第5話

早朝の赤星家の食卓は、いつもとは打って変わり妙な雰囲気に包まれた。

まずここの家主でもある俺だ。朝から疲れることの連続だった故に、机でぐったりと項垂れていた。食欲もあまり湧かないから、朝食もコーヒー一杯で済みそうだった。

二人目、宇宙人のエト。こちらは俺たちの喧騒など物ともせず、相も変わらずのマイペースさを保っていた。今も朝食であるトーストを俺の分までもしゃもしゃと食べている。

 そして最後に来訪者の彩芽……といっても彼女は朝食を食べに平日は毎日来るから、いつも通りといえばいつも通りだ。ただいつも以上に機嫌がよろしくなく、今もエトのことをジト目で見つめている。それでも朝食は普通に食べているけどな。

 ちなみに彩芽の説得に時間がかかったのもあり、時刻はもう七時を回っていた。既に朝練に向かわないと間に合わない時間だが、彩芽は我が家に残った。さすがにこんなことがあった以上、今日は休むらしい。俺的には行ってくれた方が非常に助かったのだけど。

 とまあそんな感じで言い逃れすることも出来なくなったため、仕方なく彩芽にはある程度説明することにした。エトが宇宙人であること、お腹が空くと無自覚に周囲のものを爆発で壊してしまうこと、地球が危ないと察し仕方なく匿うことにしたことなど、ほぼほぼ全部だ。昨日からかなり胸が大きくなったことだけは伏せておいた、またややこしいことになりそうだし。

「……なるほどね。だいたい理解したよ」

 全部話し終えた時、彩芽は神妙そうな表情で俺を見つめていた。まだ半信半疑ってところなのか、その目には疑いの感情がこもっている気がした。それでも百%疑っている様子は見られなかった。

「輝がアタシに嘘をつくとは思えないし、こんな状況でもない限り輝が面倒事を自ら拾ってくるとは考えにくいよね……とりあえずは信じてあげる」

「誠にありがとうございます」

 素直に礼の言葉を口にし、頭を下げる。やはり持つべきは、話の分かる幼なじみに限る。俺自身、このクソデカ問題を一人で抱えるのには荷が重すぎたからな。

「それにしても、この子が宇宙人、ね……とてもそうには見えないよね。どっからどう見たって、人間の女の子だし」

「ほへ?」

 エトを見つめながら素直な感想を口にする彩芽。それに気づいたのか、エトもパンを口に咥えながら、この世で一番美しい瞳で彩芽を見つめ返す。

「……この子、可愛すぎない?」

「そこには激しく同意する」

「輝が連れて帰るのも、無理ないかも……」

「言い方ぁ!」

 そのまるで俺が誘拐したかのような口ぶりは止めていただきたい。俺は比較的常識のある人間だ、小さな女の子を誘拐するような真似はしない。何度も言う通り彼女は宇宙人なのだ、この処置は致し方ないことだと思ってほしい。

「それで輝はこの子……えっと、エトちゃんだっけ。今後どうするの? ずっとここで匿うの?」

「ずっとじゃない。ただまあ、それなりにいさせるつもりではいる。野放しにするのだけはマズいからな」

「輝の話が本当ならそうかもだけど……あとどうでもいいけど。エトちゃん、いくら何でも食べ過ぎじゃない?」

 そんな疑問を口にする彩芽の視線の先で、エトは未だもぐもぐと食事を続けていた。しかし彼女が食べたトーストの数は、既に5枚目に突入していた。同じく大食いの彩芽でさえ、そんなに食わないからすごいものだ。食事に関して彼女が引いているのを見るのは、初めてかもしれない。

「俺も詳しくは知らん。とにかく食べることが好きらしい。食べる量も異常だぞ、その辺の大食いタレントなんか裸足で逃げ出すレベル」

「そ、そうなんだ……でも、そうなると食費とか大丈夫なの? このままの調子だと、結構な額になりそうだけど」

 俺のことを心配しているのか、彩芽が手痛いところを指摘してくる。彩芽でなくとも、この状況を見れば誰だってそう考えるだろうな。

 ただ俺は困った表情など浮かべず、できるだけ毅然とした態度で対応する。

「まあ頑張って切り詰めればなんとか……それに彩芽の両親から、お前の世話代なり食費の補填だったりと、それなりに金をもらってるから当面は大丈夫かな」

「ちょっと待って。その話初耳なんだけど⁉ お母さんたち何してるの⁉」

「まあ初めて言ったし、別に言う必要もないかなって」

 しかし本気で知らなかった彩芽はかなり驚いているようだ。まあ普通驚くか、自分の知らないところでそんなことが決められていたらな。

 あれは去年の夏休みに帰省した時のことだった。経緯は不明だが、俺が彩芽の飯をほぼ全食作っていることが彩芽の両親に伝わり、申し訳ないと謝りつつ毎月の仕送りの額が増えたのだった。別にそんなつもりで作っていたわけじゃないけど、向こうからどうしてもと言われて仕方なくもらっている。俺としては割のいいバイトとしか思っていないけどな。

