第15話

 しばらくして風呂から出たのち、エトは倒れるように眠りに就いた。もうかなり夜も更けていたのと、元々長い時間起きていられない体質、そして風呂上りと眠りに就くための条件は整っていた。

 だがそれでいい。明日になれば、エトはアステルと闘わなければならない。体調は万全に整えておいて損はない。今のエトの仕事は、睡眠と食事くらいだ。むしろそれ以外は出来るだけ何もしないで欲しい。そのために俺という存在がいるのだから。

「……よし」

 そして俺はというとまだ眠るわけにはいかず、ベッドの上に腰かけていた。戦闘面では何も役に立たない以上、頭を使ってエトをサポートしなければならない。いざという時のための手札を増やさなければならないからな。

 そのためには準備は欠かせない。準備の重要性は普段料理をしているからか、十二分に理解している。何も準備もなしに成果を収められるのは、一握りの天才くらいだ。そして俺は天才から程遠い、凡人だ。だから準備を怠るわけにはいかないのだ。

 残された時間はもう一日もない。一分一秒も無駄にはしない。飛び上がるように腰を上げた俺は、ベッドの奥で寝ているエトの頬を軽く撫でる。エトの寝顔をひとしきり堪能したのち、俺は明日のための準備を詰め始めたのだった。


 忙しい時の時間というものは、あっという間に流れていく。それを体現した俺は今、エトと共にいつもの丘へと向かった。時刻はいつもと同じ、夕日が沈み始めてすぐくらいの時間だ。辺りが暗くならないと、薄着を好むエトを運べないからな。

 今もいつも通り、エトを自転車の前かごに乗せていた。大事な決戦の前だというのに、エトは普段通りの無表情だ。だが今に限っては、その無表情が何よりの安心につながる。変に緊張とかされても、百%のパフォーマンスが発揮されない。だからいつも通りのベストを常に発揮させる、それが俺のサポーターとしての特技であった。

 そのために俺はこの一日で、やるべきことは何でもやった。まだ完璧に手の内を明かしていないアステル相手に、用心すぎる準備は欠かせない。エトから聞いた情報が全て、という認識はここではそこまで役に立たない。あの人がどんな人なのか、その全てを完璧に見抜くことなどできないからな。

 だがもう引き下がれない。無事にハッピーエンドを迎えるためには、真正面からぶつかって勝利する以外の道は残されていない。勝率で言えばきっと微々たるものだろうが、負ける気なんてこれっぽっちもなかった。

 慣れた道を進んでいった俺たちは、またしても丘へとやってきた。この数日で何回ここに来ただろうか、そしてちゃんと天体観測が出来たのは何回だろうか……そこで考えるのを止めた。確かにここに来るたび、本来の目的を果たせない日々を送っていた。だから今夜、それに終止符を打つ。今そう決めた。

 適当なところで自転車を停め、エトを前かごから下ろす。そして俺たちは、ある一つの光景に視線を向ける。

それは丘にあるものとしてはあり得ない、禍々しい金属で覆われた宇宙船。そしてその目の前には宇宙船の所有者であり、立ち塞がる敵が堂々たる態度で俺たちを見つめていた。

「……ちゃんと来たようですね、エトワール様。そして異星人」

「そりゃ来ますよ。そういう約束なのですから」

「そうですね……そういう、約束ですものね」

 俺に対する口の悪さは相変わらず変わらないアステルは、鋭い目を少しだけ柔らかくする。ただそれは俺に対する優しさなどではなく、単純に自分の都合通りに事が進んでいることへの安心から来ているのだろう。もちろん言葉にしているわけではないが、彼女の全身がそう言っているように見えた。

「エトワール様も、変わらずお元気そうで何よりです」

「……」

 アステルの視線がエトへと移っていく。立場上腰の低い態度を取るが、その思惑を見透かしているのか、エトはアステルの声掛けに反応しない。ただ何でもないかのように、アステルの顔を見つめるだけだった。エトの、アステルに対する興味のなさが顕著に露わになっている証拠だ。

 ただそんなエトを前にしても、アステルが怖気づくことはない。いや、怖気づく必要がないのだ。何せ彼女の仕事は、エトを自国であるエストレリアに連れて帰る、それだけなのだから。

「さあ、エトワール様……おかえりの時間です。私と共に来てもらいましょう」

 そして俺はもう用済みと言わんばかりに、アステルは冷たい言葉を吐く。我々地球人の感性ではあるが、それはもう容疑者を連れて行く時のソレと一緒だった。そのままアステルの手は、エトの腕へ真っすぐと伸ばされる。例え嫌がっても、強引にでも連れて行こうとする邪悪な勢いすら感じた。

