ライブ その後

目を覚ますと、そこは知らない天井だった。体を起こして辺りを見渡すと、白衣を着た女性がいた。


「ここって何処ですか?」


「んっ?ここは救護室。貴方がステージ上で倒れて此処に運ばれたのよ」


僕は、意識を失った後、救護室に運ばれていたらしい。白衣を着た女性は看護師で、僕が目を覚ますまで待っていてくれたらしい。


「どれくらい寝てました?」


「んー、30分くらい寝てたかな」


まだ意識が覚醒しきっていなかったこともあり、肝心なことを聞き忘れていた。


「す、scaredlightの人達は無事ですか?!後、ら、ライブはどうなったんですか?!あっ後...」


慌てて一遍に聞き出そうとしてしまい、看護師さんに「一旦落ち着いて」と促されてしまった。僕は看護師さんに言われるがまま、深呼吸をして冷静さを取り戻す。


「まぁ、ライブはあの事件が起きたから中止になったわ」


それもそうか...あんなことが起きて続行なんか出来るわけがないよな。

看護師さんは、僕の反応を待たずして話を続けた。


「で、scared lightのことについては、この子たちが教えてくれるから」


あーこれから、警察に事情聴取されるのか...警察と話すだけでも緊張するから嫌になる。だが僕の予想は外れ、看護師さんが扉を開けた先に居たのは、見慣れた三人だった。


「雅くん!!」

「雅!!」


そのうちの二人は、僕が寝ていたベッドまで駆け寄ってくる。


「恋花に雫、それに姉貴と恵香さんまで」


涙を浮かべた雫と恋花、そしてその後ろに一安心している姉貴と恵香さんの姿があった。そして、雫と恋花から僕が寝ている間のことを全て教えてくれた。まず、sacred lightの人達と観客全員無傷で無事に避難することが出来た。そして犯人は、僕が倒れる直前に逮捕され今現在は警察に身柄を渡し連行されているとのこと。

なら僕のやったことには意味があったんだと恋花からの話を聞いて実感する。


「体は大丈夫なの?」


「うん。倒れただけだから何ともないよ」


「ありがと雅くん」


咄嗟のことで思考が追い付かなかった。何故ならいきなり、恋花が僕に抱き着いたからだ。僕には彼女の姿が見えなかったが、周囲を気にすることなく大声で泣き始めた。正直、こうなってしまうのもしょうがない。今まで、どうすることも出来なかった悩みから解放されて、我慢していたものがあふれ出している。

慰めようと手を頭に置こうとした途端、救護室の扉をコンコンとノックする音がした。「どうぞ」と入室の許可を出し、入室したのは警察官だった。


「綾織さん、さっきの事件で色々訪ねたいことがあるんだけど、話せる?」


こうなる予感はした......

恋花に「ごめん」とだけ伝え、引き離した。姉貴と雫に恋花のことを任せて、警察官と僕だけの空間になった。

.........

正直、質問されることより、叱られる方が多かった気がする。それもそのはず、命を顧みずに飛び込んだんだから叱られるのも仕方がない。

約10分くらいの説教と事情聴取が終わり何とか解放された。そして看護師さんが言うには、特に精神的な問題は無いとのことなので救護室から退室することになった。僕達四人は、看護師さんにお礼を言って東京ドームをから去ることになった。




30分ほどが経ち、雫の両親もドームまで駆け付けた。事件の経緯を簡潔に説明して、雫とはその場での解散となった。恋花に関しては、恵香さんがまだ、事務所と話さないといけないことがあるらしく、もう少しだけ残ることになった。


「綾織君、少しだけ良い?」


「は、はい」


呼び出された僕は、姉貴と恋花から離れ、恵香さんの元へ近寄る。


「今日は、本当にありがとうございました」


恋花と姉貴から少し離れた場所で、頭を下げて感謝される。あの日、恵香さんからチケットを託されていなければ、今頃どうなっていたのだろうか......きっと、ニュースで事情を知って何もできなかった自分をきっと恨んでたと思う。だからこそ、恋花との約束を果たせたのは、恵香さんのお陰だ。


