使」なんて名付けられたそいつらはそれから日本全国に現れることとなる。

どこから来て、何が目的なのか。

分からないことだらけだが、一つだけ分かることがある。

奴らは、人間を殺すためにやってきた。

ではそんな天使達に対して俺たちは為す術が無いのか。

否、為す術はある。

天使の出現と共に、一部の人間の運動能力が急上昇した。

一部の人間の共通点はただ一つ、7月7日時点で14才であったこと。

理由は誰にも分からない、分からないが、事実14才の子供がオリンピック選手よりも高い身体能力を得ているのだから信じるしかない。

そうして天使に対抗するために、対天使戦闘の技術を学ぶ学校が作られた。

そこに子供達は集められ、武器やら装備やら格闘やらをたたき込まれる。

それが「対策科」。


入学から1週間、俺たちは、初めての校外実習、つまり京都市内に出現した天使の討伐に来ている。

報告によると天使は三体。

大丈夫、授業でやったみたいに出来れば大丈夫だ。

大丈夫、きっと大丈、

「緊張してる?南くん」

「やっぱ、してるように見えますかね?」

彼女はオペレーター、各班には一人ずつオペレーターが付く決まりだ。

「大丈夫、南くんならできるよ。私も最大限サポートするわ。ここだけの話、初回の任務は本当に弱い天使しか回ってこないのよ、秘密ね、これ?」

「大丈夫やって寛天。俺らもついてる。三人ならどんな奴が来たって負けへん! サクッと倒して帰ろうや!」

「犀介言う通り! 大丈夫に決まってんでしょ! ほら、さっさと行くわよ」

人は自分より緊張してるやつを見ると緊張がほぐれるってどっかで聞いた気がする。

どうやら、あまりにも緊張してないやつを見てもほぐれるらしい。

こいつらと一緒なら、なんとかなりそうな気がしてきた。

「犀介、優香、ありがとな!よっしゃ、いっちょ華々しいデビュー戦と行きますか!」

「おう!」

「ちょ、ちょっと」

二人の肩を抱く。

俺たちは天使に負けたりなんかしない。

日本を護るのは、俺たちだ!



