エピローグ
『深夜の街中に轟く原因不明の爆音』。翌日のネットニュースでその記事を見つけるのは、意外にも難しいことであった。
さすがにエトとアステルのドンパチを、百%隠蔽するのは不可能であった。むしろ隠し通せたのなら、この辺一帯の住民の危機管理の低さを疑うレベルだ。だから最初から期待はしていなかった。
それでも爆発的な拡散がされなかったのは、一重に月島さんのお陰だ。彼女が実家に働きかけ、情報の拡散を極力抑えてくれたのだ。おかげで今のところ、宇宙人を嗅ぎまわるような記事やSNSの呟きは見受けられなかった。
「現在は地元警察の元、原因の特定にあたってる、ねえ……原因なんて見つからないだろうに」
「名目上はそうしないとマズいからね。まあほとぼりが冷めるまでは、厳重に見張ってるって感じだね」
「そうだな、そうしてくれないと俺たちが困る。だからまあ、助かってるんだけど」
アステルとの激動から一夜明け、翌日の夜。俺はリビングで昨晩のことに関するニュースなどを漁っていた。昨日は激動の一日だっただけに、エトに食事を与えた後は倒れるように眠った。エトも久しぶりに疲労が溜まったのか、ご飯を食べたら同じようにすぐ眠ったらしい。そして二人とも起きたのは翌日である今日、日が沈み始めたくらいの時刻だった。
そんな俺の対面に座って気さくに話をするのは、親友の雲海だ。昨日のドデカい出来事があっただけに、軽く連絡したらすぐに来てくれた。どこまでも親友想いな人だ。
「えぇそうですわ! もっと私に感謝してくれてもよろしくいんですのよ!」
「……いろいろツッコミたいところはあるが、なんで月島さん俺んち知ってる?」
俺たちの会話に割り込むように入ってきたのは、今回の件における裏の功労者である月島さんだ。今も俺たちと同じテーブルに腰かけ、優雅に紅茶を口にしていた。ウチに茶葉なんて置いてないはずなのに、いったいどこから持ってきたのだろうか?
月島さんも雲海が来るタイミングくらいで、ウチにやってきた。まあ彼女に関しては、目的はエトだけだろう。じゃなきゃウチに来る理由はないはずだ。
「逆にお聞きしますが、この私が同級生の住所を調べるのに苦労するとでも?」
「……うん。そう考えればおかしな話じゃないけどさ」
何せエトの一件の隠蔽工作まで手伝ってくれたのだ、そのくらいの情報を手に入れることなど造作もないはずだ。真面目に考えるのがアホらしくなってきた。
「全く……今後はエトさんを愛でるために来ざるを得ないんですから、このくらいで驚かれては困りますわよ」
「えっ、そんな頻繁に来るの……?」
「当たり前ですわよ! 本来なら養子に出来たのもあって、我が家で一緒に暮らせるはずでしたのに……赤星さんがどうしてもって言うのでこちらとしては仕方なくですね……」
「あぁ、うん。俺が悪かったから一回落ち着こうな?」
ややしゃべりに熱がこもる月島さんをなだめる俺。よほど悔しいのか、その感情が表情へダイレクトに伝わっていた。ハンカチまで噛みだすヤツなんて、初めて見たわ。
と、今の会話でもわかる通り、エトは今後とも我が家で暮らすことになる。戸籍上では月島さんの養子ということになっているが、エトが月島さんの家で暮らしたいとは考えにくい。環境は全然違うとはいえ、月島さんの家も格式とか礼儀とか厳しそうだ。そういう環境から抜け出したくて地球まで来たエトにはきっと合わないだろう。
そういう考慮とかも踏まえると、やはりウチで暮らした方がいい。そう判断した俺は事前に月島さんと話し合って決めたのだった。これに関して一切エトには相談していないが、おそらくエトも拒みはしないだろう。
「ちょっと月島さん? あまり輝に難癖付けないでよ。輝ほどエトちゃんを理解している人もいないんだからね!」
「なっ! そんなことありませんわ! この私こそがエトさんを一番理解して……!」
現状を思い出している俺をよそに、もう一人の来訪者である彩芽と月島さんがエキサイトし始めた。一度はエトを守る仲であったはずなのに、この仲の溝はそう埋められるものではなかった。ちなみに彩芽に関しては俺が起きる前から家にいた。とはいえよくあることなので、俺は最初からツッコまなかったが。
「あ、あぁ……そういえば月島さん? アステルって今どうなってるかわかるか?」
