ポイズン♡クリスマス

つくもゆ

ポイズン♡クリスマス

「メリークリスマス!」

 恋人くんが笑顔で俺に言ってきた。

 社会人の恋人くんと高校生の俺の出会いとか、付き合うまでの事とか話そうと思えば話せるけど、過去に囚われていても前に進めないだろう?

 つまりここで書くのは省く。 

 とにかく俺が何を言いたいのかと言うと、初めて恋人と過ごすクリスマスで、すっごく浮かれていたという事だ。

 親に友達の家に泊ると嘘をついて、俺は美人な恋人くんの家でいちゃいちゃして過ごそうとしていた。

 本当はイルミネーションを見に行く予定だったのだが、雨が降るというので急遽自宅でクリスマスを過ごしている。

 ボッチには耳を塞ぎたくなるような話だろう!

 わっはっは!

 いや、マジで俺もめっちゃ高笑いするつもりだったんだ。さっきまで。

 どうして高笑い出来なくなったのか。

 その原因は料理だった。厳密に言えば、恋人くんの作った料理。

 クリスマス定番のローストチキンだったと思われる、黒い塊。

 油断してた。美人で頭のいい恋人くんの事を、俺は完璧人間だとばかり思っていた。

「ちょっと焦がしちゃったんだけど、中身は美味しいと思うよ」

 分かる。俺だってたまに家事をするし、料理を手伝ったこともある。いろんな料理を焦がしてきたさ。だが、さっきから匂っているこれは、ただ焦がしただけの匂いではない。

 なんか、なんとも言えない匂い。

 たぶん、人が食っていい匂いじゃない……。

 なんなら毒入ってそうなんだが?

 こういう場合って、どうすればいいんだ⁈

 宇宙猫決め込みそうになるのを必死に耐えて、考えを巡らせる。

 しかし、偏差値四十の俺には難問過ぎた。

 俺は、苦肉の策に打って出る事にする。

「ちょ、ちょっとトイレ!」


 トイレに駆け込み、俺は便座に腰を下ろして、急いでLINEを開いた。

【急募! 恋人の料理を回避する方法!】

 一瞬にして既読がついた。

【甘んじて食え! このリア充!】

 これだから非リアは困る。

【胃薬じゃね?】

 他の友達が真面目に答えてくれる。非常にありがたいが、今からじゃ間に合わない。持ってないし。

【じゃあ、男気で食う】

 男気でどうにかなりそうじゃないんだって……!

【「料理よりお前が食いたい」で】

絶対笑われて終わる。

【もう仮病でよくね? お腹痛いで】

「う~ん……」

 俺は唸っていると、ドアがノックされた。

「トイレ長いみたいだけど、大丈夫?」

 恋人くんの不安そうな声がドア越しに聞こえてくる。

「ごめん、すぐ出るよ」

 俺は、なんだかやるせない気持ちでリビングに戻った。

「具合悪いの?」

 恋人くんが優しく微笑む。しかし、その眉尻は下がっており、なんだか切なそうだった。

「ちょっと……、お腹痛いかも……」

 俺は消え入りそうな声で言った。

 久々に嫌な嘘を吐いてる。

 こんな嘘を吐くのは小学生以来だ。

 嫌いなピーマンをポケットに隠して食べた振りをしつつ、「お前ピーマンも食えないのかよ!」とクラスの男子を馬鹿にした時以来だ。

 あの時はマジでごめんね、山田くん。でも、その後ポケットからピーマンが出て来て先生に怒られたから許して。

 おっと、脱線しちまった。

「お腹痛いなら、仕方ないね。あ、胃薬飲む?」

 俺に背を向けて、恋人くんがキッチンへ向かう。その声は、先ほどより元気がないようだった。

 本当にこれで良かったのか?

 食卓には、様々な料理が並べられていた。

 ポテト、アクアパッツァ、ミートパイ、ミネストローネ、デザートにはクッキーにブッシュドノエルまである。

 尚、全て暗黒につき。

 なんか、格好いい文章になった。

 つまり黒いって事は、全部手作りだという事だ。

 恋人くんは、クリスマスのために、すごく頑張ってくれたんだ。

 それなのに、俺ときたら腹が痛いなんて嘘を吐いて……。

 さっきの切なそうな表情を思い出して、胸がぎゅっとなった。

 クリスマスに恋人を悲しませて、どうするんだ。

 素早くLINEを開いた。

【やっぱり食ってくる】

 俺は、覚悟を決めた。

【骨は拾ってやるよ】

【爆発しろ!】

【墓掘って待ってる】

【墓石掘って待ってる】

【先に埋まって待ってる】

 う~ん、真ん中三人と友達やめようかな。

 先埋まって待ってるのもしんどいな。


 キッチンで、恋人くんは泣きそうな顔をしながら、チキンだと思われる暗黒物質にサランラップを掛けていた。

「待って。やっぱりお腹大丈夫だからさ、食べるよ」

「本当?」

「うん、一緒にクリスマスしよう?」

 そう言って、恋人くんを背後からから抱きしめる。

 襟足の長い恋人くんの首に顔を埋める。いい香りがした。これだけで白米三杯はいける。

「こ~ら、くすぐったいぞ」

 嬉しそうな声だった。

 あぁ、可愛い。俺の恋人くん世界で一番かわいい!

 すっごく幸せだな~。

 暗黒物質たちをテーブルに戻し、俺たちは食卓を囲んだ。

「メリークリスマス!」

 炭酸飲料の入ったワイングラスで乾杯する。(ただのソーダ)

 恋人くんが、暗黒チキンをナイフとフォークを使って取り分けてくれた。中身も暗黒だった。


 〈毒を食らわば皿まで〉


 なんか物騒な言葉が頭をよぎったが、この際無視する。

 本能が、これを食べるなと言っているのかもしれないが、無視する。

 鳥肌がするが、とにかく無視!

 匂いだけで吐き気を催すが(以下省略)!!

 俺は、暗黒チキンを口に入れた。

 ぱくっ! 

「うぐっ‼」

 口にした瞬間、肉とは思えない味がした。歯ごたえぶよぶよ。え、ナニコレ?いや

、ほんとナニコレ?

 そんな感想を思っている間に眩暈がして、血の気が引く。

 あ、なんかシャキシャキもしてる。

 遠くで、俺の名前を呼ぶ恋人くんの声が聞こえた。

 ごめん!恋人くん‼



「ふふっ、危ないと分かってるのに食べちゃうなんて、僕の恋人は本当に可愛いなぁ……」

 高校生の恋人君が、椅子からひっくり返ったのを見て、思わずくすっと笑ってしまった。

「やっぱり高校生くらいが一番健気で可愛いよねぇ」

 誰に言うでもなく、僕はそう言ってチキンを食べた。

 シャクシャクと、チキンからしているとは思えない歯ごたえを感じた。

「ふふふ……なんでこんなに不味いんだろう?」

 産まれてこの方一度も料理が成功した事がない。何が駄目なのか分からないまま、視界がブラックアウトした。

〈了〉

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ポイズン♡クリスマス つくもゆ @tarson13

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