8話 Scared light ライブ 当日

連絡先を交換してから、ライブ当日の土曜日になるまであっという間だった。

恋花とは、あの日以来出会えていないが、nineで連絡を取り合えているからか、寂しいと言う気持ちは殆ど無かった。「今何してるの?」とか、些細なやり取りをしたり、恋花の練習風景を写真や動画で送られて来たりした事だってあった。友達のように、nineでやり取り出来ること自体も嬉しい。

恋花のファンがこれを知ったら僕は殺されるんだろうなー...

そんなことになりたくないと感じつつ朝の身支度を終わらせる。自転車の鍵を持って自室から出る。階段を降りて玄関で靴を履いていると後ろから姉貴が声をかけてくる。


「もう行くのか?」


「早めに行かないと混雑しそうだしな」


今から行くのがアニメイトや本屋では無く、東京ドームだ。大勢の人で賑わうだろうし、ドームの収容人数が55000人だ。しかもチケットが完売しているということは、最低でも5万人以上がドームに入る。正直、人混みは嫌いだけど、恋花の母親からの頼みであれば断れない。玄関の扉を開けて、庭に置いてあった電動自転車に乗り、30分の道のりを走る。

最初は見慣れた景色の中を延々と走っていたが、住宅街を抜けてからずっと高層ビルが立ち並ぶ道なりへと変化した。あまり遠出をしない僕にとって都会の景色は新鮮に思えた。

そして、今日このライブである事件が起きることを僕は知る由もなかった。





何事もなく東京ドームに着いた。駐輪場の止める場所を探したり、何処から入ればいいか道に迷ったが、最終的には自分の座る座席を見つけ出すことができた。グッズを買う暇はあったんだが、長者の列を目の当たりにした瞬間即座に並ぶのを諦めた。入場ゲートを見つけるのすら困難でチケットやドーム内に入れたのはライブ開始10分前くらいだった。

ここにくるまで警備員とイベントスタッフの案内や、一人一人の会話が何十にも重なってうるさかった。イヤホンでも持ってくるべきだったと後悔したが、ライブ会場に入ってみるとそんなことはどうでもよくなっていた。あたりを見渡してみるだけでも無数の人や座席、美しく見せるためのデコレーションがあった。思わず声を上げてしまいそうになるくらいの衝撃だった。アリーナ席まで移動し座席を見つけ何とか間に合わせることが出来た。思っていた以上に前列の座席で無料で貰ってよかったのかと不安になってしまうくらいステージが間近にある。一応、スマホで姉貴に間に合ったことでも連絡しておこうととスマホを取り出した瞬間誰かに話しかけられた。


「すみません、通らせてください」


何処かで聞いたことあるような?

けどそんなことってあり得るのか?ガヤガヤとした空間の中でもその声の持ち主が誰なのか確認しようと顔を上げる。話しかけてきた人物は僕の予想していた相手だった。


「な...何で雫がここに居るんだよ?!」


「....って?えっ雅?!」


このライブ限定のTシャツに、片手にペンライトを持って雫は話しかけてきた。

お互いに驚きを隠せず、黙り込んでしまう。けど、その沈黙はすぐに途切れ会話を再開させる。


「雫の席ってここら辺?」


「それがねー、雅の隣なの。こんな偶然ってあるんだね」


「本当なのか?」


「嘘つくわけないじゃん。ほら自分の目で確認してみて」


チケットを見せてもらうと雫の言っていた通り僕の隣の座席番号だった。

現実味がなさ過ぎて、恋花が仕向けたことではないかと疑った。だが、不正行為を行うような人ではないことは僕にでもわかる。


「どうしたの?!もしかしてチケットの抽選に当選してたの?!」


ここで、恋花本人に貰ったと言ってしまうと、雫やファンからの反感を買ってしまうことになる。だから、適当な嘘をついて今は誤魔化すしか無い。


「そうなんだ。偶然にも抽選に参加したら当選して...あはは.......」


必死に考えたが、これしか無かった...雫にscared lightのことを教えて貰った時には、とっくに販売終了してたし、バレたりでもしたら誤魔化しようがないぞ...

雫は、表情を曇らせている姿に僕は息を呑んだ。


「........そっかっ!なら友達として私たち二人が応援してあげよ」


ライブ開始時間まで待つだけだった。僕はともかくとして、雫は興奮を隠しきれず、「恋花ちゃんまだかな〜」と一人連呼していた。僕は雫と違ってライブ自体初めてで、色々と不安もあったが、今はsacred light のメンバー全員を生で見れると思えるだけでとても嬉しかった。

始まる寸前、雫が意味深な言葉を放つ。


「そういえば、恋花ちゃん。最近のライブ、調子悪かったんだけど大丈夫かな?」


どういうことだ?詳しく聞こうとしたら、17時を迎えドーム内は暗転した。悲鳴とも呼べる歓声が、ドーム内に響き渡ると同時に立ち上がってscaredlightが登場するのを待つ。

巨大なスクリーンに一人一人の紹介がされその中にも恋花が含まれていた。


彼女がセンターで輝いている姿に僕は惹かれた。動画で見るのとは違い、迫力もあって歌声も綺麗で、時間が過ぎるのを忘れるくらい楽しんでいた。

ライブも中間になりscaredlightのメンバートークが始まった。彼女たちの会話は面白く聞いていると隣に居る雫は立ち上がる。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」


「分かった」


ライブは3時間と言えど、この最前列はこのトーク中にしかトイレに行けない。この後、行きたくなったとしてもライブが終了するまで我慢するしかなくなる。さっきの恋花のことを聞きたかったが流石に邪魔をするわけにはいかない。

一人で、トークを聞きながら待っていると、事件が起きた。その始まりが舞台袖の方からの女性の悲鳴が聞こえた。突然のことで観客もscaredlightのメンバーも困惑していた。唯一理解できたことは、さっきのような歓声ではないことは一瞬で理解出来た。


(一体何が...)


