たとえ嫌われても...
「おはようございます」
この口論をしている最中、元気な声で僕たちに向けて挨拶してくる一人の女性が居た。その女性を見るなり女子は黄色い歓声を上げ、男子はアイドルの登場に興奮していた。そして僕はというと、さっきまで教室に居た彼女の姿に驚いてしまう。階段をゆっくり下り僕らの元へ近づく。
「初めまして浅木さん」
「はっ初めまして。俺の名前知ってたんすか?」
「いえ、ただ偶然あなたのお名前を耳にしたので」
恋花を巻き込むつもりは無かったけど、この噂を聞きつけて駆け付けたのかもしれない。そして、この雰囲気だと僕が口出しするのは控えた方が良さそうだ。二人の会話を邪魔すれば、辺りにいる奴らからヤジをとばされ、もっと場を混乱させてしまう。
「浅木さんは私とお話ししたいんですか?」
「勿論。こんな男と話すよりずっと有意義な時間を過ごせますよ」
多分、今の浅木は僕のことを埃やハエとしかみえていない。自信満々に答えた浅木に対し「ふふっ」と恋花は笑う。
「そうですよね...貴方と一緒に居ても退屈な時間を過ごすことになりそうです。」
「そうだよな。俺の方が......」
「はい。なので私は雅くんと一緒に居ます。」
「えっ?どういうことだ?」
浅木の言葉を遮るように恋花は答える。
「今の私はアイドルでも何でもない一般の高校に通う学生です。それを理解しようともしない浅木さんと話すのは正直不愉快です。あと、周りで盗み聞きしている人たちもです。「握手したい」とか「サインが欲しい」とか自分のことばかり考えてますよね?」
恋花に言われたことが図星だったのか全員が恋花から視線を逸らす。今この付近にいる生徒の目的が明らかになり、恋花はため息をつく。
「今の私の本音を聞いて嫌いになるのは自由です。たとえ、この学内の全員から嫌われたとしてもです」
恋花がどれだけの覚悟を持って話しているのか...僕には想像もつかない。
「それなら恋花さんは一人だけで過ごすんですか?」
質問してきた浅木に対し、この付近にいる全員に伝わるよう声を張る。
「もし、私と仲良くしてくれる人がいるなら、自分自身で見つけます。私をアイドルとしてでなく十六夜 恋花として見てくれような相手と仲良くしたいです」
言い終えた恋花は何処かすっきりしたような顔をしていた。静まり返った校内で、恋花が僕に向けて手を差し伸べる。
「伝えたいことは伝えたし、雅くん、もうそろそろ戻ろ。授業始まっちゃうよ」
「そうだな戻るか」
素直にその手を取り、その場から退散するために階段を登る。左右どちらを見ても人がいて、手を繋いでいることに恥ずかしさを感じる。浅木と話し始めたときは周りにいても10人ほどだったのにいつの間にか20人以上に膨れ上がっていた。
「一つだけ聞かせてください」
去り際に、浅木から声をかけられ、二人で振り向いた。
「その隣にいる男とどんな関係なんだ?」
その問いに対し、僕の左袖を右手でつまみながら、恋花が答える。
「雅くんは私の大切な人です」
大切ってなんだ?そう思い彼女の横顔を見ると、アイドルとしてステージに立っているときの笑顔とはまた違う素の笑顔を見れた気がした。
階段を登り終え、廊下を歩いている間も、恋花は袖を掴んだまま離そうとしない。そのことについては追求せず、浅木と話しているときに気になったことについて聞いてみることにする。
「さっきの大切な人ってどういう意味だ?」
「聞きたい?」
「まぁ、気になるしな」
恋花はその場で立ち止まり、僕の方へ指をさす。
「アイドルじゃない、恋花のことを思ってくれる人って意味だよ」
「そっか、ならその気持ちに答えれるよう頑張らないとな」
「期待してるよ」
笑顔で教えてくれた彼女はまた足を進める。僕もそのペースに合わせながら前へと進んでいると、ふっとあることを思い出してしまい「あっ」っと声を出してしまう。
「どうしたの?」
「ソーダを買うために、自販機の前にいたこと忘れてた」
「それなら、授業が終わって一緒に買いに来よ?」
「授業が終わるまでは我慢だな」
そんな自販機のことを話しながら僕たちは、教室へと戻った。
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