第6話

 私立流星学園、それが俺と彩芽が通う高校の名前だ。

 巷では制服がイケているとかの理由でどちらかと言えば人気校ではあるが、それ以外の特徴はないといってもいい。新設校とかでもなければ、学校に伝統ある歴史があるわけでもない。進学や就職とかも力を入れているわけでも抜いているわけでもないと言った感じの、どっちつかずの学園でもある。アピールポイントなど、せいぜい学園へのアクセスが楽ということくらいだ。

 部活とかもそこまで有名なものはない。強いて挙げるなら彩芽が主体となって動いているバスケ部だけだ。それも多分、彩芽が引退したらめっきり弱くなるんだろうなとは思う。たまに試合とか観に行くけど、彩芽一人でどうにかなっている節があるし。

 とまあそんな特徴の挙げるところが少ないこの学園にて、俺はのんびりとした平和な学園生活を送っているのだった。


「おはよ~みんな!」

 俺と彩芽が属している2年3組の教室の扉を開け、彩芽が元気な声で挨拶をする。朝にあんなことがあったにも関わらず、学校に着くことには彩芽もいつもの調子を取り戻していた。なんならいつもよりも機嫌がいいようにも見て取れた。彩芽の朝練の関係で一緒に登校するのは久しぶりなのだが、いつもあんなテンションだったか記憶に薄い。まあどうでもいいけど。

「おはよう彩芽~!」

「今日も元気いっぱいだね!」

 すると彼女と仲のいいクラスメイトたちは、次々と彩芽の元へと集まる。基本的に明るく誰隔てなく接する彩芽は、クラスメイトから非常に人気があり常に中心に立つ。その姿を俺は、小学校の時から見てきていた。

 そして今も、特に彩芽と仲のいい女子生徒が三人ほど集まっていた。ちなみにその女子生徒たちは全員女子バスケ部で、確か全員主力だったはずだ。彩芽のサポートをしていく上でなんとなく覚えてしまった。

「彩芽~今日はどうした? 急に練習サボっちゃって~」

「別にサボってたわけじゃないよ~ちょっと急用が出来ちゃって……」

「とかなんとか言っちゃって~ホントは旦那様と一緒に登校したかっただけじゃないの~?」

「な、なんのことかな? あ、アタシさっぱり……」

「いや、普通に広まってるからね? 彩芽の知名度はバカに出来ないから」

「あ、あう……」

 なんかよくわからないけど、彩芽が照れているようだ。俺の前でもあまり見せない姿だからレアと言えばレアであった。

「あ、旦那様もおはよう!」

「誰が旦那様だ……おはよう」

 脇から俺にも挨拶が飛んできたので、ツッコみつつ挨拶を返した。旦那様って呼ぶなって言ってるのに、どうしても直してくれない。俺と彩芽じゃあ釣り合ってなさすぎるから、できればやめてほしいものだ。彩芽も数年後にはいい彼氏が出来ることだし、そっちに期待して欲しい。

 とまあ彩芽の幼なじみという稀少な存在ということもあり、俺もクラスでは目立っている方だ。もちろん悪目立ちという意味でだ。毎日同級生から嫉妬の視線を向けられるのだが、一年も経てばもう慣れた。小中と合わせて、三回目の体験だしな。

 そのまま彩芽と別れて自分の席へと向かう。窓際の後方から二列目が俺の席だ。そしてその後ろの席には、既に見知った顔が手を振って招いていた。

「おはよう、輝。今日は珍しいね、空野さんと一緒にご登校なんて」

「たまたまだよ……おはよう、雲海」

 他愛もない小言を聞き流しながら、俺は数少ない友人に視線を向ける。

 彼の名前は生間雲海。俺にとってはほぼ唯一と言ってもいい、この学園の男友達だ。平凡極まりない容姿をしている俺とは違い、雲海は誰もが羨むほどのイケメンだ。パーマのかかった茶髪だったり、長身でスラっとしたスタイルだったり、女子なら一瞬で溶けてしまうくらいの甘いマスクだったりと、イケメンを構成する要素が全て整えられていた。

