第7話
とまあ、そんな朝の一幕はありながらも、学校生活は滞りなく進んでいく。気づけば昼休み前の四限目が終わっていたのだからびっくりだわ。ちなみに英訳はギリギリ間に合った。
「あぁ……疲れた……」
四限の担当教師が教室を出てクラス全体が賑やかになったタイミングで、俺はそうぼやいた。さすがに4時間近く机にかじりついていたら、十代後半の身体にも疲労が溜まるものだ。今日は一日通して副教科とかもないから、割としんどいこの上なかった。
とにかく昼休みだからしっかり休む必要がある。昨日からのこともあって、俺には圧倒的に休息が足りてない。そう思って俺は後ろの雲海に話しかける。
「雲海、飯買いに行こうぜ」
「へぇ……珍しいね。輝が弁当を用意しないなんて」
「ちょっとな、自分の分を作る暇がなくて……」
「でも空野さんの分は用意していると」
「まあ……そういう契約みたいなものだし」
彩芽は放っておくと栄養のえの字も知らないような食事を取りそうだし。そうなるくらいなら俺が管理した方がうんとマシだ。俺なら彩芽の好みも完璧に把握しているし、栄養バランスもそれなりに維持できるからな……そのせいで彩芽と仲のいい女子から妙な視線を向けられるが、基本無視している。
次いでに自分の分の弁当を用意しているのだが、今朝はそんな時間はなかった。原因は言うまでもなくエトだ。彼女の胃袋を満たせるだけのご飯を用意する必要があったからな。それに加えて彩芽の弁当の用意も優先事項の一つだから、自分の分を用意できなかったのだ。まあ材料をほとんど使い切って冷蔵庫が空、っていうのが一番の原因だけどな。
というわけで今日の俺の飯は、学校の購買で売ってるパンだ。まあ食欲もそこまでないからちょうどいい。朝なんてほぼ抜いたようなものなのに、疲労が胃にまで来ているようだ。早くどうにかしたいものだ。
「……ん?」
「どうかしたか、雲海?」
「いやね……なんかクラスがいつも以上に騒がしいというか……みんな外を見ているというか」
「……はぁ」
最初、何を言っているのかすぐに理解できなかった。でもク教室全体に神経を尖らせると、確かにいつもと雰囲気が違う。賑やかさは変わらないが、ざわざわとした疑惑のような雰囲気が漂っていた。
そしてクラスメイトのほとんどが、窓の方を見ていた。中には窓際にまで近づいて、外を食い入るように見ているヤツもいる。そこまでのものが外にあるというのか?
「て、輝……! あれ……!」
すると俺の方へと駆け寄ってきた彩芽が、窓の外を指差した。周りの目があるときは決して絶やさない明るさも、今は保つだけの余裕を失っているようだ。彩芽が胸以外のことで動揺するなど、まあ珍しいものだ。いったい窓の外になに、が……
「……ちょっ⁉」
それを目にした時、つい俺も窓へとしがみついた。人前ではあまり冷静さを崩さない方ではあるが、そんな余裕は一瞬で失われた。どうか今俺の視界に映っている光景が幻であってほしいと願うのだが、現実はあまりにも非常であった。
今の状況を一言で語るとこうだ――エトが校門前にいた。しかも朝から全く変わっていない、カッターシャツ一枚だけの恰好でだ。
(アウトぉぉぉぉぉぉぉおおお‼)
俺の脳内にエマージェンシーが鳴り響く。一瞬で焦りが頭を埋めつくし、全身に冷や汗が流れた。大声を出さなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
何故こんなところにエトがいるのか、確かにそれは一番気になることだ。でもそれ以上に問題視しないといけないのは、エトがあの恰好のまま街中を歩いてここまでやってきたということだ。警察に見つからなかったのがラッキーと思うレベルだった。
そして今、俺がしなければならないことはたった一つだ。
「エトぉぉぉぉぉぉ‼」
気づけば俺は脱兎の勢いで教室を出ていた。雲海や月島さんの声が聞こえた気がしたが、今はどうでもいい。一秒でも早くエトの元へと向かう、それが最優先事項だ。今なら運動神経抜群な彩芽にも、足の速さで勝てそうだった。
