第2話 アイドルとの登校
あの雨の中、今注目アイドル十六夜 恋花と会話をした翌日...
「全く同じだ。見間違いじゃない」
昨日からずっとこれは夢か見間違いじゃないかと思い同じ動画を何度も見直していた。
いつも日課になっているゲームをせず、視聴を続けていたせいか歌詞や音程も昨日のうちに全て覚えてしまった。
玄関を出て、ワイヤレスイヤホンを片耳に装着し、いつも聴いてるアニソンではなく「ルミナス」を再生する。メンバーの名前を暗記し、誰の歌声かも区別がつく。恋花の歌声は、心を包み込むような柔らかな響きを持っている。口ずさみながら聴いていると右耳から恋花に似た声が「おはよう」と囁いている。
(あれ?こんな歌詞無かったぞ...?)
そう思いつつ声の聞こえた方へ顔を傾ける。
「おはよう雅くん」
えっ?どうして...ここに恋花がいるんだ?
ニヤリと恋花は口角を上げ僕のことを揶揄ってくる。確か昨日会った時は、他校の制服を着ていたはずなのに、今日は僕が通っている学校の制服を着ているんだ!?
「えっ!れ、恋花?!」
昨日あんなに馴れ馴れしく話ていたのに、恋花がアイドルだって分かった途端、緊張して声が出ない。恋花は、僕の異変に気付いたのか顔を覗き込む。
「そうだよ正解。あっ!ほら、あの公園で話した恋花だよ」
そう言いながら、恋花は昨日の公園を指を指す。
昨日、彼女のことを支え守ると誓っておいて、忘れる筈がない。寧ろ、アイドルと知った今の僕は緊張からか鼓動が早くなっている。それを悟られないよう平静を保とうとする。
「うん。昨日雨が降ってる中話したよな」
「私達、あんなに濡れても風邪引かなかったの奇跡だよね」
「でも、僕は風邪引いても良かったかも」
「どうして?」
恋花は僕の返事に首を傾げる。そっか、アイドルについて分からないことは多いけど、テレビ番組で学校を休む事が多いって言うのは聞いたことがある。
「だって学校休めるから良いなって」
風邪を引いて寝込むことになるだろうけど、学校でぼっち生活をするぐらいなら寝ていた方がマシだからな。
「そ...それなら、もし雅が風邪を引いたら私が看病してあげるね」
「あ...ありがと」
いきなりの不意打ちに思わず顔を逸らしてしまう。
顔を逸らしたのは恋花に顔が朱色に染まっているのを見られたくないからだ。このままだと恋花の可愛さに尊死する。早く話題を変えないと僕の心が耐えきれない。どうするべきか悩んでいると昨日と今日で恋花の制服が変わっているのを思い出した。
「そういえば、何で制服が昨日と違うんだ?確か昨日着てたの上夕校のだったろ?」
昨日着ていた制服は、お嬢様が通う名門校、上夕女子高等学校のだったのに、今日着ている制服は筒和学園の制服だった。
「あーっと、それはねぇ...あ、後で必ず教えるからまずは、先に学校行こ!」
恋花は、僕の手を掴み走り出す。僕は、その行動に思わず「えっ!?」っと声を出してしまう。その声に気づいた恋花は、走るのを止め僕の方へ振り返る。
「もしかして...手を引っ張られるの嫌だったりする?」
特に嫌と言うわけじゃない。寧ろ恋花ともっと手を繋いでいたいけど、これは友達がすることなのか?けど、ここで「嫌だ」なんて言ったらこの関係が簡単に崩れるような気がして断れない。
「嫌じゃないけど、走るのは無理なんだ...情けないことに体力全然無いんだ」
これは、本音だ。筋トレなんかしても続かない。だからと言っても太っている訳ではない。たまに学食や購買に並ぶのが怠くて昼食を抜くことがある。それが影響したのか太らず痩せ気味だ。
「そっか。まぁでも、考えてみれば雅と手を繋げる時間が長くなるんだし、歩いて行った方が良いよね」
何で僕に聞こえる声でそれを言うんだよ...
