第7話 子供の頃のように
断ることが出来ず立ち去ろうとした僕は、結局恵の病室に招かれてしまった。
「久しぶりだね? 成人式以来かな?」
恵は病室に戻ると、慣れた手つきでベッドに飛び移った。
「そうだな。久しぶり……」
僕はどことなく居心地が悪くて言葉に詰まる。
小中通して同じ学校に通った仲だが、それと言って特段仲が良かったわけではない。恵とはお互い名前くらい知っている程度の関係性だった。
「ごめんね。呼び止めちゃって、久しぶりに知り合いにあったから嬉しくなって……」
しゅんと肩を落とした恵に、僕は動揺する。
「いや! 違うんだ。その……」
焦る僕はに恵は、
「病気のこと?」
無理に表情を明るくした気がした。
確かに病気のことも気にはなっていた。
「別に大したことないんだけどね。数か月前から入院してるんだ」
「そうなんだ」
そこで話が一旦途切れる。
事務所を背負う人気vtuberが、リアルでは形無しだ。
「井原くん……今は東京?」
「ああ、うん」
「そっちで仕事してる人が多いよね~。休日とかはなにしてる?」
「今は時間的に余裕のある仕事をしているから、休日とかは普通に映画とか観たりしてるかな……」
「映画かぁ……長らく観てないな」
「桜井の趣味に合うかわからないけど、これなんか面白いぞ」
僕はスマホを取り出して、お気に入りのアメコミ映画をディスプレイに表示させた。それを恵の前に差し出す。
「これ人気だよね⁉」
「うん。ヒーローのアクションが圧巻でつい見入ってしまうんだ」
「私も観てみようかな」
「是非是非」
大好き映画の話ができて僕は上機嫌だ。
スマホを恵から受け取ると、その瞬間スマホが荒々しく鳴り響いた。
「ちょっとごめん」
僕はスマホの着信を確認する。母からだった。
後でかけ直せばいいと、僕は着信を切った。
「いいの?」
「あ、うん。別に大丈夫だと思う……」
「ごめんね。私の所為で……忙しかったよね? 本当にごめんね」
「いや、全然……」
本当にこの後の予定などないのだけれど、これ以上恵に気を遣わせるのも悪い。長居するのも迷惑なので、僕はそろそろ実家に帰ることにした。
「そろそろ帰るよ」
「……うん。久しぶりに会えて嬉しかった。ありがと」
少しだけ寂しそうな顔をした恵は、すぐにそれを隠すようにいつも通りの笑顔になった。
「僕も話ができて楽しかったよ。それじゃあ、お大事に」
恵の優しい笑顔に見送られて、僕は病室を後にした。
病院を出てすぐ母に電話をかけ直す。電話の内容は「晩御飯を食べるのか?」というものだった。
なんだか僕は子供の頃に戻ったような気がして、それが楽しくて、慣れ親しんだ家への帰路をゆっくりと踏みしめた。
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