「……え、アステルさんですか? えぇ、宇宙人というだけあって、もう傷は癒えていましたわ。一応彼女の分の戸籍も作った上で、月島家の監視下には置いていますが……」
このまま喧嘩されるのも面倒なので、俺はやや強引気味に話題を変えた。その話題自体も、実際気になることではあるし。
宇宙船を完璧に破壊され、自分の星に帰る手段を失ったエトの護衛騎士、アステル。彼女は必然的に地球での生活を余儀なくされることになる。正直個人的には、アステルがどう過ごそうが興味はない。向こうも俺に対して恨みを買っていそうだし、できれば積極的に関わりたくはない。
しかしアステルだって宇宙人であることには変わりない。放置していたら宇宙系の機関に連行される、なんて可能性も十分視野に入る。仮にそうなった場合、エトの存在も明るみになることも考えられる。そうなると俺たちにとっては非常に都合が悪い。
だからアステルの処遇に関しても、月島さんに一任していたのだが……
「監視下に置くって……家で匿ってるとかか?」
「まさか。私はエトさんにしか興味ありませんので、我が家で匿う気はこれっぽっちもありませんわよ」
「え、じゃあ今彼女はどこに……」
「あぁ、アステルさんなら、僕の家の道場で働いてもらってるよ。住み込みでね」
突然補足の説明を加えたのは、雲海だった。そしてその発言は、結構衝撃的だ。
「道場に住み込み? あのアステルが?」
「うん。僕の家が道場を営んでいるって聞いた時からお願いされていてね。無碍にはできなかったから受け入れたんだ。本人も、かなり反省していたようだったからね」
「反省って……エトのことか?」
「うん。派手にやられたからか、一周回って冷静になったみたい」
意外だな、あの暴れ宇宙人がそこまで落ち着くとは。今頃俺への逆恨みなどを画策していると思っていたくらいだ。
ただ雲海の話を聞いた限りだと、アステルは本当に反省しているようだ。今も雲海の家の道場で、精神修行の一環で掃除をしているらしい。しかも自主的にだ。
『……エトワール様との付き合い方が間違っていた、だからエトワール様に好かれなかった。これは間違いなく事実だ。この過ちと腐った性根を、一から正していきたい』
雲海が直で聞いたアステルの言葉だという。俺としては頭が打ったとしか思えなかった。本当にこんなこと言ったのかどうか定かではないが、雲海が俺に嘘をつくはずがない。言葉の真相はともかくとして、言ったことには変わりないのだろう。
もちろん、百%鵜呑みには出来ない。もしかしたら裏で何か策を巡らせているかもしれないからだ。それでもある程度は信用して大丈夫と思っていいはずだ。こっちはいつでもエトの本気が出せるような状況だ、向こうも無理に攻めてくることはないだろう。
「……ということは、これで直近の問題はだいたい解決したか」
「そうだね。もちろん細かい問題を上げたらきりがないけど、ある程度の平和を取り戻せたと言ってもいいと思うよ」
「そうか……よかったな、エト。しばらくは自由で平和な日々を送れるぞ」
「んにゃ?」
そして最後に俺は、この家にいるもう一人の住人に話しかける。その住人――エトはベッドの奥にある窓の外を眺めながら、月島さんが持ってきたお菓子をバクバクと食べていた。口いっぱいにお菓子を頬張りながら可愛い返事をするその姿は、とても宇宙人とは思えない人間らしさと純粋な愛くるしさをダイレクトに感じさせた。
エトもさっき俺と一緒に起きたというのに、寝起きであんなにバクバク食べ始めていた。月島さんがお菓子を持ってこなかったら、結構危なかったな。主に爆発的な意味で。
「はぁ~! いつ見てもエトさんは可愛らしいですわね! 今すぐにでも我が家にご招待したいですわ! そしてそのまま……」
「止めろ……とは言わないが、それで地球が消える羽目になっても知らんぞ?」
「くっ……その可能性すらなければ今頃……」
エトの食事姿を見て恍惚気味に喜んだり、連れ帰れない絶望に苛まれたりと、月島さんは忙しい人だ。それでも一応、エトという存在の危険性を理解していないわけではないから、そこだけは救いだったな。
もぐもぐと食事をしていたエトが、口の中のものを飲み込み俺に言葉を返す。
