第3話

「……ぽへぇ~」

 場所は変わって我が家のリビング。そこに初めて来た宇宙人は、物珍しそうに部屋の中を見渡していた。まあ宇宙人からしたら、ここにあるものなんて全部珍しいだろうしな。

 あの後、生涯最大の苦渋の決断をした俺は、宇宙人である少女を連れて帰ることに決めた。出来れば関わりたくないものだが、彼女を野放しにすることも出来ない。朝起きたら宇宙人によって地球が支配される、なんて未来も十分予想出来たからな。

 ちなみに彼女を我が家に運ぶに当たって、自転車の前かごに裸の少女を突っ込んで運ぶという、絵面的にマズい手段を取るしかなかった。恐る恐る彼女を抱えると驚くほどに軽かったが、その感想を素直に受け止めるほどの余裕はなかった。

見た目小学生の裸の少女を自転車の前かごに乗せて、真夜中の住宅街を駆ける男子高校生……警察に見つかったら問答無用で刑務所に送られるところだった。なんとか彼女を家まで運んだ時には、気苦労でぐったりと玄関で倒れ込んだものだ。

そんな彼女の恰好をどうにかするため、俺は予備のカッターシャツを彼女に着せてやった。彼女の身体が小さいが故にそれだけで十分だが、裸ワイシャツというこれまた犯罪的な絵面が誕生してしまった。女児が着るサイズの服なんて持ってないから、仕方ないと片付ける他ない。

しかし宇宙人を連れてきたはいいものの、この先どうするべきか。当たり前のことだが、今まで宇宙人との対話などしたことがない。どう接するのが正解なのかまるで見えてこないのだ。間違っても下手なことをして、地球崩壊なんて真似はしたくない。

「あ、あの……ちょっといいかな?」

「……ん?」

 出来るだけ下手からの態度で俺は宇宙人に歩み寄る。俺の言葉の意味が通じたのか、はたまたニュアンスだけが伝わったのか、宇宙人は俺の方を向いてくれた。とりあえず会話を試みてくれるのは非常に助かる。

「君さ、えっと……名前、とかってある?」

「……なまえ?」

「あぁ……名前じゃあ通じないのか。えっと個体名っていうか、呼称っていうか、そんなのとかありません……?」

「こたいめい、こしょう……わからないけど、エトはエトワール。エトでいい。えっと……」

「あぁ、俺は赤星輝。輝でいいぞ」

「テル……うん、わかった」

 奇跡的に会話が成立したからか、よくわからない感動に包まれた。たぶん俺自身も、平常心とかを失っているのだろう。

 しかし彼女と接するにおいて、名前という大きな情報を入手できた。これはデカい。まあ、これが本当に彼女の名前なのかは不確かなことであるが。宇宙人の概念など、俺が理解できるものでもないし。

「えっと、それでエトさんは……」

「……エトでいい、って」

 さんづけをしたからか、エトの顔がムッと暗くなる。それはそれで十分可愛らしい表情だったが、俺からしたら恐怖以外の何物でもない。宇宙人の機嫌を悪くしてはいけない、そんな当たり前のことを俺は改めて忠実に守る。

「じゃあエト。君はどうしてこの星……えっと地球って言って通じるかわからないけど、来たのかな?」

「ちきゅう……?」

 俺の言葉の意味が全く分からないのか、エトはきょとんとした表情になる。可愛い……とか言ってる場合じゃないんだよな。

「……わかんない。気づいたら、ここにいた」

「そ、そうか……」

 ダメだ、情報を抜き出せる気配すらしなかった。さっきまでのやり取りがほぼ奇跡かのようにしか思えない。まあそれがおそらく普通なのだろうが、どこか淡い期待を抱いていた俺からしたらかなり辛いところだ。

「……そんなことより」

 するとエトがグッと俺に顔を近づけてくる。彩芽しか慣れていない女性、しかも彩芽とはタイプの違う絶世の美少女が目の前まで迫るだけで、俺の心臓はうるさいくらい鼓動する。本格的に彼女の可愛さという毒に侵され始めている気がする。

 しかし俺のときめきをよそに、エトは変わらぬ無感情な口調でこう呟く。

「……おなか、すいた。テル、なにか、食べたい」

 数十分ぶりに聞いたな、そのセリフ。いろいろありすぎて忘れかけていたが、そういえば彼女の最初のセリフもこれだった。日本語をしゃべったことへの衝撃が大きくて完全にそっちのけにしてしまっていた。それはそれとして。

