第五話『激突する一等星』その4

  思えば、あっと言う間の出来事だった。


 人にはそれぞれ、生きていれば必ず出会う、灼熱しゃくねつの瞬間というものがある。

 その情熱にうかされて、ときに人は、自らが思いもよらないほど愚かな真似まねをしてしまう。

 

 だがそれは、永遠には続かない。焼けた鉄を水没させるように、時間は人の一生から、一瞬のうちに熱を奪い去っていくからだ。

 

 初めて刀を手にしたあの日から、百年以上たった今でも、東条の中では鋼のかたまりが燃えている。

 それは己の剣の完成という、彼のいだ途方とほうもない目的への推進剤だった。


「おおぉおぉぉぉぉおおおおッ!」


 山が震えるような雄叫おたけびで東条がり出した一撃は、洞窟最後の入り口を完全に破壊していた。霊気をめぐらせた刃が岩肌を削り取り、さらに岩壁の隙間をって伝わった残りの衝撃が、元々ゆるくなっていた地盤の一部を崩落ほうらくさせていく。


 手元に残った唯一無二の愛刀、刃渡り三尺の備前長船長光びぜんおさふねながみつを構えた東条は、短く呼吸を整えた。


 他の出口は事前に爆破済み。刀仙は勢十郎を洞窟に生き埋めにして、残った竜の鍔を地中から回収するはらだった。

 事ここへ至っては、さすがの東条も自身の痕跡こんせき隠蔽いんぺいするのは諦めていた。


 ところが、どういうわけか彼の命を狙っているはずの法力僧達が、率先そっせんしてこの戦闘の隠蔽工作に奔走ほんそうしていると知り、東条はそれを利用させてもらっている。法力僧の一個中隊が張る強力無比な結界によって、たとえ山ごと吹き飛ぶような事態になろうとも、今夜は一般人に異常が悟られる心配はない。


 東条は素早く長光を納刀のうとうし、ふところからPDAを取り出した。そしてあらかじめ仕込んでおいた大量の爆薬で、人が逃げ込めそうな空間を片っぱしから発破はっぱしていく。


 放っておいても、大槻勢十郎はいずれ酸欠で死ぬだろうが、金にがめつい法力僧達がいつまでも大人しくしている保証はない。刺せるとどめは確実に刺すのが、東条の流儀だった。


 常人ならば洞窟の出入口をふさがれた時点でパニックを起こし、今の爆破で落盤らくばんに巻き込まれてあの世行きである。


 だからこそ東条は、崩れ落ちた洞窟がまさかなどとは、予想もしていなかった。


「ッッ!?」


 先の戦争では白兵戦だけでなく、塹壕ざんごうの爆破処理もこなしていた東条が、よもや起爆タイミングを間違えるはずもない。彼はとっさの判断で、飛来する石礫いしつぶてを長光に込めた霊圧で吹き飛ばし、地中から現れた赤ジャージの少年を目に留めた。


「まったく……、お前にそっくりだよ。八兵衛」


 そう呟いて、刀仙は最後の愛刀を構え直した。


◆     ◇     ◆ 

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