「……じゆうとか、へいわとか、そういうのもだいじ。でもエトは、お腹いっぱいになるまでごはんがたべられれば、それでまんぞく」
「うん、まあそうだよな。エトはそういう子だからな」
もちろん知っていたし、俺としてはその言葉が聞くことは安堵へとつながる。変な野心を持たれるのも、それはそれで困るしな。ホント、このままの平和を維持しつつ、エトの世話をする。俺が望むのはそれだけだ。
「……もちろん、テルのごはんが、いちばんおいしいよ? いっぱいつくってくれるし」
「そうか、うん。ありがとう」
エトがすぐ近くにいたら、無意識に頭を撫でていた。それくらい嬉しいことであった。純粋に褒めてくれるだけでも普通に嬉しいのに、エトのような可愛い女の子(宇宙人ではあるけど)に言われるのはそれだけでご褒美だ。男っていうのは単純な生き物だからな、俺も例外ではない。
と、エトの感想を素直に受け取っていると、ふと複数の視線を感じた。しかもどこか、懐疑的な視線だ。不思議に思い振り向いてみると、テーブルに座っていた全員が何か言いたげな目で俺を見つめていた。月島さんだけではなく、親友の雲海や幼なじみの彩芽も、全員だ。
「な、なんだよ……」
「……もしかしたら、って思ったけど、まさかね……」
「う、雲海? 何が言いたいんだ?」
「ううん、大丈夫。こっちの話だから」
いや、普通に気になるんだけど。なんでそこははぐらかすんだよ? 雲海が意味もなく隠しているとは思えないし……俺、なんかしたっけ?
「て、テル! エトちゃんをそういう目で見ちゃだめだよ!」
「そうですわ! 不健全ですわ!」
「マジで一体何の話をしてるんだ⁉」
更には彩芽や月島さんまで怒りだす始末だ。もう俺はどうしたらいいかわからん。
月島さんの言葉を紐解けば、エトを「そういう目」で見ていることになる。だがそれは誤解だ、決してそんな目で見たことはない。どちらかといえば保護者として見ていると言ってもいい。
そもそも相手が相手だから、そんな気すら起きない。確かに何度か心を揺さぶられることはあるが、絶対に踏み越えてはいけないラインは弁えているつもりだ。じゃなきゃ今度こそアステルに殺されてしまう。
「くっ……少し侮っていましたわ。赤星さんだってれっきとした男性。エトさんの可愛さに心奪われるくらい、考えないといけないのに……」
「で、でも輝はそんな不誠実な人じゃないよ! 少なくとも見た目で判断したりしない……そうだよね輝!」
「そんな同意を求められても……」
「そうだよ、輝は誠実なんだから! だってエトちゃんの胸がバグって大きくなっても、目移りしなかったし! むしろ今のぺったんとしている方が安心している風まであるし!」
「おいこら」
人の性癖を勝手に捻じ曲げるな。確かに恋人を胸で選ぶなんて真似はしないけどさ。それでも人並みの……せめて男性と間違われないくらいの大きさは求めている。と言ったら今度は彩芽に殺されそうになるので死んでも言葉にしないけど。それに……
「ちなみにエトの胸はその……もうそこそこ大きくなってるぞ?」
「……は?」
学校一の人気者美少女の彩芽からあるまじき声が漏れる。バッと彩芽がエトの方を向くと、その視線の先には服の上からでもかすかにわかる膨らみがあった。
確かにさっきまではエネルギーを使った関係で彩芽に負け時劣らずのぺったんこだった。だが今しがた食事をしたのもあって、標準サイズに戻ったみたいだ。時間にして一時間足らずのバストアップだ。恨む人は恨みそうだ。
「やはりエトさんはあのくらいがちょうどよくて可愛いですわ!」と、のんきなことを口にする月島さんをよそに、彩芽の表情から感情が消えていく。それにデジャブを感じた俺は、瞬時に危険信号を鳴り響かせる。
「……ねえ、輝?」
「な、なんだよ……」
「エトちゃんのおかしな胸って、エトちゃんの星の体質みたいなものなんだよね?」
「あ、あぁ……正確にはエトがいた国の王族の異能の影響みたいなものだけど……」
「そうだよね、なら……エトちゃんの血を取り込めば、アタシもあんなバインバインに……!」
あ、ヤバい。彩芽の瞳から完全に光が消えた。前回は現実逃避からの逆恨みだが、今回は純度百%の願望から来る暴走だ。彩芽の目を見ればわかる、アレはガチでそう思い込んでいる時の目だ。ほんの少し前に危険視したことが。現実になろうとしていた。
