第4話 学校に与える彼女の影響

キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴ると同時に机を無事運び終えることができた。運んでいる最中、雫と階段で偶然にも鉢合わせて協力してもらった。一言礼をしようとしたが、夏奈先生が教卓の前に立っていたこともあり、直ぐに自身の座席へ座らないといけない空気が教室内を漂っていた。それぞれ自身の席に着席し、僕もその流れに乗るようにして座った。

僕の席は、一番後ろで窓側。所謂、主人公席というやつだ。昨日までは、漫画みたいな出会いや突然の展開に驚かさせられることなんて一切無いまま卒業する思っていた。.......のだが、早速隣の席に転校生が座ることになった。


(一体どんな人なんだ?)


夏奈先生の言い方だと女子のような気がする。けどそんな知り合い一人しか思いつかないけど、この学校に転校してくるわけがない...だって、昨日着ていた制服は、お嬢様が通う名門校だ。この筒和学園なんかよりずっと偏差値は高く、入試時は毎年倍率が三倍以上にるほどの人気がある。それなら誰なんだ?幾ら考えても答えは出ず、先生が転校生を紹介してくれるのをただ待つしかなかった。


「えー皆さんおはようございますっ!早速ですが今日このクラスに転校生がいます!転校生ちゃん入ってきて良いよ!!」


「失礼します」と礼儀正しく扉を開ける。

嬉しいけど、なんでこうなってしまったんだ.....

扉を開け入ってくる彼女を一眼見た瞬間、クラスの女子は悲鳴のような歓声を上げ男子は「しゃーっ!!!!!」と声を上げ歓喜に沸いていた。

先生は、騒いでいる生徒達を静かにさせ、話し手を交代する。


「皆さん初めまして。私、十六夜恋花と申します。皆さんもうお気づきかもしれませんがsacred lightのメンバーの一人です。アイドルの仕事で学校へ来れない日が多くなると思いますが、私に気兼ねなく話しかけてくれると嬉しいです。これからよろしくお願いします」


その一言だけでも、アイドルであることから注目を浴びていた。けど、今考えてみると知らない人同士で隣になるよりかは知り合い同士の方が気持ち的に楽になる。


「それじゃ、恋花さんは綾織くんの隣の席ね」


「はい!」


周りの視線は、恋花に釘付けだった。彼女が歩き、移動している姿を目で追っている。登校時から恋花と一緒に居たが、緊張感は全く拭えない。寧ろ今の状況の方がもっと緊張する。彼女が近づくにつれ隣の席がアイドルであることを実感させられる。そして、羨望の眼差しを僕に向ける奴もいれば、殺気を剥き出しにしている奴もいる。

自身の席についた恋花を確認した先生は本来のHRを再開させ連絡事項等を済ませようとする。そんな中、先生に顔を向けず僕の方を向く恋花がいた。


「これからよろしくね、雅くん...」


囁くように言う彼女は美しいとしか言いようがなかった。思わず見惚れてしまったがすぐに邪な気持ちは捨てなければならない。


(僕は、恋花の友達のようなもの。だからこれ以上は......)


この知り合い以上友達未満のような関係を続けていくのに、彼女のことを恋愛での好きになってしまった場合取り返しのつかないことになってしまう。

彼女の明るい笑顔を守らないと...この笑顔がまた昨日のような悲しげな顔をさせる訳にはいかない。そう決意し彼女への返事として相槌を打った。



あー...これじゃ昨日と同じじゃないか....

HRが終わった途端、彼女の席へと向かってクラスの人達が勢いよく駆け寄る。その勢いに恋花だけでなく僕自身も圧倒される。やっぱり、人気アイドルとなら誰だって親しくなりたいと思うよな。

さっきまで、恋花のことを守るって行き込んでいたのが嘘みたいだ.......

此処でラブコメの主人公だったら恋花の手を取って逃げたりするんだろうけど僕にはそんな度胸がない。しかも、その行動自体が傍迷惑になりかねない。だって今の恋花は、クラスの殆どを相手にしているっていうのに笑顔が一切絶えない。僕が此処に居ても邪魔になるだけだし自販機でソーダでも買いに行くか...

立ち上がり時間を確認すると授業が始まるまでまだ10分はある。

一階にある自販機まで階段で移動し、お目当てのソーダを目にする。財布をポケットから出し小銭を取り出そうとした時だった。


「君って恋花さんとどういう関係なの?」


聞いたことのない声だったので財布から目を離し、声のする方へ顔を向け確認すると、初対面の男子生徒がいた。

誰だ?高校に入学してから人の名前を覚えることを意識してないから同級生なのか、上級生なのか、はたまた下級生なのかそれすらも分からない。


「えーっとどちら様ですか?」


「俺の名前は浅木 功だ。クラスは違うが同級生だ」


相手の顔立ちはよく、高校生活を充実しているように感じる。それを根拠付ける判断材料として、男子女子問わず、浅木という男に目を向けている。それほどまでに彼はこの学内で人気があるのだろう。そして、僕がその人を相手に話している。

異色の二人が会話しているとなれば気になる人は出てくるだろう。精々、聞き耳を立てている人が10人以上はいると思う。はぁ...早く教室に帰りたい.......もう注目を浴びたくない。だが、このまま見逃してくれそうにないと感じた僕は立ち止まったまま彼の話を聞くことにした。