「それは僕も同じです。恵香さんにチケットを貰ってなければ、ステージに立って、犯人を食い止めることなんて出来なかったと思います。」


先に頭を上げていた恵香さんに、次は僕が頭を下げ「ありがとうございます」とだけ伝えた。

僕は頭を下げていることもあり地面しか見えなかったが、恵香さんは、辺りに誰か居ないか確認したあと僕に耳打する。


「恩返しになるか分からないけど、もし、恋花のことで分からないことがあれば何でも聞いて」


「あの...何でもなんて言ったら、変な誤解を招くかもしれませんよ」


頭を上げ恵香さんの顔を見たが、言葉の綾を訂正しようとするような素振りは見せず、微笑んでいた。


「誤解でも何でもないわよ。何でも聞きたいことがあれば、私が全部教えてあげるから」


何でもと言われたら惹かれるものはあるが、流石に母親から恋花のことを聞くのは罪悪感がある。本当にどうしようもない状況になったら聞くかもしれないという気持ちでいた方が良さそうだ。


「どうしようもなくなった時だけ頼ります」


「やっぱり、君ならそういうと思ったよ。」


そう言った後、彼女は腕時計を確認する。そして、頭を上げて僕と目を合わせると、片手を上げ僕に手を振った。


「あっ、時間もないし私はそろそろ行くね。えーっと、綾織君のお姉さんにはよろしくお願いしますとだけ伝えておいてもらっても良いかな?」


手を合わせて「お願い」と軽い雰囲気の恵香さんに「伝えておきますね」とだけ言い、僕もこの場を離れることにした。

そして、恋花は家が隣同士なこともあり姉貴の車に乗せて帰宅することになった。自転車も車に積み、後部座席に僕と恋花が、そして運転は姉貴がすることになった。


「なぁ、sacred lightのメンバーと一緒に行かなくて良かったのか?」


ライブが中止になった後、sacred lightのメンバーは一旦事務所へ戻ったらしい。マスコミに捕まるのを回避するためか、それとも彼女たちの身の安全を守るためかは知らないがが、恋花がそれに着いて行かなくて大丈夫なのか心配だった。

恋花は、


「うん。私のマネージャーさんに許可貰ったから全然大丈夫」


落ち着いた口調で恋花は答える。けど、その後はやり取りが続かず黙り込んでいると次に口を開いたのは恋花だった。


「あの時すっごく怖かった。声も出なかったし、逃げ出したくても体が震えて動くことすら出来なかった。正直、途中からアイドルになった昔の自分を恨みそうになった。どうしてこうなるの....?って、でもその時、君が助けてくれた。君も抵抗するほどの力が無いのに私を必死に庇ってくれた」


そこまで言うと彼女は、ポタっ、ポタっ、っと涙を流しながら僕と顔を合わせて話を続ける。


「...君に助けられたとき、とても嬉しかった。そして、何よりも貴方が死ななくて良かった...私、あの男に刺されそうになったとき気付いたの.....貴方が居なかったら今の私は居なかったと思う......」


大袈裟だ、と言いたかったが恋花の目は本気だった。でも、僕はあのライブを見て気付かされたんだ。恋花は僕とは違う世界で生きている。ライブ上での彼女は、キラキラと輝いていて僕が手を出して良い存在じゃないと感じた。高嶺の花だとも思った。

........けど、それは僕の勘違いだったんだ。恋花が怯えてる姿を目の当たりにして彼女のことをやっと理解出来た気がする。

いつもは、笑顔で明るく振る舞っているけど、本当は僕と同じで気が弱いってことに...彼女の辛そうな表情を見て僕は思わず頭を優しく撫でていた。


「僕も、恋花が居てくれると嬉しい...」


「そう言ってくれて嬉しい。助けてくれてありがと......」


僕は、この子の笑顔を守れたんだ。悲しみではなく、嬉し泣きをしながら、和かと笑みを浮かべる彼女に思わずドキッとしてしまった。自分の顔が熱を帯びているのを感じる。


「二人とも、イチャイチャしてるねー」


僕たちの空間に割り込んできたのは、姉貴だった。咄嗟に恋花の頭の上に置いていた手を離し、お互いに近くの窓を眺めるようにして知らないふりをした。

そういえば、姉貴にも感謝しないとな...大学から帰宅しよとした時にライブ会場で僕が倒れたと言う連絡が入って、すぐにドームまで駆けつけてくれたらしい。

今日の夕食くらいは豪華にするしかなさそうだな。信号機が赤になり車が止まったのを確認してから言おうとした。すると姉貴は僕の方を振り向いてシーッと口に人差し指を当てる。

