第一話『蛮族達の午後』その1
――――
視界から背景が消し飛ぶほどの衝撃に、少年は息を詰まらせた。
今、彼の目の前にあるのは、この世のどこにも存在しないはずのもの。
しかし、その姿を見た者に印象を残すのは、前述した顔の造形でも、
彼女の本質を映し出す、濃紺の瞳から放たれる輝きだ。
そして、この少年もまた、その輝きの犠牲者であった。
◇ ◇ ◇
晴れ渡る空の
エコカーが車業界のシェアを
「――、いやあ、災難だったねえ」
ハンドルを握る中年警官は、くわえ煙草のままで
車の中にはしっかりと爆音と振動が伝わっており、とても会話が成立するような状態ではない。……はずが、運転手と同乗者は構わず話を続けている。もちろん、彼らが互いの話を適当に聞き流しているからこそ、可能な芸当だ。
「引っ越してきたばかりじゃ、道なんて分かんないよねえ。
「笑い事じゃねえだろ、おっさん……」
ナビシートから返ってきたのは、少し低めの声だった。
年の頃は十五、六といったところだ。だらしなく前を開けた赤いジャージの下に黒のTシャツ。ジーンズは洗いざらしだが、スニーカーからバッグにいたるまで、スポーツメーカーで統一されている。ところがそれらを着こなすのは、スポーツマンシップなど生涯
日に二本しか出ない山道バスに、この少年が乗り遅れてしまったのが、すべてのはじまりである。
G県の一角を
このあり得ない対応には、少年も大いに不満だった。
「……なぁ、あの頭がぶっ飛んだ女は、マジで
「こんな田舎の駐在にしとくのはもったいないよ。彼女、やる気あるからねぇ」
たしかに
神社に現れたエキセントリックな婦警によって、問答無用で駐在所へ連行された赤ジャージの少年は、その後、事情聴取とは名ばかりの極悪な尋問を受けていた。ところが、少年の気の強さが
「でも別に、不良ってわけじゃないんだよね?」
「顔できめつけんな」
結局、尋問開始から二時間後に駐在所へ戻ってきたこの中年警官の計らいで、少年は解放されたわけである。
ただし、いまだに手錠は掛けられたままなのだが。
「つーか、逮捕するかよ!? 普通!」
「そりゃあ仕方ないよ。こんなド田舎で『ウチの
「お前ら二人とも、
凶悪犯こと、
GTRのタコメーターは50から100km/hをせわしなく行き来している。
法定速度などという概念は、ハナから存在していない。駐在所を出てすでに四十分。この中年警官が「家まで送ろうかあ?」と言ってくれなければ、間違いなく勢十郎は野宿する羽目になっていただろう。
防弾仕様の車窓から、勢十郎は春の峠道を眺めていた。
「なぁ、さっきから同じ景色が続いてねえか?」
「自然だけが取り柄のド田舎だからねえ。そういえばこの前釣りに行った時も、異常進化したブラックバスを見かけたよ。手も足も、こぉーんなでっかくてねえ!」
「説明はいいから前見て運転しろッ。それとハンドルから手を離すんじゃねえッ!」
血相を変えた勢十郎が男の顔を押し戻すと、パトカーはやっと蛇行を中断した。
縦揺れするパトカーの足下は、舗装道路から
「それ以前に家なんてあんのかよ? こんなところに……」
「あれえ? さっき、自分の家って言わなかったっけ? 赤ジャージ君?」
「だから前を見ろつってんだろうが……ッ! 今向かってるのは、じいさんの住んでた屋敷で、俺は一度も田舎に帰った事がねえんだよ」
「まぁ、最近の子はそんなもんだよねぇ」
軽口を叩き合う間にも、勢十郎の中にはじわじわと不安が広がっていた。
明日から毎日、この悪路を通って登校しなくてはならないのだ。
屋敷には祖父の愛用していたスーパーカブがあるらしいが、状態は確認するまで分からない。分からないが、両親の勧めに従い、原付の免許だけは取っておいた勢十郎である。
物思いにふける彼を現実へ引き戻したのは、パトカーの急停車だった。
「はーい。ここからは歩きだよ」
中年警官の軽い口調に
すると案の定、そこにはろくでもない光景が広がっていた。
日差しを遮る針葉樹と広葉樹の混合林は、人の手つかずのジャングルそのものであった。勢十郎の足元にうっすらと見えている獣道は、
しばし言葉を失った勢十郎だが、気を取り直し、赤ジャージの肩口にドラムバッグのベルトを食い込ませた。
「どーも、ありがとうございました。じゃ、そろそろ手錠を外してくれ」
「気をつけなよ。君の話通りなら、その家、今じゃ誰も住んでない『幽霊屋敷』なんだろう? 未確認生物の
「ああ。わかったから、手錠をはずせ」
「ばいばい~」
「…………」
勢十郎が無言で両手を掲げると、中年警官はようやくふざけるのをやめ、ポケットから鍵を取り出した。
「……外れたよ。じゃ、今度こそ気をつけて。世の中、悪い人だらけだからねぇ」
「うるせえよ、不良警官」
言われるまでもなかった。
こんなろくでもない人間が、公職に
それ以上何も言わず、勢十郎が山の奥へわけ入っていくと、一分とかからずに中年警官の姿は見えなくなった。
日も高い時間帯のはずなのに、ひどく視界が薄暗い。
……ところが、その十分後。
ジャングルをかき分けて竹林へ出た勢十郎の前に、とんでもないものが現れた。
「――、マジかよ……?」
うすく霧のたちこめる
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