 しかしその動作を目で追えている俺はというと、何もせずただ事の顛末を眺めていた。ここでマンガとかの主人公なら、彼女の未来を阻む魔の手を振り払い、惚れ惚れとするセリフすら呼吸のごとく口にするだろう。

だが俺には……そんな格好いい主人公のイケメンムーブは似合わない。俺に出来ることは他人のサポートだけ、自分自身で輝かしい未来を切り開く真似など似合わない。だから俺はいつものように……誰かの背中を押してやった。

「……」

 つまらなそうな目でアステルを捉えていたエトは、サッと後方へと下がる。それだけでエトの腕を掴もうとしたアステルの手は、空を切る。たったそれだけの挙動は、アステルにとっては大きな違和感となった。

 そしてそのまま、アステルは横にいた俺に視線を向ける。俺を睨むアステルの目は、私怨の混じった恐ろしく鋭い、獣のような眼光を放っていた。

「これは……どういうことですか?」

「……なぜ、それを俺に聞くんですか? 俺全く関係ないですよね?」

「関係ない、だと……⁉ ふざけるな! エトワール様のお傍にいた貴方が全くの無関係とは、到底考えられない! どの口がほざいてやがりますか⁉」

 とぼける俺の態度が逆鱗に触れる原因となり、アステルは激昂する。エトを捉えようとしたその手で、俺の胸倉を殴るように掴んだ。もちろん怖い、それは認める。ただ脅威だとは思えなかった。

「無関係なはずがない……確かにその通りです。ただ俺がしたことなんて、迷いの生じたエトの背中を押したことくらいです。勘違いしないでください……俺に人の価値観を変えるほどの力なんてない」

「ならこのエトワール様の反応は、どう説明すると……!」

「別に難しい話じゃないでしょう……地球に落ちたことも、俺に会ったことも、関係ない。エトは最初から、惑星アスタリスクが、エストレリア王国が心の底から嫌悪していた。ただそれだけだろ。それなら逃げ出した理由としては十分なはずだ」

「き、貴様……⁉」

 火に油を注ぐような俺の発言は、アステルの怒りを更に加熱させる。絵に描いたかのようなアステルのその反応は、まさしく俺のイメージ通りだった。だから鬼の形相になったとて、俺はそこまで恐れることはなかった。

「だ、だが約束では、エトワール様を返すと……」

「約束? なんの話です? 俺は一言だって、エトを返すなんて言ってませんよ。時間が欲しいって言っただけです。アステルが勝手に都合のいい解釈をしただけじゃないんですか?」

「っ~~~‼」

 今のアステルに、凛々しい元騎士団長としての面影はない。釣り気味の目をこれでもかというくらい鋭くさせ、麗しい唇を血が出るくらいに噛みしめるその姿は、やんちゃに怒るただの少女と何ら変わりなかった。

 俺自身、最初はこんな展開に出来るとは思わなかった。あの時は必死になってエトの帰還を防いでいたから、この瞬間のことを考えて言葉を発していなかった。でもこうして都合のいい展開に出来たのは非常に大きかった。

「――クソっ!」

 俺と会話しても無駄だと察したのか、アステルは俺の身体を真横に放り投げる。捨てられるように地面に叩きつけられ、激痛が身体中を支配する。

だがそんな俺を完全に無視しアステルは頼みの綱とも言えるエトに問いかける。

「エトワール様、騙されてはいけません! この異星人に何を吹き込まれたかはわかりませんが、お気を確かに……!」

「き? きなら、たしかだよ」

 ただしアステルの言葉は、決してエトには届かない。冷酷なる無表情をしたエトは、彼女には似合わない冷めた視線をアステルに突き刺す。完全に何かヤバいことをしでかした部下を見る、権力者の目をしていた。

「だからエトはあのくに……エストレリアをみすてた。エトにひどいことしかしないあのくにに、みれんなんてこれっぽっちもない」

「なっ……⁉」

 不意を突かれたかのような驚きの表情を浮かべるアステル。ささやかな反抗というエトの態度が、よほど意外なのだろう。大方、今までエトは誰かに歯向かったことなどないと見受けられる。それ以前にそこまで構う者がいたかどうか、怪しいくらいだ。アステルがそんな反応をするのも、まあわからんでもない。