―――――



「っしゃ、ラスト!」

俺は天使を切りつける。

ブシュ。

天使の体から血が噴き出て、そのまま倒れて動かなくなる。

「これで6匹! 犀介、何匹だった?」

「3匹やな」

「なら俺の勝ちだな! ジュースゲット~!」

俺と犀介は毎回、討伐数の低いほうがジュースを奢るという勝負をしていた。

「今回も楽勝だったな、犀介」

「…せやな」

俺たちは倒した天使の残骸の横で回収車を待つ。

「どうした?」

「…いや、別に。なんでもない」

犀介はなんだか浮かない顔をしている。

討伐数で負けたのがそんなに悔しかったのだろうか。

そんなことを考えていたら車がやってきたらしい。

「なあ、ひろた――」

「二人ともー! 車来たよー!」

「今行くー! ん?なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ。行こか」





その日は朝から雨が降っていた。

五月のはじめ、じめじめした空気の中で、暗い空の中、昼過ぎくらいに天使の出現が確認された。

俺たちはいつも通り三人で出撃、現場に向かう。

雨の日は制服の上にカッパを羽織る。

学校からされた、グレーのカッパを被り、俺たちは無言で車に乗る。

いつもなら適当に雑談でもしながら向かうのだが、この前のことで昨日、犀介と言い合いになって、今朝からまだ一度も口をきいていない。

空もグレー、カッパもグレー、きっと俺の心もグレーなんだろう。

そんなことを思いながら車に揺られる。

現場についた。

天使は5匹。

最近増えてきた新しいほうの奴だ。

でも俺たちの敵じゃない。

本当は三人で協力したほうが早いけれど、今日はそうしたくなくて、一人で戦った。

それでも、多少時間はかかったが、俺たちは天使を討伐した。

いつもみたいに回収車を待つ。

いつもと違うのは一言もしゃべらないこと。

けどまあ、そのうち仲直りしてまたいつもみたいに話せるだろう。

――そう、思っていた。



―――――



「・・・なんだよ、これ」

俺の前には、腹に大きな穴が開いて嘘みたいに血を流す北と、優香の右腕が転がっていた。

「giiii?guga,aeaaoiiioana?」

怪物は意識の虚ろな優香を自分の前に吊して何かを考えるかのようにくるくる回す。

そして、右足を触り、何かを思いついたかのように顔をゆがめた。

「やめろ・・・やめろ・・・やめろよ!!!!」

嗤った、そう、嗤ったのだ。今この瞬間、あいつが何を考えたか、俺には分かった、分かってしまった。

「やめろっつってんだろおおおおおおおおおおおおおお!!!」

気づいたら俺は手に持っていた剣を振りかぶって怪物に向かっていた。

めちゃくちゃに振り抜いたが、奇跡的に剣は怪物を軌道上に捉えていた。

ガン。

硬いもの同士がぶつかるような音が響く。

怪物は一瞬俺のほうを見て、興味なさそうに、そうして優香のほうを向き直る。

ボトッ。

大きくて柔らかい何かが、落ちる音がした。

ビクンッ、と一瞬優香の体が跳ね、ピタリと動かなくなった。

「ああ」

「あああ」

「ああああああああああああああああああああああああああああ」

パキッ

俺の中で、何かが壊れる音がした。

「aaa?」

怪物は興味なさそうに一瞬俺を見た後、触手のような物で俺を吹き飛ばした。





目の前で、訳の分からない戦いが繰り広げられる。

速すぎて、追い切れない。

俺は、何も出来ない。

近くに俺の剣が落ちている。

拾えば、俺も戦えるだろうか。

俺は、剣を拾いにいこうとして、けれど体に力が入らなかった。

足が、嘘みたいに重い。

まるで地面にへばりついているかのように、動かない。

「・・何だよ、これ」

何度も足をたたく。けど、どれだけ強く叩こうとも、痛み一つ感じなかった。

まるで俺の体じゃないみたいだった。

「なんだよ、なんだよ、なんだよ、なんなんだよ!」

次第に俺は諦めて、ただ、うなだれて戦いを見る。

「なんにも・・・なんにもできねえじゃねえか!」

座って、うずくまることしか出来ない俺は。

何も出来ない俺の存在価値は。

「・・・なんなんだよ・・・」

うなだれる俺の耳に、かすかに声が聞こえた気がした。

「うるせえよカス、邪魔だ」

衝撃を感じて、気づけば辺りの景色がものすごいスピードで流れていった。

意識はそこで途切れた。





気づけば、白い天井が見えて、ここが病院なのだと理解した。

俺の体は、恐ろしいくらい無事で、一瞬安心した。

一瞬安心した直後に、記憶を思い出して、自分が嫌いになった。



―――――



俺は多分、犀介の葬式に来ていた。

多分、てのは、俺の意識は曖昧で、自分が何をしているのかよくわからなくなっていた。

わからないけど、大人に連れられて、制服を着て、連れてこられた。

「犀介!犀介!犀介!」

泣き叫ぶ声が聞こえる。

あれは確か、犀介の母親だろうか。

曖昧な意識で、そんなことを考える。

「ああああああああああ!!!」

泣き叫ぶ声が聞こえる。

人は少なかった。

よくわからないが、犀介の葬式はすごく少数で行っているみたいだ。

みんなが列に並ぶので、俺も並んだ。

「なんで蓮介なの、なんでうちの子なの・・・」

犀介の母親の声が聞こえる。

俺は下を向いたまま、何を言うことも出来なかった。

「犀介じゃなくて、あなたが…」

何も、言えなかった。

俺はただ、下を向いたまま、無表情でその場を離れた。

「私、何を? ああ、違う、違うのよ! 今のは、違くて…!」

そこから先は、あまり覚えていない。





「心拍は安定しています。」

「体は正常です。しかし、意識が戻らない。」

「おそらく、精神的なストレスでしょう」

「最悪の場合、このまま意識が戻らない可能性もあります」

「人間にとって、四肢の欠損というのは相当なストレスです」

「意識が戻っても、今までと、同じ精神状態でいられるとは…限りません」

「お力になれず、申し訳ありません」





あれから、何日経っただろうか。

もう何日も何も食べていない。

水だけは、どうしても飲みたくなって、ほんの少しだけ口に入れた。

こんなになっても、俺の体は生きようとする。

気持ち悪い。

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

何も、考えられない。

思考がぐるぐるしている。

頭に浮かぶのは同じ光景。

穴の開いた腹。ちぎれた手足。

おびただしい量の血が、雨に流されてー-

「おおうえええ」

嗚咽が漏れる。

何度吐いたか分からない。

もう俺の胃の中は空っぽで、ほんの少しの胃酸すら出てこない。

自分の手を見る。

痩せ細った、弱々しい手。

瞬間、手が赤く見える。

血の感触がよみがえる。

「ああ、あああ、あああああああああ」

頭をかきむしる。

「俺じゃ無い俺じゃ無い俺じゃ無い俺じゃ無い俺じゃ無い」





ある日、誰かが俺の部屋にやってきた。

そいつは耳元で、ささやくようにこういった。

「君一人が背負う必要なんてあらへんよ。人間は何でもかんでも背負える風には出来とらん。逃げてええよ、辛いことからは目背け? 今日から君は生まれかわるんや」

白い服、甘い香り、優しい声、まるで天使のような男がささやく。

そして、その日から俺はー-


『この先はまだ、覗いたらあかんよ?』





その日は、雨が降っていた。

人気のない廊下で、俺たちは向かい合う。

俺たちの手には、あのころと変わらず剣が握られている。

変わったのは、背が伸びたのと、この剣は、相手を殺せる剣だということ。

「…ありがとう」

俺は犀介に向かって、言う。

「俺は一生、お前の親友で、お前は一生、俺の親友だ。…だから俺は、お前を殺す」





2024年7月7日、その日を境に日本は戦場となった

九州の地に突如として現れた巨大な生命体

多くの被害を生み出したソレに対し、為す術の無い日本政府

しかし、突如現れた一人の少年によって事態は急変する

災害討伐の衝撃と共に少年は二つの未来を告げる

一つ、災害は日本各地に現れ、今回のように強力な個体が出現する「波」があと6回起こる

一つ、これら災害に対抗するための鍵となるのは、14才の少年少女である

その日を境に各地に出現する未知の生命体、2月の第二次進行、次々と報告される14才の異常な運動能力上昇

懐疑的だった政府を動かすには十分すぎる証拠だった

そうして2025年4月、天使に対抗するため、日本各地に政府による対天使戦闘の技術を学ぶ特別学校が作られ、当時14才だった少年少女は半強制的に入学、国民を護る兵器として、戦闘能力を高めるための特殊なカリキュラムを履修することとなる

これが未知の脅威に対抗するために日本政府が打ち出した人類最後の希望、対天使用人間兵器養成プログラム、通称『セッサタクマ×プロジェクト』の始まりである

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