第2話 まったり時間

  ***



「ゆーん」

「わ、ぷ!」


 今日は國頼くんの部屋でだらだらとしているわけだが。洗濯物を終えた彼が横から抱き付くように体を寄せて座る。

 昨日から彼の部屋でお世話になっていて、引き続き朝から彼と一緒に過ごして落ち着いたら外に出る話になっている。欲しい物があるそうだ。


「なに読んでんの?」

「ここにあった雑誌です、國頼くんも読むんですねぇ」


 閉じて表紙を彼に向けてみせた。彼は「ああそれ」と買ったときの記憶を手繰っているようだった。

 雑誌を購入して読む印象がなくて、けれどそうすると髪型やファッションの流行はどこから仕入れているのか? という気もするが、ともかく彼の部屋にメンズのファッション雑誌があるということが不思議だった。


「読むけど買わないよ」

「へ?」


 ならばこれは……もしかして?

 私が疑いの目で彼をみると、アキが、と彼が心外そうな顔をした。どうやら犯罪を疑ってしまったのが伝わったらしい。

 買わないけどここにある、というのが現象としておかしいことを、わかってほしい。私はなにもおかしいことは考えていない。


「ゆんも会ったことあるでしょ。アキだよ、自分が読み終わったら俺んとこに捨ててくの」

「アキさんが……」


 アキさんとは彼の同級生で親友の位置にいる人だ。本名は……なんだったっけ、あき、がついていたはずだ。

 会話の端々に出てくるので私もアキさんの友人になった気がしているが、前述の通り名前は思い出せない。彼が、自分の友人に合わせるのをことごとく拒んでいるのだ。別に減らないと思うが彼なりに何かこだわりがあってそうしているのなら、まあ、必要になれば改めて機会を設けれくれるだろう。

 彼と同級生ということは年上で先輩であり、知り合いというにも現実会ったのは二回……三回ほどで知り合いというのもちょっと憚れるくらい。

 ぼやぼやっと顔が浮かぶもはっきりはしない。たしか、眼鏡をしていた……のは伊達って話だっただろうか。

 カラメルソースをたっぷりかけたプリンのような髪色で少し遊ばせてはねた短髪に、メンズ雑誌に居てもおかしくはないようなスラリとした細身でありながら、山登りが好きだとしょっちゅうそこかしこの山に出掛けているという、アクティブな人だったはずだ。会う機会はそうそうないのかもしれない。


「俺の部屋、アキの物もたくさんあるよ」


 いって、彼はアレとかアレとか、と指差していく。ついでに私の身体にべっとりともたれかかってくるのは甘えたい気分だからだろうか。

 彼はアキさんの話をするとき、大抵機嫌がいい。お互いに信頼して好き合っているのがわかる。

 もちろん、ここは彼が個人で借りている部屋であり、アキさんは遊びに来る程度だという。そのわりには同棲でもしているのか疑いたくなるほど、アキさんの不要になった私物で溢れていた。


「アキさんは物を捨てられない人ですか?」

「どうだろうねぇ。俺の部屋に捨て置いてくってことはそういうことなんだろうね」


 定期的に俺が捨ててるけどね、と話している間手持ち無沙汰になったのか、彼は私の髪を指でくるくるいじり始めた。

 ふわふわと髪が動いて少しくすぐったい。

 國頼くんは、付き合うようになって一層スキンシップが激しくなったように思う。と、そんなことを以前親友や今も連絡を取り合っている高校時代の手芸部の先輩に相談ともいえないが話してみたら、なにやら生温かな空気になったのだけれど、え、もしかしてスキンシップは元々激しめでしたか?


「で?」

「ん?」

「ゆんはどんな髪型とか服が好みだった?」

「えー……」


 彼は私が脚に立て掛けていた雑誌をぱらぱらとめくった。

 こういう合わせ方もいいなぁとは考えたものの、彼は彼自身で自分を最大限よく見せる服や髪型を選んでいるので口を挟むのは差し出がましい気がしてしまう。


「私は國頼くんの普段も好きですよ? 似合ってると思います」

「ありがとー。で? この中にはいいなって云うのはなかった?」


 彼はにこーっと笑う。なんとなく、答えなければならない圧を掛けられているみたいだ。

 今以上の私の答えに期待をしているようすで、どうしても聞きたいらしい。しかたがないから彼の手からページをとって、ぱらぱらとめくる。


「こういう感じは好きだなーと思いましたけど、國頼くんと方向性が違うかなって」

「ふぅん……」

「普段の國頼くんの服装をみるに、これとかは、似合うんじゃないかなって思いましたけど、おもいっきり私の好みなので着たらそんなに似合わないかもしれません」


 反応があまり芳しくないので、ちょっとだけ希望も告げてみる。想像で当てはめてみるのは、お金がかからないし許してもらえるだろう。

 彼の目がちょっとだけキラキラして、ぱちぱちと、シャッターを切るようなまばたきをした。


「ゆんはこういうのが好きかー」

「え、はい。でも、さっきも言いましたけど、國頼くんは國頼くんの好きなものを着ている方がいいと思いますし、そんな姿の國頼くんが私は好きですね」

「…………そっかー! そーっかー!!」


 一瞬ぽかんとした彼が、いっそう嬉しそうにしてがばっと抱き付いてきた。急すぎる。

 昂ると外も内もあったものではない彼の抱き付き癖である。

 言わずもがな、結構な力で締め付けられるので、毎回私は照れ隠しのように抗っているがわりと本気なのだ。まるで伝わっていないようで、彼の気が済むまで終わらないのが玉に瑕である。


「く、國頼く、くるし」

「ふふふ……ふーん! そーっか、そーっかー!」


 彼が子どもみたいに、私の肩に首筋にぐりぐりと顔なのか頭なのかを押し付けてくる。世の人はこれをマーキングと呼ぶのだろう。

 なんだかとても嬉しそうだなぁ、なんて。私もそわそわしてしまう。


 落ち着くまでの間に、ころんと横に倒されたりうにゃうにゃしたりと三十分ほどを消費したけれど、お昼までにはなんとか出掛けることができたのでおおよそ予定通りではないかな、とそんな日だった。

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