モノガミ

腹音鳴らし

プロローグ『じじい、くたばる』

 みんなへ


 本題に入る前に、わしという男がいかなる人物であったのか、あらためて明記しておきたい。 

 この文書が存在するということは、アレがこうなってナニしたからであり、偉大なる一人のおとこが、この星から失われた事を示すものである。


 人一人が死ぬ、ということが、存外に大したものではないように思うのは、儂が実際にその立場にいるからだろう。ただしこの人生が、女運に恵まれた素晴らしいものであったことは、否定しない。自分でいうのもなんだが、儂は凄まじくモテた。


 天上天下に並ぶ者なしといわれた儂の美貌びぼうに、世の婦女子諸君らが熱を上げるのは、まこと無理からぬことである。

 しかし、儂は死んでしまった。

 大いなる人類の宝が、この世から一つ消えてしまったのだ。


 何かの本で読んだ一節に、『失うことを怖れてはならぬ』、というのがあった。

 この儂の死という、あまりにも大きな損失を、残された家族が悲哀ひあいをもって受け取るであろう事は、想像にかたくない。


……だが、考えてもみて欲しい。


 確かに儂は、過去、現在、そして未来において、二度と現れることのない大英雄である。

 しかし、神話における英雄の死とは、再生と調和を予感させるものであり、残された者への希望を否応なく想起させるものだ。儂を失う事が、残された家族の新たな希望になればと、切に願う。


 さて、必要不可欠な事とはいえ、多少前置きが長くなってしまった。儂の偉大さを思えば、むしろ短いくらいだが。


 ここいらで、読み手であるお前達に、『お楽しみタイム』をやろうと思う。


 ずばり、『


 無論、儂の血縁が遺産を受け継ぐのはごく当然の権利だが、だからといって一族共々、骨肉こつにくの争いをされてはかなわぬ。誰に何を与えるかは本書に明記しておくので、みにくい争いはけしてせぬように。


……とはいえ、早々に死期を悟った儂の事だから、この書面が第三者の目に触れる頃には、おそらく遺産と呼べる代物など、雀の涙ほどしか残っていないであろう。儂がつちかい、ため込んだ財産を、儂が儂自身のために使うのだから誰も文句は言うまい。


 そう思って、先日ラスベガスで貯金を使い果たしておいた。

 金の切れ目が縁の切れ目、とは言うが、儂の預金残高がないものと知るや否や、あからさまに素っ気なく振る舞うようになった不届きなやからが、少なからずこの血族の中にいたことを、儂は死んでも忘れん……。


 そして時がたつにつれ、徐々に周囲の視線も厳しいものになり、げ句「まだ生きてるの?」などと、厚顔無恥こうがんむちにのたまう者まで現れ始めた。これはお前の事じゃぞ、翔子しょうこ……。


 そんな中、我が長男である勘九郎かんくろうとその妻、桃子ももこさんは実に良くしてくれた。


 彼らは事あるごとに我が家を訪ね、身の回りの世話を焼いてくれたものだ。

 少々、やる気が空回りしている節もあったが――味噌汁の隠し味にトリカブトをチョイスしたり、風呂に濃硫酸のうりゅうさんを満たしておくなど、殺意にも似た優しさがみられた――、良い夫婦である。


 そんな彼らだからこそ、儂の『大花楼たいかろう』をゆずろうと思う。


 江戸時代より大槻家に伝わるあの屋敷こそ、我が最大最後の遺産に他ならない。無論、屋敷内の物品も、ことごとく勘九郎の物である。


 心清澄せいちょうなる者の手にゆだねる事が、『大花楼』にとって、またその者にとっても、最良の選択であることを信じたい。


――――『大花楼』と、そこに住まうすべての者達の幸せを願う。


PS


 余談だが、身辺整理を忘れていたので部屋の掃除を頼む。

 それと、押し入れの中の段ボール箱は、何も言わずに捨てて欲しい。後生ごしょうじゃ!



                              大槻おおつき 八兵衛はちべえ

プロローグ 終

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