手を繋いでいることが気恥ずかしくなり、そして頬が熱くなっているのが顔に触れずとも分かる。いつもは雫と登校しているが、昨日nineのチャットから、「朝練があるから先に行くね」と言われていた僕は一人登校をするつもりでいた。
「そういえば、何聴いてたの?」
「そ...それは...」
「大丈夫だよ隠さなくても、アニソンとかでも私案外詳しいんだから。ちょっとイヤホン借りるね。」
僕の制服のポケットからワイヤレスイヤホンのもう片方を取り出して、耳に装着する。
「ふぇ....?!この声....もしかしなくても私達?!」
sacred lightのルミナスを聞いていたのがバレた...昨日、恋花の事を知らないって言った翌日には彼女のことを僕は認知してしまっている。これ?恋花からしたら僕が恋花を騙して近づいたって思われてもおかしくないような...
「恋花...?」
「もしかして、昨日の今日で私のことを見つけてくれたの?」
「うん。昨日幼馴染から教えてもらったんだ」
恋花は、僕の進行を妨げるように向かい合わせになる。僕の片手を両手で包み込むような形で掴む。
「ど...どうだった...?私の歌声?」
恋花は声を震わせながら、僕に感想を求めてくる。上目遣いをするのは反則だろと思いつつ、正直に感想を言う。
「すごい綺麗な歌声だった。恋花の歌声を初めて聴いた瞬間、その世界に引き込まれそうになった」
「ほ...ほんと?!そ...それじゃ、五人の中で誰が一番上手かった?!」
「それは、恋花だ...」
「.......っ!」
正直に答えると、恋花は僕から手を離し何も言わずに学校の方へと歩みを進める。
何も返事をしてくれないことに不安を持ちつつ恋花の後ろを付いていこうとした時、恋花の耳が朱色に染まっていることに気がついた。
それを口にしてしまったら、恋花を傷つける。だから、彼女から話しかけてくるまではそっとしておくことにした。
○
学校まで二人一緒に登校していると筒和学園に近づくにつれ生徒が増えてきた。視界に1人また1人と増え、後ろを振り向くと、同じ制服を着た生徒が何人もいた。
そんな中で、僕は一つ失態を犯していることに今更気づく。
(恋花と登校してるのが、バレたら色々と噂されて面倒なことになる...な)
もし、僕の隣にいるのが一般の女子高生なら並行して歩いていても気に病むやつなんて殆どいなだろう。...けど、今僕の隣にいるのは人気アイドルグループの一人だ。ファンと言うガチ勢が何千何万人とも居る中、僕が恋花の隣を歩いているのを知られたりでもしたら........
まず、ネットに顔写真をアップされて、その後に個人情報をばら撒かれる。最終的には虐めや誹謗中傷といった行為が増えていくことになる。そんなことになってしまえば、僕は立ち直る自信はない。家の中に籠り外に出ることすら恐怖を覚えるかもしれない。
その絶望的な状況がいとも簡単に思い描けてしまう。どうしよう...今ならまだ引き返せるが、学校は欠席扱いになってしま
「どうしたの?何だか顔色悪いけど...」
「いや、何でもないんだ。少しだけ考え事してただけだから」
「そうなんだ...」
恋花は、沈んだ声で返事をする。
恋花が落ち込んでいるのは明らかに僕のせいだ。恋花のいる前で考え事してたら、恋花に不安な気持ちを与えてしまう。だから、もう恋花の前で考え事は無し!と心の中で息込む。
「後少しで校舎も見えてくるはず」
さっきまでの重たい空気を打ち消す為に話題を変えようとした。けど、恋花はこれに乗ってくれず口を閉ざした。折角初めてとも言える友達が出来たのに...
恋花から「もう雅とは絶交!」と言われる覚悟は友達になった時点で出来ている。怒号を浴びせられると思い目を瞑っていると、いきなり恋花に抱きしめられた。
「......んっ?!」
突然のことでパニックになったが、次第に女子特有の匂いと抱きしめられている感覚に落ち着きを覚え、身を委ねてしまう。暖かい...ずっとこうしていたいという願望が芽生えつつある最中、恋花があることを口にする。
「もし、困ってることがあれば私を頼って。君に助けてもらうだけの、一方的な関係は嫌なの」
恋花が僕のことを抱きしめている最中、ある女子が僕の傍に近づいていることに気付もしなかった。
「おはよー!みや.....び?」
僕の背後から聞き慣れた声がした。唾をのみこみながら、後ろ振り返るとそこに居たのは、幼馴染である雫だった。
.....どうして此処に?朝練があるから先に行くってnineで話してたのに..........
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