第6話 桜井恵

 桜井が話題になってからまた一週間が経過した。

 その間、二回配信をしたけれど、僕は桜井について一切触れなかった。

 コメント欄は桜井の話題で持ち切りになっていて、だんまりを決め込んでいる僕としては配信がしづらい状況になり始めていた。


 桜井の投げ銭が無言投げ銭になってから、桜井は配信中に投げ銭を行わなくなった。毎日、深夜にひっそりとフリーチャットに投げ続けていた。


 寝ても覚めても『桜井』のことで頭が一杯になった僕は、SNSでエゴサして桜井のアカウントを発見した。

 桜井のフォロワーは千人を超えていて、ちょっとした人気者になっていた。

 無言になった投げ銭コメントの代わりに、SNSに配信の感想を投稿していた。


 桜井のSNSをぼんやりと眺めていると、恐らく彼女? は入院中であるようだった。

 病院の写真を見て……。


「あれ? この病院……」


 病院名が写っているわけではないから確証はない。だが、僕はその病院に見覚えがあった。


「これ赤松病院じゃ……」


 赤松病院は僕の地元にある病院で、子供の頃病弱だった僕はよくお世話になっていた。

 地元では有名な総合病院だ。


 嬉しいような、怖いような、複雑な感情が頭の中ぐるぐる駆け回る。


「一体、何者なんだよ」


 もう桜井のことを考えないようにするのは無理だった。



#



 次の日、堪忍袋の緒が切れた僕は地元に戻った。

 戻ったと言っても、電車で三十分から四十分くらいだ。


 今日は実家に帰ろうと頭の中で考えながら、僕の足は真っ直ぐ赤松病院に向かっていた。


「変わってないな~」


 赤松病院は僕が通っていた頃から全然変わっていなかった。

 一般的な白の鉄筋コンクリート。しかし、その周りには赤松植林されていて、異彩を放っている。桜井が投稿している写真にもばっちり赤松が写っていたので、僕は赤松病院だと思ったのだ。


「勢いでここまで来たけど……どうしよう」


 僕は病院の入口で項垂れる。

 体が悪いわけでもないし、病気をしているわけでもない。やっぱり、迷惑にならないように帰ろうと思ったその時だった。


「井原くん?」


 背後から柔和な女性の声。

 僕が振り向くと、そこには車椅子に乗った一人の女性がいた。そして僕は彼女に見覚えがあった。


「……桜井?」


 どうして忘れていたのだろう。


 小中学校の同級生、桜井恵がそこにいた。

 だいぶ瘦せていてどこか悪いのだろうなと思う。けれど、血色は悪くないし、彼女の笑顔は病気を感じさせないほど明るい。


「やっぱり、井原くんだ!」


 恵の口角がきりっと上がる。肩で切り揃えられたショートカットの髪が、春の風を受けてさらりと揺れた。



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