「食べたいって……エトはここの星のものなんて食えるのか?」

「わからないけど、だいじょうぶ。エト、なんでも食べれる」

「食べれるって……」

「食べたい食べたい食べたーい」

 よほど食欲があるのか、まるで子どものように駄々をこねるエト。見た目的にもその姿は似合い過ぎて積極的にツッコむことも出来なかった。しかし飯か、それならまだマシな方だ。俺が料理出来る系男子でよかった。これが一般的な料理出来ない系男子だったら、ここでゲームオーバーだ。

「……ま、都合よく飯は残ってるから、いいけどさ」

 俺の口から安堵のため息がこぼれる。エトを家に呼び込んでから初めて、肩の力が抜けたかもしれない。

 しかも都合が良く、さっき彩芽に振舞った生姜焼きがまだ結構残っている。量にして多分三人前くらいはあるはずだ。自分でも作りすぎたとは思っていたが、今日だけは自身の行動を大いに褒め称えたかった。

 椅子から立ち上がった俺は台所へと向かい、冷蔵庫に閉まってあった生姜焼きの皿を出す。家にある中で一番大きな皿に盛りつけたのだが、それでも山盛りになっていた。彩芽と二人で食べて、ギリ食べ切れるくらいの量だ。

 そのまま生姜焼きの皿をレンジに入れ、適度に温める。その間に白飯も準備しておく。味噌汁は温めるのに時間がかかるから今回はなしだ。温め終わった生姜焼きと共に盆に載せ、エトの元まで持っていった。

「……それが、ごはん?」

「え……なんかマズかったか?」

 不意のエトの質問に俺はつい身構えてしまう。ただエトのその質問に、悪感情は含まれていない。ただただ純粋な疑問に過ぎなかった。

「まあ、これが地球の食べ物、生姜焼きだ。ダメそうなら別のものでも……」

「いい、それでいい。エトはそれをもとめている」

 エトを気遣い皿を下げようとした俺の腕を、エトのか弱い手が伸びがしっと掴む。非力なのか全く掴まれている感じはないがそんなのは些細なことだ。夜風でひんやりと冷えたエトの手は、驚くくらいに柔らかかった。普段からよくボディタッチをしてくる彩芽以上の柔らかさは、やはり女性だと認識せざるを得ない。

「わかった、下げないから落ち着いて」

 そんな必死な様子のエトを無視することなどできず、俺はゆっくりと皿を食卓に置いた。皿にかけてあったラップも剥がし、彼女の前に俺の作った生姜焼きが露わになる。作りたてではないものの、香ばしい肉とタレの香りは深夜にも関わらず食欲を湧きあがらせる。

 そしてエトも、俺の生姜焼きを興味ありげに見つめている。向こうの星では見たことないのか、エトの観察は長めに続いた。やはり見慣れないものは手を付けづらいのか……と思っていたが、その心配は杞憂に終わった。

 観察が住んだ彼女は、まるで何も警戒していなかったかのように生姜焼きに手を伸ばした。素手で掴む気だろう、せっかく近くにフォークを置いておいたが意味はなかった。まあ宇宙人が地球の道具を扱えるとは思っていなかったけど。

 そのままエトは何の躊躇いもなく、生姜焼きを口に放り込んだ。

「……っ!」

 その瞬間、半開き気味だったエトの瞳が大きく開いた。まさに何かに覚醒したかのように、エトの全身から何か不思議なオーラのようなものを感じた。

 そしてすぐに、エトの表情が初めて大きく緩んだ。張りつめたかのような口角はゆるゆるになったのか、開いている方の手で頬を押さえる。味としては文句なく美味しい。そう言わんばかりの雰囲気を放っていたが、俺はそれどころではなかった。

(か、可愛すぎるっ……!)