「それに……アステル、あなたはいちどだって、エトのわがままをきいてくれなかった」

「そ、それは……私はただ、エストレリアのことを想って……!」

「そんなにエストレリアがすきなら、エトのことなんてほうっておいてよ。はっきりいうけど……エト、アステルのこと、きらいだから。からだのなかからばくはつさせたいくらい」

「……っ」

 言い訳を並べるアステルの口がピタリと止まる。反応を見る限り、思い当たる節があるのだろう。苦虫を噛み潰したような悔しい感情を、表情へダイレクトに示している。それに加えてエトの拒絶宣言、直属の配下としては死刑宣告に等しいだろう。

 ただそこは元騎士団長、絶望に項垂れる時間はかなり短かった。すぐにしゃんと起立し、今自身がすべきことを全うしようとしていた。そんな彼女のナイフのような鋭い目つきは、揺らぐことなく俺に向けられていた。

 今のアステルの立場的にしなければならないこと、彼女の思い込み等を加味すればきっとこうだろう……エトをたぶらかした元凶である、俺の抹消だ。

「――覚悟は出来ているだろうな、異星人」

 怒気しか感じられない低い声で俺を脅すアステル。それと同時に、彼女は虚空に異空間らしき靄を作り出し、その中に手を突っ込む。勢いをつけて引っ張り出したそれは、昨晩俺の首筋まで迫った鋭利な長剣だ。まさかあのような方法で取り出しをしていたとは、まるで某たぬき型ロボットのようだ。

「……なかなかに便利な能力を持ってるんだな。それもエトと同じ、国家の血族者の異能か?」

「ふん、私はそんな大層な力など持ち合わせていない。ただエストレリアの中でもそれなりの実力者だったから、ちょっと便利な力が使えるよう身体を弄ってもらった」

「その便利な身体っていうのは、その異空間のことか?」

「あぁ、そうだ。エトワール様のものに比べたら大したことないが、剣を常に携帯しなくて済むから非常に重宝している」

 特に嘘をつくこともなく、アステルはそう答えた。エトが先天的なものに対し、アステルは後天的なものってことか。しかも彼女の言葉にもあったように、アステルの身体は誰かによって弄られている。しかもそれを肯定的に捉えているその姿は、まさしく国家の犬そのものだ。

「まあ、貴様には関係ないことだ……どうせここで私に斬り殺されるのだから」

「おーおー恐ろしい。知ってるか? この星では、どんな理由があろうと人殺しは重罪だ。貴方の死罪も免れないぞ?」

「構わん。貴様を殺して、エトワール様を連れてこの星を出る。それで何も問題ない」

「……容赦なさすぎだろ」

 どちらにせよ、アステルの中で俺を殺すのは確定しているようだ。アステルの構えた長剣の切っ先が、真っすぐと俺の喉へと向けられる。無駄な労力を使うことなく、一撃で仕留めるようだ。

 もちろん言わずもがな、すげえ怖い。命の危機に晒されているのだ、全身が震えるくらい恐ろしいのは言うまでもない。しかし俺の中に逃げるという選択肢はない。ただ敵意をむき出しにするアステルを前にして、俺は毅然とした態度を取り続けていた。

「……ほう、構えないと。よほど死をお望みのようだな?」

「そんなわけないでしょ? ただ俺の力じゃ勝てないから諦めてるだけです。俺はこの地球でもド平民の分際……貴方に敵うほどの武術なんて、会得してないですよ」

「そうか……なら死ね、潔く」

 包み隠すことのないストレートな言葉と共に、アステルは俺の首元へと直剣を突きつける。迷いのないアステルの剣筋は、間違いなく俺の首を捉え綺麗に刎ねることだろう……その刃が俺へ到達すればの話だが。

「はい、ドーン」

「ッ⁉」

 気の抜けた俺の無意味ともいえる呟き。しかしそれと同時に、アステルは大きく後退し俺たちと距離を取った。そのまま突いていれば、俺の首を取れていただろう……ただし自身を道連れにした場合ではあるが。

 その瞬間、俺たちとアステルの間で、前触れもなくドカンと爆発が起きる。割と至近距離なだけあって、爆風を諸に受け真っすぐ立つのが困難になる。だがこれでいい、何も問題はない……全て、打ち合わせ通りだ。

「……テルには、ゆびいっぽん、ふれさせない」

 軽く右手を前に突き出しながら、エトは無機質気味にそう呟いた。ただしその視線は、俺を絞めようとしたアステルへと向けられ一切外さない。その立ち振る舞いはまさに、熟練の狩人のようだ。

