第13話
丘から家に帰るまでの道中、俺とエトは終始無言であった。運転に集中しているというのもあるが、純粋に気まずくて会話できる雰囲気ではなかったのだ。エトも俺の顔を見ることなく、ただ上空を眺めるばかりだった。
まもなくして、自宅のあるマンションに到着する。行くときとは違い、警察へ怯えることはなかった。今はそんな不安などちっぽけなものとしか思えなかった。マンションの駐輪場に自転車を停め、エトをかごから下ろす。そんなタイミングで、彼女はやってきた。
「輝! なんか空から降ってきたのが見えたんだけど……!」
「……彩芽」
マンションの方から彩芽が駆け足気味で降りてきた。その理由は今、彼女が言葉にした通りだ。おそらくアステルが乗ってきた宇宙船のことだろう。エトの事情を知らなくても、UFOを見かけたらそんな反応をするのは当然だ。
ただ今は、彩芽に事情を説明する余裕はない。
「……悪い。今はちょっと説明できない」
「それってもしかして……エトちゃんのこと?」
何も説明できないが、彩芽は一発で核心まで迫った。これに関しては幼なじみ特有の観察眼とか関係なく、ここ最近の俺の生活風景を見たら誰でも理解できるはずだ。驚くことでもない。
「あぁ、そうだ。もちろん後でちゃんと説明はする。でも今は時間をくれないか?」
「……わかった。ちゃんと後で説明してね」
「……ありがとう、彩芽」
物分かりのいい幼なじみで助かった。今ここでごねている場合でもないからな。
彩芽に別れを告げ、俺たちは自宅へと帰った。ちょっと星を観に行くだけのつもりだったが、帰ってみればとんでもないくらい重い問題を持ち帰ってしまった。どうしてこうなったと嘆き、現実逃避をしたい気分に包まれる。
とはいえこの件について、一度エトとしっかり話し合わなくてはならない。どんな決断を下すにしろ、時間はそこまであるわけではない。もしかしたらすぐ答えが出るかもしれないし、場合によっては難航するかもしれないからな。
でもその前に風呂には入りたい。いくら今の季節が夏間近とはいえ、夜中に外に長時間いたのだ。風邪をひいて無為に時間を捨てるのだけは避けたいところ。加えてエトに風邪なんか引かせてやれない、アステルにぶっ殺されるかもしれないからな。
とにかくエトに話しかけることが先決。エトの方を向いてみると、表情に暗さはなくいつもの無表情に戻っていた。自宅という安心出来る場所に戻ってきたのが大きいのか。とにもかくにもいつもの無表情が見れて、俺自身も安心する。
「エト。いろいろ話したいことはあるけど、とりあえず風呂に入ろう。話はそれからだ」
「……ふろ、ってなに?」
「あぁ、そうだな……水浴びみたいなもの、といえばわかるか?」
「……それなら、なんとか」
「ならソレの温かい水浴びみたいなものだよ、お風呂は。身体を冷やすのはマズいからな」
「よくわからないけど……わかった」
こくんとエトは首を縦に振った。理解してくれたようで何よりだ、なんて安心していられたのは、本当に一瞬のことであった。
すぐにエトは風呂に入るための準備を始めた。具体的には唯一身につけているカッターシャツを、躊躇なく脱ぎ捨てた。もちろん下着などつけていないエトは、瞬く間に生まれたままの姿へと変わった。
「な、ちょっ、何してるんだよ⁉」
真正面にいただけあって、直視を回避することは出来なかった。咄嗟に自分の目を手でふさぐが、残念なことに俺も健全な男子高校生だ。指の隙間からその美しい裸体を、網膜を突き抜け記憶に焼き付けるのを止められなかった。
エトの裸体を一言で表すとするならば、まさに芸術品だ。とにかく無駄なものが少なすぎるのだ。あれだけ食べてもつかない脂肪や、歴戦の戦士のような傷跡もない。だがアステルほどではないが胸には十分な膨らみを持っている。妖艶的とは言えないが、エトの裸体は神秘的な何かを放っているに違いなかった。
エトの裸体を見るのは、これで二回目だ。でも最初の一回は初めて会ったあの時、正直言ってそれどころの話ではなかった。だからエトと親しくなった上では、初めて彼女の裸体を目の当たりにする。
根本的な身体の構造は、地球人もエトたちアスタリスクの人間もほとんど同じだ。むしろ違う部分を探す方が難しいくらいだ。しかしそれは、健全な男子高校生である俺に性的興奮を与えるのには十分すぎる要因となった。
って真面目に解説してる場合じゃねぇ!
「……なにって、みずあびみたいなこと、するんでしょ? なら、これはじゃまでしょ?」
「そ、そうだけど……わざわざ俺の前でしなくても……!」
「でも、テルもいっしょにはいるでしょ?」
「はいぃ⁉」
今度は耳を疑った。俺の耳がおかしくなければ、今エトは俺と一緒に入ると言った気がする……エトのヤツ、ついに俺の理性を爆発させる術まで覚えたというのか。
「い、いや別々でいいだろ? この星では、基本風呂は一人で入るものだし……!」
「……でもエト、ひとりでみずあび、できないよ? いつもはおてつだいに、してもらってたから」
「それは……そうなのかもしれないけど……」
よく考えなくてもわかることだ。エトはアスタリスクでは、エストレリアという国の王女殿下という役割に就いている。あまりそういった階級とかには詳しくないが、きっと国の中でも最高位の人間のはずだ。そんな人間が自ら身体を洗わず周りに任せるのは、俺の認識からしてもおかしくはないことだ。寛容できることであるかどうかは別として。
だが地球の倫理観的に言ったら、完全にアウトだ。確かにエトの身体はやや幼いとはいえ、小学生とは呼べない立派なものを持っている。低く見ても中学生といったところだ。そんなエトと一緒に風呂に入ったら、俺の理性が本気でどうにかなってしまう。
「テル……」
更にトドメと言わんばかりに、エトは無自覚な上目遣いを俺に向けてくる。その上目遣いは本当に反則だから止めて欲しいものだ。
だが今回の場合だとやや事情も異なる。数十分前までエトは凄く暗い表情をしていた。きっとメンタル面もそれなりに不安定な状態になっていることだろう。エトの性格的にも、表情と感情を分離できる器用さを持っているとは思えない。
そんな状況で俺が取るべき最善の選択とは……いや、もはや考えるまでもないだろう。言ってしまえば、エトに上目遣いをされた段階で既に腹は決めていた。
「……わかったよ」
俺が取った選択は、理性との真っ向勝負だ。
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