 俺もつい、高鳴る心臓の辺りをギュッと押える。それでも早くなる心臓と熱く火照った顔は、俺のある感情を隠そうともしなかった。早い話、美味しそうに食事をとるエトに、心奪われたのだ。

 俺の十七年に及ぶ人生において、彩芽より可愛いと思える存在はいないと言っていい。それは俺の女性経験が少ないとかではなく、彩芽が文句のつけどころがない美人だからだ。しかしそんな俺の中の常識は、今日を持って終止符を打たれた。

 あぁ、確かにエトは宇宙人だ……あの可愛さは異常だ。一度虜になったら他に目を移せない魔力が秘められている。異性にそこまで深い関心がない俺ですら、認めざるを得なかった。

 そんな俺をよそに、エトは生姜焼きを口に運ぶ手を止めようとしなかった。バクバク、バクバクと、次から次へと口の中に放り込んでいく。その勢いでタレが真っ白なカッターシャツに跳ねてしまったが、この際どうでもよかった。そのくらい安いもの、そう考えるようになった俺はもう末期なのだろう。

(……それにしてもエト、結構食うよな)

 エトの食事風景を眺めながら、俺はふと思った。俺の身近には彩芽という、女性にしては結構食べる健啖家がいる。基本的に毎日彩芽とは食事を共にしているから、よく食べる女性には慣れている部類だと俺は思っていた。

 でもエトは彩芽のそれを軽く凌駕していく。彩芽でも一人での完食はほぼ無理な量の生姜焼きを、彼女は変わらぬペースで食べ続けていた。しかも満腹で苦しそうな顔を浮かべることなく、今も満面の笑みで美味しさを噛みしめていた。まさか彩芽以上の健啖家に会える日が来るとは、思いもしなかった。

 やがてエトが食べ進めていた生姜焼きも、綺麗さっぱりなくなった。まるで最初からそこに何もなかったかのように、タレの一滴すら残されていなかった。しかも一人で、それもそこまでの時間をかけることなくだ。内心ちょっと引いているのは言うまでもない。

 食べ終わった時には、彼女の口の周りがタレでベタベタになっていた。ペロペロと自身の唇を舐めるエトのその姿は、不思議と扇情的に見えて仕方なかった。ひとしきり舐め終わったところで、エトの視線が俺のとかち合う。

「……とても、おいしかった。ここまでおいしいものを、エトは食べたことがない」

「そ、そうですか……」

 いったい今まで、どんな不味いものを口にしてきたのだろうか。俺の料理は基本的に大きなアレンジとかは加えない。レシピに忠実に従い手早く量多めに作るのが、俺の料理の癖みたいなものだ。彩芽のために思考錯誤していたら、いつのまにかそうなっていた。だから飛び抜けて美味しい、というわけではないはずなだが……まあ喜んでくれたのならいいか。

 と、内心ホッとする俺。しかしそう思えたのはその一瞬だけであった。

「……きめた。エト、いまからここに住む」

「……はい?」

 一瞬エトの言葉の意味が分からなかった。もちろん何を言いたいのかはわかるのだが、単純に事実を素直に受け止めるのに時間がかかった。

「あ、あの、エト? 一体何を言って……」

「ここに住めばおいしいものをいっぱい食べられる。まさにエトのりそうのいばしょ。エトはここに住むために、このほしへとやってきたにちがいない」

「いや、それ絶対後付けだよね?」

 末尾に違いないとついている時点で疑いようがなかった。どういう考えを持っているのかはわからないが、とにかくエトがここに住み、飯を所望していることはわかった。

 ただそれはあくまで、エトだけの都合だ。

「いや、それは困る、というかなんというか……」

 しどろもどろな口調で俺は否定の意を示す。別にエトのことが嫌いなわけではない。むしろその愛らしいキャラクターは、俺の中でも十分に刺さるものがあった。そんな子に帰れと言うことなんて、俺には出来なかった……彼女が宇宙人でなければの話だが。

 さすがの俺も、宇宙人を匿うだけの覚悟なんてない。先のことなんて何もわからないが、面倒事が避けられない未来が待っていることだろう。彩芽のこととかもあるし、そこまでエトに対して責任を負うことも出来ない。そんな様々な事情から、俺は答えを渋る。

 しかしエトがそれを許さなかった。

「えーやだやだ! エト、ここに住むもん。テル、おねがい」

「そうはいってもなぁ……」

「すむったらすむの!」

 まるで駄々をこねる子どものように、エトは両手を振り回して抗議する。断固としてここから出ていく気がないという、強い意志を感じる。そこまでこの家に執着する魅力なんて、そこまでない気もするんだけどな。

 ここからどう説得して上手く丸めようか、そんなことを考えていた時だった。


 バンッ!