「エトワール様! 何故……⁉」

「……テルはエトがまもる。そう、やくそくした」

 これは昨晩、風呂場で話し合った通りだ。戦闘能力皆無の俺の代わりに、エトがアステルを相手する。仮にもエトの国で一番強い騎士が相手だ、エトもどのくらい強いのかは把握しているはずだ。ただエトは恐れることなく、アステルと立ち向かう。この先も一緒に暮らしていくという、俺とエトの共通の願いを叶えるためにも。

 しかしアステルが動揺で崩れることはなかった。少し不意を突かれた程度の反応を見せつつ、再び直剣を構える。その切っ先は俺ではなく、本来の護衛対象のエトに向けられていた。

「おいおい。大切なご主人様に剣を向けるとか、ついに自棄になったか?」

「……ふん、エトワール様が逆らうのがいけないのだ。それにエトワール様を連れて帰るのなら、手足の一本くらいは削ぎ落とす覚悟は出来ている」

「はっ――?」

 今、聞こえてきてはならない、恐ろしいセリフが飛んできたような気がする。いや、気がするじゃない、聞こえてきたんだ。本来仕えるべき相手に放つこのとのない、あり得ないセリフが。

「……アンタ、正気か?」

「もちろん正気だ。我がエストレリアには、星屈指の科学者がいる。手足の一本くらいなら、すぐに復活できるだろう」

 狂ってやがる……そう言葉にしようとした口を静かに閉ざした。言っても無意味であることくらい、言われなくてもすぐ理解した。まともな感性を持った従者がそんなこと口にするはずがない。アステルは今、悪魔の囁きに惑わされた悪役のようにしか見えなかった。

「それに貴様だって、こうなることくらい予想していたのだろう。エトワール様の胸部を見れば一発でわかる……短時間で結構エネルギーを溜めたようだな」

「……そりゃそうだろ。俺たちにとって、唯一の勝ち筋なんだから」

 アステルが見つめる視線の先、そこには今まで見た中で一番胸の膨らみを大きくさせたエトがいる。一時は彩芽と争えるレベルの貧乳は、今ではアステルが持つそれと同じくらいにまで成長していた。

 それも俺がこの時のために、短い時間での補給を済ませたからだ。エトがお腹を空かせれば、彼女が満足するまで料理を作り続けた。出来るだけ味が濃く、栄養の観点で優秀な料理を、エトの胃袋へと収める。

 そうすることで誕生した、エトのロリ巨乳というマンガのヒロインのような魅惑的なスタイル。しかしその胸には、言葉通りの恐ろしい力を秘めている。簡単に言えば火薬を詰めているのと同じことだ。魅惑的と表現しながら、触りたいとは思わなかった。

「……エトも、ここまでおおきくさせたのは、はじめて。だからアステル……しにたくなければ、いますぐアスタリスクにかえりなさい」

 表情、声色、内に眠る感情、その全てを少しも変えることなく、エトは淡々と宣告した。これは決して脅しなどではない。俺が今まで見てきたエトの爆発能力は、不意に出たものがほとんどで出力にもムラがあった。安定さの欠片すら感じないほどに。

 しかし今のエトは違う。自らの意志で能力を使い、目の前の邪魔者を排除しようとしているのだ。的確に、そして高火力の爆発をアステルを屠ることが期待できる。それは事実上の死刑宣告に等しいのは言うまでもないだろう。

 ただその程度で怖気づくほど、元騎士団長の肝っ玉は柔ではなかった。

「……私も舐められたものだ。エトワール様を差し向ければ、容易に勝てるとでも思ったか?」

「そりゃそうだろ。だってエトは、貴方たちの国の最高戦力なのだろ? 普通にタイマンしたら勝てるだろ?」

「ふっ、浅はかな……これだから素人は」

 嘲笑気味に俺を見つめるアステルからは、余裕のようなものを感じる。歩く爆弾とも言えるエトに敵意を向けられているにも関わらずだ。

「確かにエトワール様は強い。周辺各国の騎士団など一網打尽にするくらい、一国家としての戦闘力は他の追随を許さない。国同士の戦争において、エトワール様は無敵の存在だ……この意味がわかるか?」

「……最強なのは、戦争という闘い方の場合だけ、とでも言いたいのか?」

「その通りだ」

 欲しい答えが返ってきたからか、アステルの顔に憎たらしい笑みが貼りつく。

「エトワール様の真価が発揮されるのは、多対多の戦闘の時だけ。一対一の戦闘には非常に向いていないのだ。だから私は、エトワール様には負けない。剣だけで騎士団長にまで成り上がった力を、あまり見くびっては困まります」