 閑話休題、ちょい話が逸れたな。

「とにかくしばらくは大丈夫だ。彩芽も気にせずいつも通り過ごしてくれればいいぞ。その方が俺も気が楽だ」

「で、でもそれじゃあ本格的に輝の負担が……」

「子どもが一人増えたようなものだから、本当に気にするなよ」

 実際のところ、俺もそうとしか思っていない。正確に言えば、そう思わないとやってられない。爆発の力と地球人としての常識が欠けていることを除けば、エトは比較的人間らしいといえば人間らしかった。常に自分のやりたいことに忠実に動いているその様は、はっきり言って地球人よりも人間らしいのかもしれない。

 だから細心の注意を払いつつも、できるだけ子どもと接するように生活していく。これがエトと付き合っていく上で大事なことだと、俺は本気で思っていた。

「……輝がそう言うなら、アタシからは何も言わないよ。けどもしどうしようもなくなったら、そこは相談してよね。絶対だよ」

「あぁ、もちろんだ」

 彩芽も納得してくれたようで、いつものセリフを口にする。彩芽のその言葉を聞くだけで、俺は安心感を覚えた。

「……テル、ベタベタ」

「うおっ⁉ ジャムがこんなに……もうちょっと綺麗に食べてくれよ。別に飯は逃げないんだから……」

「……どりょく、する」

 エトの信用にならないセリフを耳にしつつ、俺はエトの口の周りについたイチゴジャムを布巾で拭った。こんなんだから俺も宇宙人として注意深く警戒する気にもなれない。今のところ爆発も起きていないし、今日は比較的平和みたいだ。

 そんな俺たちの様子を、彩芽はジト目で見つめていた。

「……妙に仲いいよね、お二人さん。アタシ妬いちゃうな」

「妬くってなんだよ……エトは子どもみたいなものだから、嫉妬とか見苦しいぞ」

「……なんか、バカにされたきがする」

「きっと気のせいだよ、エト。要はエトが可愛いって言いたかっただけだぞ」

「……ならいい」

 あっぶねー、もう少しでエトの機嫌を悪くするところだった。何が原因で暴走するかまではわからないから、そこだけは警戒しておかないとな。念のためにもう少しだけエトのご機嫌をとっておいた方が良さそうだ。

「……輝のバカ」

 と、遠くで彩芽が何か言ったようにも聞こえたが、よく聞き取れなかった。まあ大事な用件なら繰り返し言ってくれるはずなので、問題ないか。

「それよりも輝……そろそろ学校に向かわないと危なくない?」

「ん……あぁ、もうそんな時間か」

 スマホで時間を確認しつつ、俺はコーヒーを流し込んだ。宇宙人が我が家にやってくるという普通ではありえない状況に陥りようが、学生の本分を放棄することは出来ない。重い腰を上げて学校に向かわないといけないのだ。

「……テル、どっかいくの?」

「あぁ、うん。ちょっとな。しばらく帰ってこれないかもしれん」

「むぅ……それはこまる。それまでお腹がたえられない」

 心配するポイントそこかよ……ってそこしかないか。エトにとってそれが一番懸念すべき問題だからな。エトの中の常識的に、俺がいないと美味しい料理が出てこないとかいう思考回路になっているんだろう。

 まあもちろん、俺がその問題に気づいていないわけがないんだけれども。

「大丈夫だ。そのための準備もちゃんとしてあるぞ……ほら」

 そう言いながら俺は台所の方を指差す。そこにあったのは、ラップを被せたサンドウィッチの山だ。このように朝食を作るついでに、エト用の昼食などの準備もついでに済ませたのだ。その辺りは抜かりない……というか抜かりがあってはならない。帰ってきたらこの辺一体焼け野原、なんて事態を引き起こすことなど許されないのだ。

 まあ一番簡単なのは学校に連れて行くことだが、それも無理だろう。宇宙人であるエトを外に放つ危険の方が大きそうだし。そもそも俺がセーブできる自信がない、エトの奇行で俺の平和な学園生活が終わりを迎えるのだけは勘弁してもらいたい。

「帰ってきたらちゃんと飯作ってやるから、それまではあれで凌いでくれ」

「……わかった」

 エトも渋々と言った様子でこれを受け入れた。てか受け入れてくれないと、こっちが困るから普通に助かった。

「輝、行くよ。ただでさえ部活も休んだんだから、遅刻したくないし」

「わかってるよ……それじゃあエト、また夕方な」

「……ん」

 短くそう返事をしたエトは、仕方ないと言った雰囲気で食事に戻っていった。ちなみにしれっと六枚目のトーストを食べていた。いつの間にそんな食ってるんだよ……帰りに食パン買ってこないとな。

 そう思いながら俺は学生の本分を全うするために、出かける準備を始めたのだった。

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