 多分こういうイケメンが、彩芽と相性が良さそうだったりする。少なくとも外見だけのつり合いなら一番釣り合っているといってもいい。

「なんだ、それは残念だ。やっと二人がくっつくと思ったのに」

「そんなことは多分ありえないと思うけど……それよりも雲海はどうなんだよ? 確か昨日、ラブレターもらってなかったか?」

「うん。すぐお断りの返事だけして帰ったよ」

「……相変わらず恐ろしいヤツだよ、雲海は」

 もはやいつも通りすぎる対応に、俺は安心感すら覚えた。イケメンという恋愛において圧倒的優位なステータスを持っている雲海だが、恋愛には全くと言っていいほど興味がない。ラブレターの数だけ夢散った女子生徒がいると言われているくらいだ。

 まあそれには、全うすぎる理由があるんだけど。

「仕方ないよ。今は女の子よりも、星や宇宙について考えてる方が、よっぽど有意義だからね」

「そのブレなさも相変わらずだな」

「まあ、好きなものに嘘は付けないからね」

 爽やかな笑顔を俺に向けつつ、雲海は恥ずかしがることなくそう口にする。その言葉通り、雲海は天文学などに深い興味と知識を持ち、大学もそっち方面の進学を志望している。今はそのための勉強と知識を深めることに時間を費やしているようだ。俺とは違って濃密な時間を送っているのは、非常に羨ましいことではある。

 ちなみに俺に天体観測の趣味を教えたのは他でもない雲海だ。最初は大した興味もなかったのだが、珍しく雲海が熱く語っていたのもだから少しばかり興味が湧いたのは今も覚えている。そして今に至るというわけだ。

「加えてあれだろ? この前剣道の大会で優勝したんだっけ? それだけ忙しいのにすごいよな、雲海って」

「まあ剣道は昔からやってたからね。もう慣れたものだよ」

 誇ることなく雲海は肯定する。雲海の実家は剣道道場を営んでおり、雲海は幼い頃からそこで鍛錬を積んでいたらしい。それこそこの辺りでは雲海に勝てる人がいないほど強い。一度体育の授業で手合わせをしたことがあるが、全く勝てる気がしなかった。

 とまあこんな感じに、雲海の人間としてのスペックは非常に高い。容姿、学力、運動神経、性格、そして人としての生き様に至るまで、雲海に穴はなかった。だから彼を妬む者はいないほどだ、妬んでどうこう出来る人間ではないからだ。

 そんな雲海と俺は、高校入ってからの親友だった。赤星と生間ということで席が近かったこともあり、自然と仲良くなっていった。今では彼の親友になれたことを誇らしく思っている。

「……そういえば一限目コミュ英だけど、和訳やった? 今日順番的に輝当たるんじゃない?」

「あ、やっべ……忘れてた」

「……本当に珍しいね。これは本格的に昨日、空野さんと何かあったね……?」

「だからなんもないって。ちょっと疲れて寝てただけだよ」

 なんで皆、俺と彩芽をそういう目で見るのだろうか。雲海にも口酸っぱくそれを言っているのだが、どうにもわかってくれない。多分俺にはわからない感覚なんだろうな。

 それはそうと和訳だ、完全にやらかした。いつもなら前日の夜にほぼほぼ完璧にしてから臨むのだが、お察しの通り昨晩は死ぬほど忙しかったためそんな時間はなかった。もちろん全くやっていないわけじゃないし、その場で訳せばどうにでもなるのだが、やはり完璧に仕上げておくのがベストだ。

 とはいえもうそんな時間はない。となると取るべき手段は一つだけだ。

「雲海、頼む! ノート見せてくれ!」

「ノートか? 別に構わな……」

「――それなら私のノートをお見せしましょうか?」

 俺と雲海の会話に無理やり気味の割り込みが入ったのは、その時だった。どこまでも透き通っていくようなはっきりとした女性の声が、俺の耳に入ってくる。それだけで誰かを頭の中で判別しつつも、俺は視線を声のする方に向けた。