「……たしかに、そうかもしれない」

 そう口を挟んだのは、他でもないエトだ。前に伸ばされた手は、未だアステルに向けられたまま。そして氷のように冷めた視線を放つ瞳は、相変わらずつまらなさそうに真っすぐとアステルに向けられていた。

「でも、そんなのかんけいない。ここでアステル、あなたをうつ。ただ、それだけ」

「ほう……私を討つと? できるものならやってみて欲しいものですね」

 余裕綽々といった感じでエトに対峙するアステル。よほど剣術に自信があるのか、エトの異能を諸ともしていないのか、どちらかはわからないがとにかく負ける気は全くないみたいだ。

「それじゃあ……えんりょなく」

 だからエトも、その挑発に静かに乗った。突き出された右手に力を込めると、その手の先にいるアステルに狙いを定める。そして何の躊躇もなく、その力を解放しようとしていた。

「っ!」

 するとアステルも腰をかがめ、ジャンプの要領で後退する。その瞬間、またしてもアステルが元いた位置が、大爆発を起こす。遠慮のないその爆発は、綺麗に生い茂った丘の芝を綺麗に焼き焦がす。そして地面の軽くえぐれ、小さなクレーターを作り上げる。

 さっきの爆発は、俺が近くにいたから威力を弱めたのだろう。そうでなければこの爆発の威力の違いを説明することが出来ない。しかも無秩序の爆発ではなく、コンマ一センチの狂いもないくらい、精密にコントロールされていた。

 これが本気を出したエトなのか。狙った位置に一個大隊を一撃で壊滅させるほどの爆発を起こす、歩く爆弾の本当の姿なのか。確かにこれはえげつない、戦略や戦術など、意味をなさなくなる。

 ただエトの狙いすました爆発にも、アステルは対応しきれている。今の一撃で無傷だったのは、人間目線ではありえない光景だ。しかしエトも手を緩めない。時間を空けることなく、再びアステルに向かって手を広げる。向こうが攻撃させる余裕もないくらいの、素早い追撃だ。

「何回やっても、無駄なことです!」

 ただ戦闘体勢に入ったアステルも、黙ったままではいられない。連続してやってくる爆発に対しても、まるで爆発地点がわかっているかのように華麗に躱していく。おかげで今のところ、アステルの身体に傷は一つもついていなかった。

 何回でも言うようだが、エトの攻撃に問題は何もない。この星にいる人間なら、今ので99%は死んでいる。むしろエトが全力を出せば地球ごと破壊すれば終わりなので、ほぼほぼ百%である。おかしいのは、目の前の元騎士団長様だけだ。

「……もしやこのような単調な攻撃が本気、というわけではございませんよね?」

 本当に余裕なのか、アステルは俺にそんなことを聞いてきた。そう言っている間にも繰り出されるエトの攻撃を、安々と躱していく。

「残念ながら本気なんだよ。大抵の人間は、瞬時に来る爆発を回避することなんてできないんだって。そんでもって爆発を諸に食らってそこでゲームセットなんだよ」

「ふっ、この星の生物は脆弱なのですね」

「むしろエトの攻撃を躱し続けられる、アンタがおかしいんだけどな」

「別におかしいことではありません。エトワール様のことを誰よりも知っているからこそ、エトワール様を相手取るのには苦労しないのです」

 虚勢を張ることなく、アステルはそう口にする。口ぶりからも嘘をついているようには聞こえなかった。

「エトワール様の爆発は、確かに直撃すれば一撃で葬ることのできる威力を持っています。事実、私とて直撃を食らえば爆発四散は免れません。ですが……当たらなければどうってことないのです」

「そんなことが可能……なんだよな。今やってるんだから」

「えぇ、もちろんです。エトワール様は狙って爆発させる際、爆発させるポイントを注視しなければならない。コントロールが定めるためにも。だからエトワール様の視線をよく観察すれば、躱すことなど造作ではありません」

