余命宣告

@cafe_mocha

余命宣告

「検査の結果が出ました。大変申し上げにくいのですが、かなり厳しい状況

です」


 医者は顔をしかめながらK氏にそう切り出した。K氏の方も、検診の結果

があまりよくないことは医者の雰囲気から何となく察していた。


「自分の体のことです。覚悟はできているつもりです。先生、もったいぶら

ずにおっしゃってください」

「分かりました。単刀直入に申し上げますと病気がかなり進行しているよう

でして、長く見積もっても余命は一か月ほどかと思われます」


 余命一か月。それはK氏が予想していたよりも遥かに短かった。もう少し

長ければ悲しい気持ちにもなっただろうが、一か月と言われると実感が湧か

ないもので、気分は妙に落ち着いていた。


「そうですか。そんなに短いとこれから何をして生きていけばいいのやら。

先生は私のような患者もたくさん診ているのでしょう。皆さんどんなことを

するのですか」

「今までやりたかったけどできなかったことをされる方が多いみたいですよ。

ノートに自分がやりたいことをリストしていって、それを一から順々に実行

していくとか」

「やりたいことと言ってもなあ。たとえばどんなのです」

「目一杯の贅沢をしてみたりですとか」

「はあ、贅沢ですか」


 K氏は贅沢とは無縁だった。お金がなかったわけではない。若い頃に事業で成功を収めた彼は、莫大とは言わないまでもそれなりの富を築いていたが、一方で倹約家でもあった。大きな買い物をしようとしたときもあったが、将来のことを考えるとどうしても不安になってしまい、お金を使う気が失せてしまう。


 しかし、余命がわずかとなると話は別である。お金を使うことをためらう理由もなくなれば、もはや我慢する必要はない。病院から帰宅すると、早速K氏は医者に言われたとおりにやりたいことをノートに書き連ね始めた。毎朝、高級ホテルのビュッフェを食べるのはどうだろうか。日本中の観光地を巡っておいしいものを食べ、温泉につかるのもいい。そうやって彼は思い浮かんだことを片っ端からノートに書き入れていった。


 そしてそれから一か月の間、K氏はやりたいことをノートの端から端まで実行していった。堅かった財布の紐もとうとう緩み、病気のことなど忘れて残された時間を存分に楽しんだ。


 余命宣告を受けてからそろそろ一か月が過ぎようとしていた。しかしK氏は一向に元気であり、死の予兆らしきものは全くなかった。不思議に思った彼は、再検査を求めてもう一度病院を訪ねた。


 医者は再検査の結果に驚いた様子だった。

「私もにわかに信じがたいのですが、病気の進行が止まっているどころか、ほぼ完治しているようです」

「本当ですか」

「ええ。きれいさっぱりなくなっています。Kさんの普段の行いが良いから、きっと神様も味方してくれたのでしょう」


 既に死を覚悟していたK氏はまたもや受けた突然の宣告に混乱し、素直には喜べなかった。もちろん死なずに済んだのは良いことだが、果たしてこの一か月間は何だったのだろう。狐につままれたような気分だった。


「それにしてもこんなことってほんとにあるんですね。余命一か月だった患者の病が自然に治るなんて」

 と、検査を担当した若い看護師はK氏が退出するなりつぶやいた。

「まさか、彼は最初から健康体そのものでしたよ」

 予想だにしていなかった医者の返答に、看護師は食い気味に聞き返した。

「どういう意味ですか」

「どうも最近はお金を持っているのにもかかわらず、貯蓄しているだけで使わない年配の方が増えているようでしてね。しかし、それでは経済は回らない。そこで政府の方からたびたび依頼が来るのですよ。お年を召した方には時折嘘の余命宣告をするようにとの依頼が」





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