「うおっ⁉ な、なんだ⁉」

 突然、爆発音のような音が聞こえ、つい驚いてしまう。しかも多分かなり近いところの音だ、もう少し近かったら鼓膜が破れていたところだろう。

 それと同時に、俺の身体は寒気が這うような恐怖に襲われる。今の音は、別に初めて聞いた音ではない。実際この俺も耳にしたことはある……ただしそれは、映画の中での話だ。そうでなければ平和の国である日本で、爆発音など聞こえるはずないのだ。

 次に異変に気付いたのは、嗅覚だ。というのも、妙に焦げ臭い匂いが部屋に漂っているのだ。エトが家に来てから火は使ってないので、調理中に部屋に引火した可能性はない。そもそも台所から異臭などしなかったから、その可能性は最初から棄却していた。

 では一体何が原因なのか。その答えをズバリ証明するかのように、元凶は視線の先にあった。

「あれって……目覚まし時計?」

 部屋の隅の方にあるベッドの近くの床にあったそれに、俺は少し遅れて気が付いた。朝は彩芽のことで忙しく寝坊するわけにはいかないので、俺の家には目覚まし時計が二つある。その内の一つだ。かなりうるさい音が響くから確実に起きれるということで、割と重宝していたものだった。

 しかしその目覚まし時計は、もう形を成していない。そこにあったのは、時計だったものに過ぎなかった。

 もろに爆発を受けて四散した、そうとしか説明しようがないくらいにボロボロに壊れていた。時計の部品らしき針や電池がそこら辺に転がっており、その全てが黒く焦げていた。それこそ手で回収しようものなら、そのまま灰となってどこかに吹き飛んでしまいそうだった。

 メーカー側の不手際、運の悪い故障……そう捉えられたらどれだけ楽観的で、どれだけ気楽だっただろうか。俺の背中は冷や汗が止まらなかった。そしてそのまま、爆発の原因であろう少女へと視線を向ける。その際、俺の首からギギギと鳴るはずもない鈍い音が聞こえたのは言うまでもないだろう。

「あぁ……やっちゃった」

「やっちゃったって……これって、エトの仕業なのか?」

「うん……エト、まだまだみじゅくだから、ちからをうまくつかいこなせないの」

「ちから……ってやっぱりこれのこと?」

「そう。エト、なんでもかんでもこわしちゃうから」

 変わらぬ表情、変わらぬ口調でそう答えるエト。しかしこの瞬間を持って、エトを危険生命体として認知せざるを得なくなった。

 周りのものをなんでも壊してしまう爆発の能力、しかもその力の制御がまだうまく出来ない。はっきり言ってしまえば怖すぎるこの上ない。可愛い見た目をしておきながら、実質歩く爆弾と何も変わらないのだ。今すぐにでもエトを家から追い出したいところだが、何がきっかけで爆発するのかもわからない以上、迂闊な行動すらとれない。

「こわすって……で、でもさすがにこの時計みたいな、小さなものしか壊せないよな。うんそうだ、そうに違いない……」

 自分の言い聞かせるように暗示をかける、やってることが現実逃避と一緒だった。しかしエトの追い打ちは止まらない。

「うん……たしかに、小さなものしかこわせない、かな……」

「そ、そうだよな。あぁびっくり……」

「ちいさな、ほしとか、よくこわしちゃう」

「……」

 もう言葉すら出てこなかった。考えうる中で、最悪な状況に陥ったのは言うまでもない。

 エトの言う小さな星がどのくらいの規模なのか、そこまではわからない。もしかしたら宇宙空間に漂うゴミのようなものかもしれないし、惑星クラスの大きなものかもしれない。地球を一撃で爆発四散するほどの威力があるかどうかは不明だが、それでも彼女の一撃は世界的な被害をもたらしてしまうことが確定した。

 ここまで来るともう、俺個人が抱えるべき問題ではない。しかるべき機関に申し入れ、世界的に対策を打つべきだろう。ただ「年端も行かないような見た目の女の子が実は宇宙人で、地球を破壊してしまうかもしれない」なんて戯言、誰も信じないことだろう。少なくとも俺だったら絶対信じない。