そんな俺の頑張りもあってか、俺はすぐにエトのいる校門へと辿り着く。こんな目立つ格好をしているのに、未だ校内の人間と接触していないのが、何よりの幸運だった。時と場合によっては、この学校と中にいる人間が地球上から消えているところだった。
「あ、テル~」
「あ、テル~じゃねぇよぉぉぉ!」
のんきに俺の名前を呼ぶエトの可愛さなど、今の俺の目には映っていない。冗談抜きでそんな余裕などないのだ。叫ばずにはいられないほどに。
すぐにエトを脇に抱え、俺はその場から離れる。何をするにしろ、あそこでは目立ってしょうがない。何かの拍子で爆発の力を見られた日にはいろいろとおしまいだ。主にエトを連れ去ろうとした人間たちの命、という意味だけど。変な目で見られることはほぼほぼ確定したけど、それは致し方ない。後で彩芽にフォローを頼むとしよう。
だからとりあえず俺はエトを抱えたまま、体育館裏までやってくる。木々などが妙に入り組んで入ることすら面倒なこの場所を利用する人間はまずいないだろう。その予想通り、昼休みなのにそこには誰もいなかった。
少し離れたところにも誰もいないことを確認した俺はやっと胸を下ろし、抱えたままのエトも下ろした。
「……テル、ちょっとらんぼう」
「乱暴の一単語で片付けられるなら安い問題だっつーの!」
マイペース極まりないエトの一言では、俺の怒りは収まらなかった……いや、別に怒ってるわけじゃないけどな。ただ全身から沸き上がる焦りがヤバすぎて過度に興奮しているだけだ。予想だにしない出来事には昨日で慣れたつもりだったけど、連続すると結構キツイものだ。
まあ今はそんなことどうでもいいとして。
「エト、どうして俺の学校に……? 家で待ってたんじゃないのか?」
「……おなか、すいちゃって」
「お昼はちゃんと用意しただろ? それを食べてくれれば……」
「もうたべた……テルがでてってすぐくらいに」
「なんかそんなことだろうと思ったよ!」
もはや答え合わせのようだった。そのくらいエトの回答を予想するのは容易であった。
エトは基本的に、自身の欲望に忠実なヤツだ。そしてエトにとっての一番の欲望、それは食欲を満たすことだ。しかもその食欲は底を知れないブラックホールのようなものでもある。だから事前に用意した昼飯を食べてしまった可能性は十分に考えられた。
それでも学校にまで来るとは思ってなかったけどな。
「……でもよくここがわかったな。俺、場所なんか一言も言っていないのに」
「……ここにテルがいるけはいがした、ただそれだけ」
「さいですか」
そこまで来るともう俺が追求することではない。宇宙人が持ち合わせる感性や力など、俺の理解が及ぶとは思えないし。それに今は、もっと考えなければいけない問題だってある。
「……テル、おなかすいた。なにか、ない?」
「そう言われてもな……今は持ち合わせとかもないし……」
何せエトの姿を見るなり、飛び出すようにやってきたからな。もちろん手ぶらだ。それに仮に教室にいたとしても、大したものは何もなかった。自宅のように調理器具も食料も揃っていないのだ。
ただそれが理由になるわけがない。ここでエトの食欲を満たさなければ、本格的にこの辺一帯は焦土と化す。それだけは回避しなければならない、そのために策を弄す必要がある。
「わかった、とりあえずなんとかしよう。ちょっと待っててくれ」
「……なるべく、はやめに、おねがい」
「わ、わかってる……」
早くしないとどうなるのか、そんなことは誰よりもわかっている俺は、唯一制服のポケットにしまったままのスマホを取り出す。そしてすぐにある人に連絡を入れ、この状況の解決を手伝ってもらおう。困った時は躊躇わずに手を差し伸べる、それがこの人との関係だしな。
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