9 根府川の記憶

(「根府川/東海道の小駅/赤いカンナの咲いている駅」と始まる、茨木のり子の1953年の詩・「根府川ねぶかわの海」が、何と言うこともなく好きである。東海道線の熱海駅の手前に位置する根府川駅は、本当に小さい無人駅だが、ホームの向こうには青々とした大きな海が広がる。茨木のり子は東京で過ごした学生時代、関西の郷里との往復に、何度も根府川駅を通過したという。私が訪ねた時はアロエが咲いていたが、駅舎では今もちゃんとカンナを育てているようだ。詩人の原風景のひとつとなった、根府川駅。停車中の列車から海に沈む夕陽を見つめる若き茨木のり子の姿が、見えるような気がした。)


カンナ咲く根府川ねぶかわ駅の日曜日


八月の海に少女のとき沈む


不敵とは夕陽ゆうひに顔を向けること


友の声中尉のまなこいまいずこ


種まけば戦火ののちも花は咲く


スカートも赤いカンナも遠い風


重き書を閉じるがごとく海暮れる


時来ても人は戻らずカンナ咲く


あの頃のわれたたずむ通過駅


歳月は流るる水やかど


海原うなばらに青春というたま


過ぎし日の錯誤さくごひれが沖に消ゆ


放心の瞳の奥に相模さがみ


今もなほ夕陽ゆうひとカンナは我が血潮

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