アニメ 語る

恋花が、転校してきて一週間ほどが経った。

学内での僕の立ち位置は今だ変化はなく友達と呼べる人は恋花だけだ。しかも、恋花が転校してきた日に浅木と口論したことが原因なのかクラスからの印象は最悪だ。憎悪や嫉妬といった目を向けられあまりいい気はしない。でも、暴力や嫌がらせが無いだけ全然マシだ。恋花が欠席になることが何度かあり、仕事を優先しているのだろう。雫はというと、そんな僕の姿を見て心配してくれている。だが、教室内で僕と雫が会話しているだけでも良からぬ噂が飛び交ってしまう。拡散されるにつれ悪意により異なる情報を流されてしまう。

一緒に登校することは控え、nineでのやり取りで会話をすることにした。そんな毎日が続く中、4月中旬の夜のことだった。

課題を先に済ませ、今日一日の授業の復習をしていると手元に置いていたスマホから着信音がした。


「誰からだ?」


スマホを手に取り、電話の相手を確認すると「恋花」という漢字二文字が映し出されている。電話をすること自体久しぶりな僕は、一息入れて緑の通話ボタンを押す。


「......雅くん......ぐすっ....」


電話の向こう側で、恋花の声が震えていた。すすり泣きをしていて悲しみくれている様子だった。


「えっ...大丈夫?!何かあったのか?!」


恵香さんと話していたことが今になって最悪な事態を引き起こしたのか...胸騒ぎがした僕は、隣家の恋花に会いに行こうと立ち上がった時だった。


「ふわっか........」


「えっ?」


「ふわっかの.....最終話に感動しちゃって.........涙止まんないよ............」


「なんだ...そういうことか.......」


良かった~何かしらのトラブルに巻き込まれたのかと思った。

安心した僕は、肩の力が抜けて、体が緩んでいくのを実感しながらその場に座り込んだ。恋花が泣き止まないことには碌に会話もできないだろう。


「待ってね、早く涙止めるから...」


「いや、泣けるうちに泣かないと後々、辛くなるだけだから。気分が晴れるまで泣いた方が良いよ」


「でも......」


「僕なら、心配しなくていいよ。泣き止むまでずっと待つし、もしそれが嫌なら通話を切って後でかけなおしてくれれば大丈夫だから」


「ありがと...雅くん.........後出かけなおすね」


そう言い残した恋花は通話を切り、僕は折り返しがくるまで待つことにした。

ふわっかを見て泣いてくれたのは嬉しい。それに、今の彼女にとって泣くことは大事だ。泣くことなく感情を抑え続けることは、心理的な負担にもなりうる。だけど、泣くという行為によって、心の重荷を軽くしたりストレスの軽減にもつながる。正直これを意図してふわっかを教えたわけじゃないが結果的に彼女の為になった気がする。

10分ほど待っていると、また着信音が鳴り、今度は表示された名前を見ずにそのまま緑の通話ボタンを押した。


「もしもし、大丈夫?」


「うん、やっと落ち着いてきた」


「アニメは面白かった?」


「うん面白かったよっ!終盤にかけて展開がどうなるのかなって気になって気になってしょうがなかったし、ふわっかと主人公の絆が良すぎて全然飽きることなく見れたっ!!」


熱く語る恋花に僕は耳を傾け、話を聞く。これほどまでにふわっかのことを好きになって貰えているなんて思いもしなかった。そんなことを思いながら聞いていると恋花があることを思いついたのかある提案をする。


「そうだっ!今は無理だけどいつか、ふっわかのグッズを一緒に見に行かない?」


「そ、それって」


それを耳にした瞬間、僕はある言葉を思い浮かべてしまった。男女が二人っきりと言えばデートになるのだろうか?

いや、いやいやそれは僕の考え過ぎだ。友達でもあるか定かではないのに、デート何てあり得る訳ない。


「どうしたの?」


「あっ、いや、それってまるでデートみたいだなって思って」


「.....っ!」


冗談っぽく言ったら、恋花の声がしなくなった。

電話の向こう側では、恋花は頬を朱色に染め一人もじもじしている。そんなこととは知らずに僕は何度も呼びかける。


「い、嫌なら雫も誘えるけどどうする?」


「......み、雅くんだけが良いな」


「分かった。一緒に行こう」


「うん約束だよ」


この約束が果たされるのがいつになるかは分からないけど、アニメのことで語り合って、誰かと一緒に出かけることがこんなに楽しみになったのは初めてだ。


「あのさ、一回だけでいいから...ビデオ通話にしてよ」


「う、うん」


ビデオ通話に切り替えた途端思わず、目をそらしてしまう。


「どうしたの?」


「.....いや、何でもない」


画面の先にあったのは恋花のパジャマ姿と、可愛らしい部屋が映し出されていた。直ぐに視線を戻すと、勉強用の机に座って通話をしている彼女の部屋は、整理整頓されている。彼女は、小指を上げ画面の先に居る僕に向ける。


「雅くんも小指出して。」


「えっいきなりどうした?」


「通話中は、指切りできないけど、見せあいっこならって思って」


「なるほどな。これで良いか?」


「ありがと、合ってるよ。それじゃ約束破ったら、針千本飲ませるから覚悟してね」


「それはお互い様だろ」


「それもそうだね」


「また学校でな。おやすみ」


「おやすみなさい」


通話を切って直ぐにすべきことを忘れていたことを思い出す。

何に悩んでるのか聞くの忘れてた。

僕が彼女を守る為にできることは限られている。アイドルとして立つ、彼女のことは守れないかもしれない。だけど今みたいな、普段のアイドルでも何でもない普通の女の子としてなら守れる。

今までしたことなかった筋トレや、ネットから様々な情報を手に入れて来るべき事態に備える。

また、掛けなおすのは恋花に迷惑をかけてしまうかもしれないからやめておこう。

その日から、ライブがある月末まであっという間に時間が過ぎていった。

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