第四話『彼らの秘密』その1

 法力僧達は、大花楼の門前に現れた大槻勢十郎の姿に、言葉を失った。


 霊的危険地帯である七期山を、なんの装備もなしに踏破とうはしてきただけでも異常なのに、あまつさえ、石灯籠を担いで街からやってきたと聞いたときには、全員が彼の正気をうたがったものである。


 屋敷を囲む竹林にキャンプを展開していた法力僧達は、疲労困憊こんぱいの勢十郎を発見し、さらに石灯籠に掛けられた結界までも解いてやった。マネー第一が信条の彼らにしてみれば、まさに異例尽くしの措置である。

 

 それもこれも、この地を取り仕切る若い法力僧が、この赤ジャージの少年の身柄確保をかたくなに主張した為だった。


「……まったく、信じられない馬鹿力だね」

「ほっとけ」


 与えられた携帯食料を頬張りながら、勢十郎は命の恩人に口を尖らせた。


 七期大社の神職を担う松川家、その長子である切絵は、法力僧が集うこのキャンプの中では大きな発言力を持っているらしい。彼女の鶴の一声がなければ、勢十郎はこうして手厚い保護を受けるどころか、テントの外で軍事作戦中の男達に始末されていたかもしれない。


 かくして、勢十郎は二時間ほど事情聴取を受けていた。ジャケットにカーゴパンツという、ミリタリースタイルで尋問を続けていたクラスメイトも、今は例の石灯籠を呆れた顔で眺めている。


「いくらなんでもタフ過ぎるだろ……。君、本当に人間なのかい?」


 勢十郎の運んできた石灯籠は、高さが二メートルほどのものだった。が、その重さは五百kgを下るまい。増筋ぞうきん手術を受けたサイボーグ、というならまだしも、断じて生身の人間が持ち上げられるような代物ではなかった。


「刀仙にさらわれて、生きて帰ってきただけでも驚きだよ」


 切絵は勢十郎に気付かれないよう、テント内の簡易デスクに霊圧計を忍ばせていたのだが、モニターにはやはり常人以下の数値しか表示されなかった。詮索せんさくを諦めた彼女は、事のあらましを彼から聞き出すため、こうしてテントに招き入れている、というわけだ。


 勢十郎は空になった携帯食料のパックを、物足りなさそうににらんでいた。


「松川。まだ、大花楼には入れねえのか?」

「まぁ、もう少し待ちたまえ。霊気探査たんさには時間が掛かるんだよ」


 切絵は数珠型じゅずがたユニットが採集してきたデータを吸い出して、せっせとPDAに入力していく。これだけの超技術を持ちながら、細かい部分が自動化されていないのも奇妙な話だった。


「しかし、よくよくトラブルに縁があるね、君」


 東条のモノガミである狐面とゴーグル少女は、大花楼に現れた後、実体化したまま七期山を去っていったらしい。遅れて到着した法力僧達は、現在霊気探査によって彼らの行方を追っている。


 現場に残された霊気は、人間でいえば呼吸のたびに体臭混じりの二酸化炭素を排出しているようなもの、という話であった。


 勢十郎は東条がアジトにしていた旅館の場所を供述したが、あの男がいつまでも同じ塒に留まっているわけがないと思っていた。それよりも、自分がどうしてまた大花楼に戻ってきたのか、その理由を探すほうが彼には重要だった。


 たしかに大花楼は襲撃を受けた。だが、それを心配してやる義理など勢十郎にはないのだし、あれだけの啖呵を切った手前、のうのうと顔を出すわけにもいかない。

……はずだった。


「……もう、ここにはこないと思ってた」

「ああ、俺もだよ」


 石灯籠を掴み続けた勢十郎の手の平は、マメが潰れ、指先までボロボロだった。全身にかかった負荷も絶大で、しばらくは筋肉痛に悩む日々になるだろう。


 用意されたコーヒーはブラックで飲みづらかったが、マグカップを平然とかたむけるクラスメイトがひどく大人に見えて、勢十郎は文句を付ける事ができなかった。


「本音を言うと、私は君に戻ってきて欲しくなかったよ、大槻君」

「……どうして?」

「君にはもう、モノガミや刀仙に関わって欲しくなかった。法力僧の私がいうのも妙な話だけど、君が思ってる以上にこの業界は汚いよ。法力僧は金の為、刀仙は刀の為、社会へ迷惑をかけている。どいつもこいつも、自分勝手な連中ばかりさ」


 切絵は殊勝しゅしょうな言葉を使っているが、要約すると、「仕事の邪魔だ」と言いたいらしい。


「悪いな。俺もたぶん同類だ」

「あのねえ……」


 茶髪のクラスメイトが額を押さえたところで、テントの入り口が開かれた。威風堂々いふうどうどうと現れたアフリカ系の大男は、甲斐甲斐かいがいしく一礼し、白い歯を覗かせる。


「マスター・キーリ。スキャンが終了しました」


 男の流暢りゅうちょうな日本語に驚きながら、勢十郎は少しだけジト目になる。


「お前、マスターとか呼ばれてんのか……」

「は、恥ずかしいから、やめるように言ってるんだけどね。彼ら、そういう指示はちっとも聞いてくれないんだ。……もう帰っていいよ、お疲れ様」


 そう言って赤面する切絵が、勢十郎には少しだけ新鮮だった。


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