 俺たちの席のすぐそばでは、正真正銘のお嬢様が悠然と立っていた。ただ立っているだけなのに、彼女の周りには薔薇に囲まれているかのような風情すら感じる。そんな完全無欠なお嬢様は、俺たちのクラスメイトの一人なのだ。

 一体いくら金がかかっているのかわからないほどに整えられた、縦ロールの金髪。美しいという言葉が似合うほど綺麗にまとまったクールな顔立ち。スタイルに関しては文句のつけどころがないほどにメリハリのある、魅力的なボディを持ち合わせている。まるで彩芽とは対極的なタイプの美少女だ。

 名前は月島蛍。全国的に有名な資産家の娘として生まれた、生まれながらにしての勝ち組の少女。その証拠に今学校に来たのもあって、校門の前には真っ黒のリムジンが停まっていた。入学した当初は物珍しく見えたのだが、もうなんとも思わなくなるくらい見慣れてしまった。

そして何より月島蛍という少女を、俺にとっては憎ましくは思わないまでも、ちょっと苦手としていた。

「……いや、月島さん。大丈夫っす。雲海に頼むんで」

「ま、またですの……⁉ また私の厚意を無為にするおつもりですか⁉」

 いつも通りお断りをすると、これまたいつも通り月島さんがキレる。クールな顔が真っ赤になっているのがいい証拠だ。何故断られるとわかってて怒られるのか、全くわからん。

 彼女はこうして、よく俺に恩を売ろうとしてくる。理由はわからない、でもこのやり取りは入学当初から続いていた。俺の返事も、最初から一切変わっていなかった。

 別に月島さんが特別嫌いなわけではない、むしろ人としてはかなり出来ている方だ。金持ちだということを鼻にかけたりもせず、他の生徒と平等に接しているくらいの人格者の一面を持つ。加え権力を持っていることを利用したりもせず、むしろその権力で悪に立ち向かうような正義感すら持っている。自ら風紀委員とかに名乗り出たりとかもしてたしな。

いい人であることは間違いないのだが、やはり安易に関わりは持ちたくはない。それが俺の本心だった。

「いやな……別に月島さんが何か悪いわけではないんですよ? ただどうしても月島さん相手に、借りを作りたくはないというかなんというか……」

「借りだ、なんて……私はそんなことなど……!」

「あぁ……うん。そういうの求めていないのもわかるんだけどさ」

 例え本人が何と言おうと、他の人がどう思うかは別問題だ。変なつながりを持って悪目立ちするのだけは勘弁してほしいところだ。もう手遅れ感はあるけど……お人好しなのも困ったものだな。

「……ちょっと月島さん! 輝が困ってるでしょ!」

 そんなやり取りをしていると、遠くで友達としゃべっていた彩芽がこちらへとやってくる。彩芽にしては珍しく、始めから喧嘩腰のように機嫌が悪かった。

「彩芽さん……いえ、私はそのようなつもりは……」

「月島さんにそんなつもりはないことくらいわかるけど! 輝が困っていることには変わりないから! 輝のことなら、アタシが一番知ってるからそういうことなの!」

 結構な暴論を口にする彩芽は、いつもからは感じられない必死さがある。これには月島さんもどうしていいかわからず、ついありきたりな回答をするしかなかった。この理不尽極まりない彩芽の怒りをぶつけられた月島さんには、さすがの俺も彼女に同情してしまう。

 明るくて人当たりもいい人気者の彩芽、気品溢れるが正義感が強く多くの生徒に慕われている月島さん。二人の人間関係な付き合いなどに問題がないように思われるが、この二人の仲はそこまでよくはない。正確に言えば、彩芽が一方的に月島さんを嫌っている。それこそ親の仇のように、ひどく憎んでいるとも見て取れる。

