第3話 姿を見せないだけの、幽霊部員

 ウワサ話と痕跡だけで、確かに存在している幽霊部員の先輩がいる。

 でも待ってほしい、ウワサ話がでることは幽霊としてはありだろう。でも痕跡を残すってどういうことだと話を聞いてみたら。

 パッチワークの担当区画をものすごい勢いで完成させて、調理の時はやりかけてどこかへ行ってしまうってそれ、幽霊じゃないでしょう。実在してますよ。


 けれどおかしなことに、新入生五人。いまだにそのウワサの加瀬先輩の姿をみたことがない。



  ***



 高校に入学してはや三ヶ月。学校生活にも慣れだし始めた頃。

 先生には日直ということでプリントをクラスの人数分作成する手伝いを申し付けられ、それを終えて部活動の教室へと急いだ。今一番楽しいのが、部活だ。

 そうしてそこで、先輩や同輩と楽しく活動できることに、私はこれこそが高校デビューというやつだ! とひとり盛り上がっていた。


 部活動は基本的に自由参加で、一度は必ず入部しなければならないということもなく、バイトに行きたい人や興味がない人は帰宅部だし、入部しても実質幽霊部員の人もいる。

 私は手芸部に入り、部の先輩や同級生と楽しく手を動かしていて毎日楽しくすごしていた。


 手芸部として家庭科室を解放してもらっているが、時々顧問の先生立ち会いのもと、お菓子を作ったりもする。

 手芸部に入ったつもりが実際は、家庭科部だった、というやつだ。


 そんな中に、幽霊部員として存在していたのが、そのとき三年生の加瀬國頼さんだった。

 この頃はまだ存在を認知していないし先輩と言うこともあり、加瀬さん、と呼んでいた。おそらく本人に出会ったら、加瀬先輩、と呼ぶだろうと思っていたけれど、何故かそしていつのまにか、私だけは名前で呼ぶようになっていた。きっかけが思い出せないので、なかなかにムズムズする。

 名前とウワサ話に聞く人間性と人物像で想像を膨らませていたが、やっとそれが打ち消されて新しく書き換えられたのは夏休みに入って少しした頃だった。


 加瀬さんは幽霊部員ながら、定期的に部活に現れて痕跡を残していく、という厳密には幽霊じゃないんじゃないかと疑問を残す、私にはウワサに聞くばかりの人であった。

 三ヶ月経ってそこそこウワサにも聞くが、さっきまでは居たという調理のしかけやパッチワークの担当箇所を終えたものを残していくような、私含め一年生の五人に存在を知られていないような人だった。


「別に、悪い人でも怖い人でもないけどねぇ」


 顧問の先生も先輩方も、軒並みその評価である。

 一年だけ姿を目撃できないというのは、逆にいえば、一年だけが避けられているということではないだろうか。


「私たちもなかなか慣れなかったよ。加瀬くん、気遣い屋というか人見知りなところあるし」

「ときどき、心読まれたかなってなるときあるよな」

「あるー! たぶん、あたしたちが顔とか大声で出しすぎなんだろうけど」

「不思議な人だよね。パッと見はやんちゃしてそうなのにね」

「ヤンキーが実は心優しい、みたいなね」

「それはマンガだけでしょ。でもわかるなー。人当たりはいいし、この間見掛けたとき私服かっこよかったよー」

「えー! 私服ってレア中のレアでしょ!!」


 だなー、と先輩方はそれぞれ言い合っている。これも定期的に、主にウワサの加瀬先輩が姿を現した時に行われる会話だ。

 だから、私たち一年の中で、幽霊で気遣い屋で人見知りで、やんちゃっぽくて、私服が似合っていて見られればレア、それから手先が器用な先輩という分かるような分からないようなほわほわとした人物像のまま、一年の四分の一は終わってしまった。

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