「空野さん落ち着いて! そんなことしたら身体にどんな拒絶反応が起きると思ってるの!」
「そうですわ! エトさんに危険なことはさせませんわ!」
「放して二人とも! アタシには手段を選べるほどの余裕はないのぉ!」
暴走しかける彩芽を、近くにいた雲海と月島さんが押え込む。彩芽も抵抗を試みてはいるが、さすがに二人を振り払えるほどのパワーはない。偶然ではあるが二人が家にいてくれてよかった。俺一人ではどうにもできなかったかもしれない。
「たく……なにしてるんだか」
そんな暴走状態の彩芽を二人に任せ、俺はテーブルから立ち上がりエトのいるベッドへ近づいた。エトも俺の存在に気付き、一度口の中のものを飲み込む。そして何度見ても愛らしい瞳で、俺のことをまじまじと眺めた。
「……テル? どうかしたの?」
「いや、ちょっとな。緊急避難もあるけど、エトとしゃべりたくて」
「エトと、おはなし?」
「まあな、大したことじゃないけど」
そう言いながら、俺はエトの隣に腰かけた。エトも一旦食事をする手を止め、俺の話を聞く体勢に入ってくれた。エトが食事よりも優先するとは珍しいが、これはこれで助かった。
「……あれから一日経ったわけだけど、何か心境の変化とかあったりするか?」
「へんか……っていわれてもよくわかんないけど、エトはいつもどおりだよ」
「まあ……そうか。うん、それでいい」
むしろ変な気を起こしていないだけマシ、ってところか。まあなんだっていいさ、エトが楽しく毎日を送ってくれれば、俺はそれで満足なのだから。
「でも……ひとつだけ」
ただエトの言葉はそこで終わらなかった。平淡な声のトーンは変えることなく、エトはこう口にする。
「ひとつだけおもうところがあるとすれば……エトはこの星で、うまくやっていけるのか、ちょっとしんぱい」
表情も、声色も変わらない、エトの呟き。しかしそれが心の底から思っていることだということは、俺にもわかった。
無理もない話だ。俺だっていきなりアスタリスクで暮らせと言われたら、きっと同じような心配をするだろう。見知らぬ土地で暮らすということはそれほど不安なこと、実家から一人暮らしに変わった経験を得ているからこそ、痛いほどわかる。
だが俺が彼女に投げかける言葉は、もう決まっている。
「なに、そう気にすることでもないよ」
不安を煽らせないよう、俺は穏やかな声を出す。ここまでしんみりとした声を投げかけるのは、おそらくエトだけだ。
「もうエトは惑星アスタリスクの生命体でも、エストレリア王国のお姫様でもない。地球人、月島エトワールだ。だから昔のしがらみとか全部忘れて、自由に生きればいいよ」
「じゆう……エトは、わがままになっても、いいの?」
「基本的にはね。もちろん他人に迷惑をかけていい理由にはならないけど、エトは見た目的に考えても地球人の子どもだ。それ相応の迷惑くらいなら、ギリ許される範疇だ。無論、ここにいるみんなは、全員エトのことを助けてくれるさ」
今はカオスな状況が生まれているが、基本的に皆いい人ばかりだ。とても俺にはもったいないくらい……いや、この言葉は止めよう。彼らの品格を下げるだけだ。少なくとも打算で付き合っている人は誰もいないはずだ。
「テルは……テルはめいわくになってない?」
すると今度は、そんな言葉が投げかけられる。俺個人に充てられた心配の言葉だ。ただ俺はそんな言葉をエトから望んでいない。エトにそのような心配をかけてしまっていること自体が、ナンセンスでしかなかった。
「……迷惑だと思っていたら、あの時エトを助けてないよ」
だから俺は素直な気持ちを伝えることにした。今度こそ俺の本心をエトの身体の隅々まで知ってもらうために、二度といらぬ心配をかけさせないためにも。
「もちろん、大変ではなかったと言えば嘘になる。俺だって宇宙人と生活を共にするだなんて初めてのことだったから、苦労の連続だったさ。でも例えエトがどう振舞おうが、多分俺の気持ちは変わらない」
きっかけは成り行きだったかもしれない、それを偶然と呼ぶかもしれない。しかしエトと出会ったその瞬間から、俺の気持ちは固まっていたと言ってもいいだろう。そのくらいの運命は感じていた。
