第5話 無言投げ銭
新作ゲームを配信した日から一週間が経っていた。
桜井からの投げ銭コメントは連日続いていて、フリーチャットの垣根を超えてSNSでちょっとした話題になっていた。
さすがにこのまま放置し続けるのもどうかと思ったので、僕はマネージャーに相談することにした。
今日の夕方に連絡がくる手はずになっている。
そうしているうち——18時ちょうどに僕のスマホが鳴った。
「もしもし」
『お疲れ様です。高瀬です』
高瀬とは僕を担当してくれているマネージャーだ。
事務所の古株で、趣のある一般サラリーマン男性だ。
「お疲れ様です」
『相談……ってことでしたが、もしかして辞めるとか言わないですよね』
軽い口調で冗談めかして言ってくる。
「違いますよ」
『ハハッ……良かった。俺の首が飛ぶところでしたよ』
高瀬は笑い終えると息を吐き出した。
「僕の配信に毎日上限まで投げ銭している人がいるのって知ってますか?」
『やっぱりそのことですよね』
「SNSとかでも話題になっているみたいだし、そろそろ対応した方がいいのかと思いまして……」
『う~ん』
受話器越しで高瀬は難色を示した。
『実際、経緯はどうであれ話題になるというのは配信的には結構おいしいんですよね……。俺も最初はアンチかと思いましたが、投げ銭コメントの感想は配信を楽しんでいるようだし、誹謗中傷や暴言の類も一切ない。……それに毎日5万はありがたいですよ』
僕は言葉を詰まらせた。
高瀬は会社の利益を一番に考えている。ここで僕が反発して対応させたとしても、根本的に彼の考え方が変わるわけではない。別に変える必要もないのだけれど。
無駄に揉めるくらいなら、このまま黙っておこうと僕は思った。
「わかりました。事務所的に問題ないなら放置します」
「は~い。お願いしま~す! また、何かあれば連絡ください。失礼します」
電話が切れる。
僕はスマホをデスクに投げ捨てて、ひとつ溜息を吐いた。
「何だかな~」
僕は今日の配信準備を行う。
サムネイルを作成して、枠を立てる。SNSで宣伝を済ませた頃には配信予定時間の19時になっていた。
今日の配信内容は『雑談』だ。
配信開始ボタンを押下する。
配信を開始すると、コメント欄は例の桜井についてのコメントで溢れかえっていた。
りさ『こんにちは! 桜井さんいるかな?』
フライモン『¥50000——桜井には負けない』
いくを『今日はオムライスを食べました』
一時間ほど雑談を続ける。一週間の出来事。五月にあるイベントの宣伝。
しかし、コメント欄の関心は主に桜井に向いていたように思う。だから僕は、あえてこの一時間、桜井について一言も触れなかった。
「じゃあ、お疲れ様!」
配信を締めて、エンディング画面を流す。
桜井『¥50000』
感想文やいつもの文言はなかった。無言の投げ銭。桜井なりに気を遣ってくれているのかも知れない。
ウルフ『桜井キター!!!』
はにわ『残り18日』
コメント欄は桜井の投げ銭に湧いている。
僕は配信を落とした。
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