「それよりも、恋花さんとどういう関係なんだ?」


話は聞くが、こんな初対面の相手に答える義理は無いな。アイドルだからって理由で近づいて自分の学内での地位を上げるのが目的の奴は居るだろう。注目されたいとか、もっと目立ちたいとか思っている輩が複数人はいると思う。そんな、邪な考えしか持っていない奴を恋花に近づかせたくない。


「何故、貴方に教えないといけないんですか?」


冷めた声で僕は答えた。悪目立ちしたとしても僕には失くすものがない。友達やクラス内での立場、両方とも入学した当時から持ち合わせていない。だからこそ、強気な姿勢で浅木と話すことにした。


「だって気になるだろ。sacred lightの恋花さんが転校してきて直ぐに、男と登校している姿を目撃したんだぞ。」


「確かにあなたの言ってるように、朝一緒に登校しましたけどそれが何か?」


この言葉を発した瞬間、辺りで聞き耳を立てていた輩が騒めき始める。その中でも騒がない奴らは、朝僕らのことを目撃した人だ。朝のことだけでなく、目の前にいる浅木のように、もっと情報を手に入れたいがために近寄ってきたんだろう。


「いや、なんで君となのかなって。だって君みたいに暗い雰囲気な男よりもまだ明るいもの同士で絡んだ方が幸せだと思わないか?」


「それは本気で言ってるのか?」


「そう思っているのは俺だけじゃないぞ周りに居る人たちもどうせ同じ筈だ。なぜ君なんだ?私や俺と居た方が楽しいに決まってるってな」


その言葉を言われた瞬間頭の中にあったストッパーのようなものが切れてしまうのを実感した。恋花や僕が、人間関係にどれだけ苦しんでいるのか気にもしないくせに...小学校の頃、僕がどれだけ人間関係に苦しめられたか知りもしないで.......

拳を小刻みに震わせ怒りを露にする。


「あんたは、彼女の気持ちを少しでも考えて話してるのか!?ただ、自分自身が優位になれるようになるための必要な物だと思ってないか?!」


「それは、違うよ。ただ仲良くしたいだけだ」


「何が仲良くしたいだ?!恋花と話したことのないあんたが、彼女の気持ちがわかるのか?人間関係にどれだけ悩み苦労するのか知っているのか?!」


浅木って男はきっと、人間の怖さを知らないからこんな余裕で居られるんだ。

一方的に蔑まれ、嘲笑う人間達に僕は恐怖心を覚えたことがある。小学校の頃にそれを経験してから人と話すのが怖くなった。やり返すことの出来ない自分自身に怒りが込み上げたがどうすることも出来ない。それが日常的になり、一人で抱え込んで胸の内にしまうことになる。

だからこそ、悩みを相談出来るような友達を高校で作ろうとした。だけど、その恐怖心は消えず話しかけることさえ困難になっていた。そして、それは恋花も同じだった。境遇は違えど、人間に対して何かしらに怯えている。だからこそ、彼女に大勢の人と関わらせたくない。気を遣い、相手に無理に合わせようとする。そんな事態になれば収拾がつかなくなってしまう。


「知らないな。校舎内を歩いてる時は、いつも誰か隣に居たし、人間関係に悩んだ事もないな」


こんな風に、自分勝手で人のことも考えようともしない。浅木って男は僕の気持ちを理解することはないし、理解する日は来ないだろう...


「やっぱり、恵まれている人には分からないよなこの気持ちは...。明るい人同士とか暗い人同士とか関係ない。どれだけ、その人の辛さや悩みに共感できるか、それが一番必要なんだよ...」


さっきまでの勢いを無くした僕は、俯いた。勢いは無くしても、怒りは消えず拳を握りしめたまま、彼に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で伝えた。

僕の欲しい友達は、一緒に居て楽しいだけじゃダメなんだ。相手のことを信頼して相談事を打ち明け共感することが大切だと思っている。上辺だけの友達なんか直ぐに亀裂が入り壊れてしまう。それを実感したことがあるからこそ、もう後悔はしたくない。僕が今抱いてる感情を伝えたとしても浅木という男は折れてくれなかった。


「それは、君のことだろ?」


確かにそうだ....

これは、ただの自己満足かもしれない。もしくは、自分勝手な理想を恋花と重ねているのかもしれない。恋花とはまだ、出会って一日しかたっていない。正直、知らないことだらけで、親しいと言える仲でもない。だとしても、彼女のことを守りたい。

誰も僕の味方にならなくてもいい。理解しろとも言わない。ただ相手の気持ちを最優先に考えて欲しいだけなんだ。


「そうだ。あんたが言っている通りだ。僕の中で勝手に理想を押し付けているだけかもしれない......でもな、彼女の気持ちを考えようともしないあんたに言われる筋合いはない!!」


久しぶりにこんな大声を出した。

今の言葉を聞いて笑っている人もいれば親身に聞いてくれる人もいるかもしれない。僕自身、今の言葉を夜に思い出して、恥ずかしさに悶えて死んでるだろう。

だが、僕の知らない場所で、嘲笑うことなく、親身に僕の言葉を受け止め笑顔になっている人がいることを僕は知らなかった。

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