 絶体絶命、八方塞がりとも言えるこの状況、俺に残された選択肢は一つしかなかった。

 そして背水の陣に立たされた俺とは違って、エトは極めてマイペースだった。ただ無自覚に、自身の可愛さをオーラの如く放ち、脳みそから狂われそうな甘い声で俺に囁いた。

「ねえテル、おねがい……ここにすまわせて。エトのおなかを、テルのごはんでいっぱいいっぱいみたしてよ」

 まさしく拒絶不可能な、悪魔の囁きもとい宇宙人の囁きだった。理性的な考えなど一瞬で崩壊するほどの魔力を持つエトの言葉は、ごちゃごちゃと小難しく考えていた俺の思考をぶっ壊す。そして俺の中に残ったのは、エトを匿うという決心だけだ。

 エトの誘惑にたぶらかされた、そう言われても文句は言えなかった。実際宇宙人とかを無視すれば、エトは他の追随を許さないほどの愛らしい美少女だ。たぶらかされない方が人間ではない。それにそれを抜きにしても、この状況を打破する他の方法など思い付かなかった。現状、これ以上のベストな選択もないし、仕方ない。

「……わかったよ。エトをここに住まわせてあげる」

「やった」

 俺が了承したことにより、エトの表情にほんのりと笑顔が咲く。ほんの少しだけ口角が緩んだだけのそっけない笑顔だったが、それだけで自分が下した選択は正しかった……そういう感覚に陥りそうであった。本当に恐ろしい人……いや、宇宙人だ。

「ただし頻繁に爆発……エトの力を使うのは避けてくれ。この星はエトの力には厳しいところなんだ」

「だいじょうぶ、エトもつかいたくはない。すべてはテルしだい、かな」

「さらっと怖いこと言わないでくれ……俺次第って」

「でもまちってはない……エトはやりたいことができない、みたされないと、もやもやでいっぱいになって、ついちからをつかっちゃうから」

 つまりストレスが溜まると、力の制御ができなくなるって感じか。しかも宇宙人が抱えるストレスなど全く知らないから、どう立ち回ればいいかもわからない……お先は俺が思っている以上に暗いみたいだ。

「わかった。できるだけエトのしたいことは、叶えるように頑張るよ」

「……テルはいい人。エト、きにいった」

「それはどうも」

「だからエトは、ごはんがたべたいな」

「いやいやいや、そうはならんだろ」

 条件反射的に俺はツッコみを入れる。ついさっきまで山盛りの生姜焼きを食べたというのに、もう腹が減ったのか? それとも彼女の腹の中にはブラックホールでも入っているんじゃないか? もはやその可能性の方が高い気がしてきた。

 しかし当の本人は本気のようで、エトの笑顔が少しだけ引き締まった。

「だいじょうぶ、エトならいける。ひさしくなにも食べてなかったから、まだ食べたりないの」

「いや、食べたりないって……」

「……エトのおねがい、なんでもしてくれるんでしょ?」

 上目遣いで甘い声を鳴らしながらお願いをするエト。表情、目、声、全てが反則すぎる。なんでもするとは言ってないんだけどな……とはいえ、できるだけ願いを聞いてやるとは俺も口にしちゃったからな。

「……はぁっ」

 胸の奥底からため息を出す。別にエトの世話が嫌だから出したわけではない。ただこれからエトに関して気苦労が増えていくのは確定している、だから定期的に吐き出さないとこっちがストレスで死にそうになるだけだ。

「……しゃーない。明日のオムライスでも作るか。材料それしかないし」

「オムライス……なんかおいしそうなりょうり」

「まあ、実際美味しいし。彩芽……俺の知り合いのお墨付きだ」

「うん、ならたのしみにしてる。だからはやくっ、はやく!」

「わかった、そう急かすな。爆発はさせるなよ、それだけは絶対我慢してくれ」

「……ぜんしょする」

 エトの返事に妙な間があったのは気のせいだろうか? どうか気のせいであてって欲しいものだ。てか宇宙人なのに善処するなんて言葉使うのかよ、頭がどうなってるか全くわからんわ。

 まあ何はともあれ俺がすべきことはただ一つ。迅速的にオムライスの調理を済ませることだけだ。どちらかといえば調理は早い方だが、エトの気の短さとどっちが早いかは俺にもわからなかった。

 それでも俺の頭の中で、なんとなく予想できることがあるとすれば……

「……これから大変な日々を過ごすことになりそうだな」

 エトには聞こえないくらいの小声で、俺はボソッと呟いた。きっと鏡を見たら、ひどい顔になっていることだろうな。


 こうしてごく普通の男子高校生である俺と、地球の平和を脅かす宇宙人のエトの、普通ではない日常が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る