舞台袖から、半径10cm以上の包丁を片手に持った男が現れた。色白な顔をしてやせ細っていた。何を言っているのか最前列にいる僕ですら分からなかった。観客もscared lightのメンバーも怯えていた。もちろんその中に僕も入る。警備員やイベントスタッフもいたが、すぐに恋花を助け出そうとはしなかった。警察が来てくれるのを待つしかない...そう願うしかなかった。

.......けど、男の口パクで何を言っているのか分かった瞬間、僕の体は咄嗟に動いた。

あの男は「れ、ん、か」と口パクでそう言っていた。多分、あの男の狙いは恋花だ。

ステージに上がれる階段を利用して恋花の側まで駆け寄る。標的が、恋花から僕に移る方法があるとしてもこれしか思いつかなかった。


「恋花に近づくなーーーーっ!!」


相手を少しでも怯ませるには、大声を出して威嚇することしか思いつかない。とっさの判断の行動でこれから先のビジョンが、見えていないが彼女を死なせるわけにはいかない。


警察が来るまでやれることは一つしか思いつかなかった。それは、自己犠牲を覚悟で僕自身が標的になることだ。相手は今、冷静な判断ができない状態なはずだ。


「お前は、恋花をどうして殺したいんだ?」


ドームの広さは絶大だ。自宅の部屋のように反射する壁はない。せめて犯人に僕の声が届くよう声を張る。


「お...俺のことを好きだと言ってくれたのに、ほかの男にも俺と同じように好きだ好きだって言いやがって。」


それがファンサだってことに何故気が付かない。

あの凶器を持った男は、ファンとアイドルとの境界線がどこまでなのか判別出来なくなってしまっている。恵香さんから頼まれた「恋花を守ってほしい」と言う約束を果たすには僕が標的にならなければならない。つばを飲み込み覚悟が決まった僕は、犯人に向けてあることを実行する。


「それなら、良いこと教えてやるよ。僕と恋花は付き合っている。男女の関係であり、進むべき所までは進んでいる」


その方法は挑発だ。この誘いに乗らなければどうしようかと思ったが、何とか食いついてくれた。これを実行したからにはもう後戻りはできない。


「おいっ!!嘘をつくな」


「嘘なもんか。恋花と僕は付き合っている」


僕の後ろに立っている恋花は、口を震わせ怯えていた。


「ち...ちが...........」


否定しようとしたが、きっと犯人にはこの言葉は届かないだろう。

それに、僕の後ろに隠れている恋花を見ていれば勝手に勘違いするはずだ。


「この男からずっと離れないってことは、俺のことを裏切ってたんだなっ!!」


「確かにお前からしたら裏切られたのかもしれない。けど、法律でアイドルと付き合ってはいけないって理由はないぞ。知らないのか恋アイ法を」


声が震えていないか、足が震えていないか不安になる。足元を見る余裕すらないけど、無理やりにでも平常心を保つしかない。そして、次に犯人に言うことは自分を殺せと言ってるようなものだ。苛立ちを隠しきれていない犯人にこれを言ってしまえばすぐに襲われる可能性だってあるがやるしかない...


「僕を殺せば良いだけだろ?僕がいなくなれば、彼氏は消えてお前も気が済むんじゃないのか?」


この発言をしている間、後ろを振り向くことはできなかった。悲しませていることは事実だとしても。恋花に何も相談なしでこんなことやっているんだ。僕が死んだら責任を感じてしまうかもしれない。


「やめて...雅くんを巻き込みたくないのっ!だから、逃げてお願いだからっ!!」


彼女が泣き叫びながら、僕の手首を掴む。「行くな」という彼女の意志が握る強さで分かる。震えながらも引き留めようとする。

だが、後戻りをするつもりはさらさらない。あの日、僕は公園で彼女に誓った


「辛いことがあれば何だって聞くし、助けになれることがあれば支えるから」


彼女を守れないなら、僕は友達として失格いや、人間としても失格だ。見て見ぬ振りなんかして後々後悔するよりかはずっとマシだ。掴んでいる手を放すのに時間がかかるのではないかと心配になったが、すんなりと手を離すことができた。

そして、今になって恋花が何に悩んでいるのか気づいた。あの日公園で悩んでいたのはこのことだったんだ。

僕の挑発に乗った男は、恋花ではなく僕に標的を変えた。正直、今にでも逃げ出したい...恐怖から足が震えて、意識も飛びそうなくらい怖い。今にも吐きそうだし、何よりも死にたくない。けど、何も持ってない僕が生きるよりも、夢や希望を持っている彼女が生きた方が良いに決まってる。

最後くらい、もう一度彼女と些細なことでも良いから話したかったけど、どうやらそんな時間は残されていなかった。男は、僕を目掛けて叫びながら走って来る。何も抵抗できない自分を悔いたところでもう遅い。


あぁ、死ぬんだ...


目を瞑りそう悟った時だった。


「離せっ、このっ!」


さっきの男は、警備員の手によって地面に押さえつけられていた。取り押さえられた現場を確認後、緊張感から解放された僕の体は一気に力が抜け倒れてしまった。


「大丈夫っ雅くん?!」


この恐怖感にストレスを覚えたせいか意識が遠のいて行く。その呼び声に応えることもできず意識を手放した........


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