「俺はエトとずっと一緒にいたい。地球人とか宇宙人とか、そんなの関係なしに、俺はエトという生命体に魅了されているんだと思う。だから……」
ふと自然と、俺の手がエトの頭に伸ばされる。そこに置かれることが当たり前かのような手つきでエトの頭を撫で、そのまま思ったことをそのまま口にした。
「俺が君の、エトの我が儘を叶える、たった一つだけの星になるよ」
あとから思えば、ものすごくカッコつけたセリフを吐いたと思う。まるで物語の主人公のようなその言葉を、よく思いついたなと感心する。その反面で恥ずかしさもヤバいことになっていた。誰もいなかったらベッドへダイブしふて寝していたことだろう。
ただそんな言葉を聞かされたエトはというと、意外にも反応は良かった。特に引いている様子もなく、ただただ純粋にその言葉を受け入れた。その時に見せた表情の緩みを、俺は見逃さなかった。
「……やっぱり、エトにはテルしかいない、ね」
「え……それはどういう……」
小声で呟かれたエトのその言葉を、俺は思わず聞き逃してしまった。確認の意味を込めて聞き返そうとしたが、どうやらそれは叶いそうになかった。
「輝! エトちゃんと話していないで手伝って! もう輝しか空野さんを抑えられないよ!」
「そうですわ赤星さん! 幼なじみのなのでしょう⁉ なら責任をとってくださいな!」
リビングの方から、もはや怒声にも近い救援要請が飛んでくる。ふと視線をやると、だいぶ危ない状態の彩芽の姿が視界に入る。それを必死に押さえている雲海たちの姿も見えるが、二人を持ってしてもそろそろ限界に近い。
まあ、うん……これはしゃあないか。実際彩芽を暴走させた原因も俺なわけだし、いい感じに丸め込めるのも俺しかいないか。こういう役回りしかないけどこれが俺なのだ、致し方ない。
その想いに応えようと、俺はベッドから腰を上げようとする。しかし寸前のところでそれを止められる。近くにいたエトに、服の裾を掴まれたからだ。その表情の感情はかなり読みにくい、しかし名にあ言いたげな雰囲気を醸し出しているだけで、だいたい理解できた。
「……アヤメをおちつかせたらで、いいから……またごはん、つくってほしい」
まだ短い付き合いだというのに、もう何回も聞いてきたおねだりだった。加えて難しいことを考えていないのか、その甘え方はいつもと変わらない。上目遣いに小さな口、そして少し甘くした声。ただそれだけで十分だった。
「わかったよ。すぐ用意するから、少しだけ待っていてくれ」
だから俺もそれに応じる。まるで子どもをあやすかのように、頭を撫でる手は止まらない。そしてエトもその我が儘が通じたからか、彼女にとっての精いっぱいの感情を爆発させる。
「……うんっ!」
たった一つだけの返事。返ってきたのはそれだけだが、その破壊力は凄まじい。その爆発力だけで言ったら、宇宙船を破壊した時のと同じくらいの衝撃はあった。
何せ笑ったのだ。それも表情を少しだけ緩ませるとか、そんな簡素なものではない。年相応な純粋な笑顔だ。普通の人がやったらただ気分が良くなるだけのそれは、俺の鼓動を止めてしまうくらいに可愛らしいものだ。
そこに普段とのギャップとか、そんなのは関係ない。ただただ可愛い、それだけしか言葉は出ないし、それ以上の言葉はいらない。一般人の語彙力を消失させてしまうくらいの魅力が、そこにはあった。
さて、一級品の褒美を前払いでもらったのだ、それに見合うだけの働きをしようではないか。バーサーカーと化した彩芽をなだめ、エトの胃袋に見合うだけの料理を作る。仕事量としては釣り合っていないかもしれない。でもそんなの関係なかった。
好きなのだ、誰かの世話とか面倒を見るとか、サポートしていくことが。きっとそれこそが、俺にとってはやりたいことなのだ。だから好きなことを進んでやることに、理由なんていらないだろう。
だから俺は、俺にとってのいつも通りの日常を過ごしていこう。我が儘なお姫様たちを満足するまでサポートするという、俺だけにしかできない、誰にも譲りたくない使命を全うするためにも。
わがままアスタリスク 牛風啓 @ushikaze_kei7
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