その次に、恋花の方を指を差しているので隣を確認すると彼女は寝ていた。

あんなことが起きた後だ。寝てしまうのも無理はない。寝息を立てながら寝ている彼女に僕は、車に常備していた足掛けをかけた。


「運転少しだけ疲れたから、近くのコンビニで水買ってきてくれない?」


「わかった。水買ってくるから待って」


コンビニに向かい、天然水のペットボトルを手に取りながら考える。

今日は、姉貴に迷惑をかけてしまった。どれくらいの不安をさせてしまったか僕にもわからない。それに加え、車で送ってもらうことになるとは思ってもみなかった。だから、今姉貴に出来ることをしたい.......



雅が車から降りてすぐのことだった。


「好きだよ......雅くん.........」


恋花ちゃんが寝言をいった。どこかで見たことある顔だと初めて会った時からそう感じていた。ずっとモヤがかかっているように思い出せないでいたけど、雅のことを心配している姿で思い出すことができた。


「やっぱり、私たちことあるじゃん...」


多分、雅も恋花ちゃんもお互いに気づいていないだけ。

自宅の前に着いたが、まだ恋花はスヤスヤと寝ていた。このままというわけにはいかない為、名前を連呼しつつ起こした。


「みやび....く...ん?えっ?!もしかして私寝てたの?!」


すごく驚いている彼女に僕は頷いた。


「ご...ごめんなさい。お姉さんと雅くんも疲れているのに私だけ眠ちゃって...」


恋花だって、ライブをやり遂げようと今まで頑張って、練習を積み重ねてきたんだ。それに加え命を狙われそうになったんだから疲れないほうがおかしい。

初めて会った日に悲しげな表情をしていた理由をもっと聞くべきだった。もし、相談に乗れていれば、手助けできる部分はあったかもしれないのに...


「謝るのは僕のほうだ....恋花の困っていることに気づいていればあんあに怖がらせずに済んだかもしれないのに......」


恋花も僕も頭を下げ二人して謝っていた。ずっと頭を下げていると恋花が僕の手を両手で優しく握る。


「さっきも言ったけど、今日は助けてくれてありがとう。雅くんが言った通り今までで一番怖い思いをした。けど、だけどね、雅くんに救ってもらってとても嬉しかった。だから謝らないで」


顔を上げると彼女の顔は、雲一つない笑顔だった。この言葉は本心だと理解できてしまうほどで思わず見惚れてしまいそうになる。もう少しだけ話がしたいと感じたが、日も落ちてしまっていたため、長話はできなかった。


「またね雅くん」


「うん、また学校で」


僕も返事をしてお互いに手を振りながらそれぞれの家に戻る。やっと一日が終わるそう思った時、姉貴が僕に話しかけて来た。


「雅は、恋花ちゃんと雫ちゃんのことどう思ってる?」


この聞かれ方は、善人か悪人かを聞きたいんじゃなくて、好意を抱いているかってことを聞きたいんだよな?しかも二人とも...

姉貴には嘘が通じない。それが僕の場合は尚更だ。だから、今思っていることを本音を言うしかない。


「二人のどちらか選べって言われても答えれる自信は一つもない。二人とも優しいし、一緒にいて楽しいし...」


「それは、二人とも好きってことでいいのか?」


「うん....」


僕の返事を聞くと、「はぁ...」と姉貴はため息を吐いた。


「まぁ、今はそれでいいかもしれないけど、後々絶対に決めなきゃいけない時が来る。その時は、周りに振り回されずに自分の意志で決めろよ。」


いつかは、告白しないといけない日が来る。それが失敗に終わるのか、はたまた成功するのかは誰もわからない。


「あと一つだけあったわ。自分自身のルックスに自信がないって思ってるかもしれないけど、前髪あげるだけでも多分、モテると思うぞ」


そんな訳ないと思いつつ、アドバイスをくれた姉貴に「ありがと」と一言お礼をし、自宅に戻る。

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