第二話『ハレ、時々、ケ』その4
午前授業を終えただけの、放課後。
勢十郎はスーパーカブをカッ飛ばし、市役所を訪れていた。
八兵衛が残していった大量の日本刀は、公的機関で所有者の変更手続きを受けないと、国の管理下に置かれてしまうそうだ。
学生は勢十郎だけだったが、役所の中は大人達で込み合っている。
簡単な手続きかと思いきや、複数の担当課をたらい回しにされるという
ようやく最後の書類を提出し終えたのがおよそ十分前。彼は今、市役所内のカフェテラスで遅めの昼食を
『それは、どのような味なのでしょう?』
黒鉄が素朴な疑問を
「おい、静かにしてろって。周りの客に怪しまれるだろうが」
『では実体化すれば良いので?』
「いやいや、この場じゃまずい。何もねえとこからいきなり忍者が現れたら、パニックが起きるに決まってる。それぐらい分かるだろ?」
『ええ。そうですね』
「お前なぁ……」
やはり理解した上でやっているらしい。勢十郎はきれそうになった。
「――なにブツブツ言ってやがる。赤ジャージ」
聞き覚えのある
勢十郎は思わず頭を抱えてしまう。婦警はウエイトレスの案内を待たず、一直線に彼の席まで歩を進めると、公衆の面前で堂々と手錠をちらつかせた。
「小僧、昼間っからしゃぶしゃぶたぁ、いい度胸してんじゃねえか? ん?」
「眼科に行け。どうみてもパスタだろうが」
「うるせえ。てめえ今、絶対にクスリをキメてただろ?」
「ひ、独り言だ。ほっといてくれ」
我ながら苦しい言い訳だ、とは思いつつ、勢十郎は婦警の質問をやり過ごす。
この人物こそ、昨日勢十郎を七期大社で逮捕し、駐在所へ連行した張本人である。
クリームパスタは冷め始めており、勢十郎は安らかなランチタイムを諦めた。問題の婦警――
ただでさえ、実体化していない黒鉄と行動を共にしている勢十郎は、下手に
「ほかの席空いてますよ。どっか行ってくださいよ」
「それが年上に対する態度かてめえ」
「ちゃんと敬語使ってるじゃないですか。警察って忙しんでしょ? いつも俺たちの平和を守ってくれて感謝してます。だからどっか行って下さい」
勢十郎の絶妙な気遣いは、だが神崎巡査には通用しなかった。
「大槻だったな。松川さんから話は聞いてるぜ。宮戸高校に転校したんだって?」
「耳が早いっすね」
「話が早いのさ。宮戸っていやぁ県内屈指の進学校じゃねえか。周囲との学力差に追い詰められた不良が、同級生からカツアゲした金で薬物に手を染めた……。シナリオとしちゃ、そんなところか」
「あんた、どうしても俺をジャンキーにしたいんだな」
頭が痛くなってきた勢十郎は、コップの水を飲み干した。
駐在である神崎がこの場にいるという事は、仕事中に違いない。
パトロール中の警官は基本的にツーマンセルでの行動が義務付けられているので、当然今日も、あの中年警官が同行しているはずだった。幾度となく職務質問を受け続けてきた苦い経験から、勢十郎はそれを察する。
「相方を待たせてるんじゃないですか? 神崎さん」
「相方ぁ? 何の話だ?」
「……昨日のおっさんだよ、今日は一緒じゃないのかって話」
「だから誰だよ? ああ、あれか、昨日駐在所に来てた宮戸高校の用務員の話か。……ん? まてよ、確か――おわっ!?」
ちょうどその時、ウエイトレスがトレーに乗せたカフェオレを、誤って神崎の制服にぶちまけてしまった。
「も、申し訳ございません! お客様!」
「だーっ! 冷てぇえええっ!」
本来なら紳士的に手伝ってやるところだが、勢十郎はこれ幸いと、シミ抜きをはじめた神崎のそばから離脱する。去り際に、ウエイトレスにパスタの代金を握らせるのも忘れなかった。
「……サンキュな」
『……お困りの様子でしたので』
カフェオレが配膳される直前、一瞬だけ実体化した黒鉄が、ウエイトレスの足を払いのけたのを、勢十郎はちゃんと見ていた。それも、周囲の客の視線から、まったくの死角になるタイミングを見計らっての
これから始まる彼女との共同生活も、この分ならなんとかなるかもしれない。まんまと市役所を抜け出した勢十郎は、駐輪場からスーパーカブを発進させた。
こうして、彼が気づくべき違和感は、すっかり忘れ去られてしまった。
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