第4話 いびつな恐怖心
桜井のアンチ投げ銭コメントが届いた日から三日間、僕は配信活動を休んでいた。溜め込んでいた事務作業を一気に精算したのだ。
だから僕はすっかり桜井のことを忘れていた。
「今日はさすがに配信しないとな……」
いい配信のネタはないかとSNSで探索を開始する。
トレンドから旬の物事をぼんやりと眺める。難しい政治の話やサッカーワールドカップの話。これらは配信の話題には向かない。前者は言わずもがなだが、後者は単純に僕がサッカーを知らないからだ。
世間がワールドカップに湧いている中、とある新作ゲームのタイトルがトレンドに一矢報いていた。かつて人気だったFPSゲームの続編らしい。前作は未プレイだが、試してみるのも悪くない。
「インストールだけしとくか」
新作ゲームのランチャーをPCにインストールし、ユーザー登録を行うと自動的にゲームのインストールが始まった。
僕は一度デスクから離席して、リビングに移った。
配信するまで時間潰そうと、リビングのソファーに腰を下ろす。テレビの電源を入れ、サブスク動画サイトでトップページに掲載されたイチオシ映画を再生した。
映画を見終えた頃には、レースカーテン越しの景色もすっかり日が落ちていた。
軽く食料をつまんで、配信部屋に移動する。
個人的に配信は好きだ。新作ゲームを試すというのもあって、四日ぶりの配信に僕は胸を躍らせていた。
新作ゲームの起動を確認して、配信の枠を立てる。そして僕は配信の通知をSNSで流した。
配信開始ボタンをクリックする。
「あ、あっ、聞こえますか~?」
アームで吊り下げたマイクに向かって話出す。左側のサブモニターに表示させた、配信コメント欄に視線を向ける。
アップル『聞こえるよ~。今日もカッコイイ!』
SMマン『聞こえます!!!!!』
ねむいちゃん『¥5000——配信感謝!』
コメントがとめどなく流れていく。音は問題なく聞こえているようだ。
「今日は新作ゲームをプレイしていくよ~」
僕はゲーム画面を配信に表示させた。
ゲームのチュートリアルを進めていく。
これがなかなか面白くて気づけば三時間が経過していた。
「今日はこの辺にしておこうかな」
配信を閉め始める。展開の移り変わりが早くて、自分でも良いリアクションが取れたと思う。コメント欄も十分に盛り上がっていた。
桜井『¥50000——もうすぐ死ぬ者です。新作ゲームを楽しんでいて、私も楽しい気持ちになりました。ありがとうございます。今日の分です。残り25日』
気分良く配信が終えられると思った矢先、最後の最後で爆弾が投下された。
すっかり忘れていた。桜井、この人の目的は一体何なのだろうか。
「じゃあまたね。お疲れさま~」
何もないように配信を閉めて、配信終了ボタンをクリックする。念のため物理的にマイクのスイッチをオフにしておく。
「桜井……」
この動画投稿サイトには枠を立てておくだけで配信しなくても問題ない。俗にフリーチャットと呼ばれるもので、ファン同士の交流を促すものだ。そこに投げ銭を行うことも可能だ。
何気なくフリーチャットの投げ銭一覧を覗くと、桜井の投げ銭コメントがあった。
桜井『¥50000——もうすぐ死ぬ者です。今日の分です。残り28日』
桜井『¥50000——もうすぐ死ぬ者です。今日の分です。残り27日』
桜井『¥50000——もうすぐ死ぬ者です。今日の分です。残り26日』
僕が配信していない日も桜井は欠かすことなく投げ銭を投げていた。
僕は訳がわからなくなって、少し怖かった。投げ銭を初めて貰った時とも違う、いびつな恐怖心が僕の中で芽生え始めていた。
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