「んな無茶苦茶な……な、なら無差別に爆発させれば……」

「確かにそうれば、私とて回避は無理だ。しかしその場合、威力の制御が出来ません。この星ごと破壊する危険を冒してまで私を倒したいのなら、やっても構いませんが?」

「くっ……」

 そんな気はしていた。エトには悪いが、彼女にそこまでの器用さを期待してはいない。そしてそんなリスクが高すぎるギャンブルにも走ってほしくなかった。

 その気持ちが通じているのか、エトは変わらず同じペース、同じ威力で爆発能力を使用し続けている。それ以上の威力を持って、丘ごと吹き飛ばすような真似はしなかった。まあそんなことされたら俺の身体など一瞬で消し炭になる、さすがのエトもその辺りのことはわかっているだろう。

「そしてエトワール様にはもう一つ、弱点となりうる現象がある」

「げ、現象?」

「そうです。その現象の名は……ガス欠ですよ」

 もったいぶることなく、アステルはそれを口にする。敵である俺相手にだ。

「エトワール様始め、王族の方々の異能は、全て胸部に溜めたエネルギーを消費しないと使えません。だから判断は非常に簡単です……エトワール様の胸部のしぼみ具合を見れば、エネルギー残量など一目瞭然です」

「っ⁉」

 そう告げられると同時に、俺はバッと振り向きエトの胸を注視する。確かにアステルの言う通り、エトの胸は数分前に比べてかなり小さくなっていた。自慢できるほどの大きさの影すらなく、今は非常に慎ましい大きさだ。まあそれでも彩芽よりあるんだけど。

 無論、この情報は事前にエトから聞いていた。ただエトの口からは、「力を使うと胸が小さくなる」という事実のみしか聞かされていなかった。その胸を見ればエネルギーの残量がバレてしまう、ってことくらいはわかっているべきだった。これは俺のミスだ。

「今の膨らみ具合を見る限り……もう大きな爆発はできないでしょう。今の規模の爆発も、あと二回かそこらが限界、ってところですかね?」

「……」

 アステルの推察を聞いても、エトから返事はない。しかしかすかに唇を噛みしめているところを見ると、だいたい当たっているといった感じだ。アステルを狙う爆発も、さっきからスパンが長くなっている気もした。その行為は、残弾が少なくなってきていると言っているようなものだった。

「残りのエネルギーから考えれば、もうエトワール様の力は脅威ではない。仮に次の一撃が直撃しても、おそらく死ぬことはない。まあもちろん躱してみせるのだが」

「ば、化け物かよ……」

「なんとでも言えばいい。爆発を封じれば、エトワール様など脅威ではない。剣術を極めた私に、勝てる術はない」

 俺たちに直剣の切っ先を向けながら、アステルはただの事実を口にする。確かにそうだ、何も間違っちゃいない。唯一と言っていい対抗手段が使えなければ、俺たち二人など役立たず以外の何物でもない。命乞いをしても、今のアステルは俺を許さないだろう。

「……諦めろ。エトワール様をこちらに渡して……貴様は死ね」

 絶望を突きつけられ、もう後はなくなった。このまま死を受け入れることが何よりもベストなくらいにお先は真っ暗だ。身体能力も、特殊な異能にも恵まれない。断頭台に立たされた俺自身、なす術を失っていた。

 あぁホント、マジで絶望的で、びっくりするくらいに後がなくて……驚くくらいに予定通りだった。

「……は、ははっ」

「……どうした? 死ぬのが怖くておかしくなったのか?」

 不意に笑い出す俺に、アステルはそう言葉を投げかける。アステルじゃなくても、客観視すれば誰でもそう思うはずだ。おかしくなって笑い出した? 違う、それは大きな勘違いだ。

「……確かに怖い。物理的にも勝てない相手に剣を向けられているんだ。なす術がない? あぁそうだ。俺はアステルには勝てない。でもな……力じゃなくても、俺はバカではない」

「……貴様、この状況で何を……」

「わからないだろうな、なら教えてやるよ……俺、赤星輝という人間はな、自分に一切期待してない、最底辺の人間だ」

 諦めて気の狂ったかのような笑みを貼り付け、俺は低すぎる自己評価を口にする。別に意外でもなんでもない、それが事実だからだ。ただ事実を口にすることに、気持ちを揺らがせる必要なんてない。

「もちろん、エトを信用してないわけじゃない。でも俺は常に、最悪の事態を想定してしまう臆病者だ。だからそんな事態にならないために策を弄す。当たり前のことだよな?」

「何が言いたい……⁉」

「簡単だよ――こんな無法地帯、たったの二人で来るわけないだろ?」

 堂々たる態度で、俺はみなぎる自信の要因を告げた。その意味を理解できないはずはなく、アステルの顔が狼狽気味に慌てだす。完全に解いてしまった警戒を、再び固めようとしたその時だった。

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