 その理由は単純明快……月島さんの胸が、高校生とは思えないくらいに発育しているからだ。

 非の打ち所がないほどのスタイルを持つ月島さんだが、やはり一番目につくところは胸部に抱える巨大な双丘だ。その辺りのグラビアアイドルなど目じゃないくらいに発育した胸は、無自覚に男子生徒の視線を奪う程の魅力がある。俺もできるだけそこに注目しないように苦労しているくらいだ。

 そして彩芽は何よりも、巨乳の女性が嫌いだ。理不尽に目の仇にするくらいに、巨乳を敵としか思っていない。妬む気持ちが全くわからないわけでもないが、これはちょっと月島さんが可哀そうだ。とはいえ二人の喧嘩の間に入ることはないけどな、後で彩芽にこっぴどく叱られる未来が目に浮かぶ。

 とはいえ彩芽が接触したことで、クラスの雰囲気が少しざわついてくる。こんな空気で授業に臨むのは気が引けるから、尻ぬぐいだけはしておこう。昨日のことがあったせいか、このくらいの問題は大したこととは思えなくなっていた。

「あぁ……もう、わかった。今日は月島さんに頼るよ」

「輝っ⁉」

 俺の予想外の回答に、彩芽はひどく驚いているようだ。まさに俺がそんな回答をするとは、微塵も思っていなかったのだろう。うん、まあ何事もなければそのつもりだったんだけどな。

「輝、どうして……?」

「いや別に……ただこの不毛な争いを終わりにしたかっただけ」

「ふ、不毛な争いって……」

 いや、完全に不毛な争いだろ。というよりも胸の話題で彩芽が絡んできた時点で、だいたい不毛な争いなんだけどな。

 これ以上彩芽の相手をしても無駄なので、俺は話し相手を月島さんへと変えた。

「……というわけだ。頼めますかね?」

「……動機はまあ、置いておくとしまして。私は嬉しいですわよ、理由はどうであれ赤星さんが頼って来てくれたことが」

「まあ、完全に成り行きだけどな」

 彩芽とは逆に月島さんの機嫌はすこぶるよくなった。未だかつて見たことのないほどのドヤ顔を浮かべ、自信たっぷりに胸を張る。その際に巨大な双丘がこれでもかというくらい強調されるから、その動作だけは勘弁してほしい。目のやり場に困る。

「むぅ……むぅ~~~!」

 そしてこの状況で怒りを収める彩芽ではない。両頬を大きく膨らませた彼女の表情から、めちゃくちゃ拗ねていることはすぐに感じ取れる。そんな顔も可愛いからツッコミどころに困る。

「輝のバカ~! 月島さんのおっぱいお化け~!」

 センスの欠片もない子どものような恨み言を口にしながら、彩芽は泣きながら教室を出ていった。その姿をオブラートに包まず表現しようとすれば、まさしく負け犬のようなものだった。まあ客観的に見たら彩芽が勝手に突っかかってきて自滅したようなもの、自業自得だ。

「だ、誰がおっぱいお化けですの~⁉」

 と、月島さんもやや怒鳴り散らしながら、彩芽の跡を追いかけていった。おそらく捕まえて教室に連れ戻すだけのはずだ。もうすぐ授業の時間だし、連れ戻さなくては彼女の正義感に反するのだろう。知らんけど。

 二人がいなくなったことで、教室の張りつめた雰囲気が解かれクラスメイトからも賑わいが戻った。ただ俺と隣にいた雲海はそうではなく、ただ彩芽たちが出ていった教室の扉をじっと見つめるだけであった。

「……なあ、輝」

「……なんだよ、雲海?」

「昼ドラ展開だけは勘弁だよ? さすがの僕も、殺傷沙汰を見るのは御免だ」

「お前は何を言っているんだ?」

 そんな俺のツッコミとともに、校内にチャイムが鳴り響くのだった。オチとしては最高なんだろうけど、現実でこんなオチ方はしたくなかったわ……

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